英雄のいない街
助けを求めるためガード会社を目指しひたすら走りまくった。そんな俺の気持ちなど知りもしない街は、今日も晴れる空の下、穏やかな年末で彩られ、昼時ともあり街行く人が楽しそうに出歩いている。しかし今の俺にはその通行人ですら行く手を阻む障害となり、特にスマポとかいう機械をいじりながら歩く輩はまるで誘拐犯の手先にすら感じられた。
それでもエリックのカラスの誘導と体を酷使して走った甲斐もあり、自分でも驚くほどの速さでガード会社へと駆け込む事が出来た。
「すみません! ……すぐに……ガードを……貸して……くだ……さい!」
もう呼吸をするので精一杯だった。しかし今は呼吸を整える時間でさえ惜しく、重たい頭を上げ、鼻で目一杯呼吸をし、目を最大まで見開き、カウンターに両手を支えにして体を預け二人いる受付嬢に声を掛けた。
「どっ、どうなされましたか……?」
「急ぎ……ガードを……貸して下さい!」
そう言うと、受付嬢はあまり仕事ができないのか、呑気に二人顔を見合わせた。
「早く!」
とにかく腹が立った。ただでさえここに来るだけでも時間をロスしているのに、ここでさらに時間を喰えばスクーピーに降りかかる危険が増してしまう。そんな思いから、人生で初めて他人を怒鳴りつけた。
だがこれが効いたのか、受付嬢は慌てて対応を変えた。
「あっ! はい! ではこちらの用紙にお名前、年齢、ご住……」
「そんな時間は無いんです! 娘が誘拐されたんです! とにかくすぐに助けを貸して下さい!」
「ですが……」
「あー! 分かりました!」
酸素が足りない中叫んだことにより唇が痺れ目の前に靄が掛かったのに、それでも書類に拘る受付嬢の態度には言葉では駄目だと理解した。そこでとにかくサインをすれば納得するだろうと書類に記入した。
「はい! とにかく早くして下さい!」
めちゃくちゃプレッシャーを掛けた。それこそモンスターを目力だけで追っ払うくらいの勢いで迫った。するとそれが功を奏し受付嬢はてきぱき動いてくれたのだが、やはりこいつらではお話にならないようでまた難癖をつけて来た。
「あの、申し訳ありませんが、依頼内容に誘拐犯の退治とあるのですが、我が社では事件についての依頼の場合、警察の許可が必要になります」
「えー!」
「警察からの許可書はお持ちですか?」
「ねぇ―よそんなの! そんな暇あるならここには来てねーよ! ガードの仕事は人助けだろ! 今こうしてる間にも娘が殺されるかもしれないんだぞ!」
「そ、それを言われましても……我が社の」
「あー! もういい! あんたらに頼んだ俺が馬鹿だったよ! おい! あんたガードなんだろ! お願いだから助けてくれよ!」
「あっ! お客様勝手な事はやめて下さい!」
会社の規則だのなんだのはどうでも良かった。ただこいつらが正義の味方では無い事が分かればもう用なしだった。そこで社内にいたそれらしい格好をした人物に手あたり次第声を掛ける事にした。しかしどうやらエイダールには英雄などは存在しないようで、目を合わせても誰一人返事をしなかった。
「おい! お前らそれでもガードかよ! 今助けてくれなきゃいつ助けてくれるんだよ! 何の為にガードに就いたんだよ!」
分かり切っていた事だった。それでもどうしても助けが欲しかった。なのにいくら叫んでも誰の瞳にも熱い魂は籠らない。
「くそっ! これならまだトラブルシューターの方がマシだよ!」
もう怒りを通り越して哀れみすら感じてしまうほどに、思い切り嫌味を吐き捨ててガードを飛び出した。そして是が非でも助けが欲しい俺は、後の事は考えずトラブルシューターへ助けを求めるため再び走り出した。
すると間もなくしてエリックのカラスが目の前に来て、威嚇でもするかのように進路を塞いだ。
「おい! 邪魔だどけ! 邪魔するなら……」
そこまで言うと突然体が動かなくなった。これには一瞬焦ったが、直ぐにこれが体内にいるエリックの部下たちの仕業だと分かった。恐らくエリックはこうなる事を見越していたようで部下たちに命令を送っていたのだろう。
“おい! やめろ! 今の俺ならお前らでも戦うぞ!”
エリックの部下が体内に入り慣れていくうちに、内側だけではあるが魔力の高め方を知った。そして『体内に入れた私の一部はリーパーさんの魔力と喧嘩をしますから、下手に魔力を高めるような事はしないで下さい』というエリックの言葉から、なんとなくだがこの技の弱点も分かっていた。
本来なら助けられている以上そんな事はしたくは無いのだが、今の俺には邪魔をする者なら殺してしまっても構わないという状況だった。
しかし体内にいるエリックの部下には会話をするだけの能力はないようで、いくら忠告しても一向に返事は無い。
“これが最後だ! 体の拘束を解け!”
もう待った無しだった。それでも部下たちは拘束を解くような動きを見せず、ほんの少しだけ時間を与えても何も変わらなかったため一気に魔力を高めた。
今までほんのちょっとだけだが何度か悪戯で魔力を高めた事はあった。その時は体が内側から温まる程度の感じがしてこれが魔力かと喜んだ。しかし怒りに任せありったけの力で高めると眼球の奥が熱くなり、顔の中心から血が噴き出すのではと思うほどの圧力を感じ、耳の奥からピーンという音が聞こえて来ると体が裂けるような痛みを感じ始めた。
それは普段なら恐ろしくて踏み込んではいけない領域だったのだが、魔力を高めれば高めるほど怒りが沸き、さらにその痛みに対してさえ沸き起こる怒りに先の事など考えなかった。
するとぐつぐつと煮えたぎるような痛みに包まれ、手が震え始めた。しかしそのお陰でエリックの部下へ対抗出来たのか、徐々に体に自由が戻り始める。
“もう諦めろ! いい加減にしないと体から追い出すぞ!”
邪魔をされた事には怒りを覚えたが、体内にいるエリックの部下たちへは感謝をしていた。何より愛着も沸いており、本心では憎んではいなかった。しかし今は敵にしか感じず、本気で追い出そうと思った。
そんな俺の憤怒が伝わったのか、ここでようやくエリックの部下たちは体の拘束を解いた。
これには少し気が引けた。彼らはあくまでエリックの指示に従っているだけだからだ。そしてエリックの性格を考えると、俺には不快な思いをさせてはいけないなどの注意もしているはずだ。そんな彼らを思うと、怒りに任せ迷惑を掛けた事に、頭に上っていた血が少しだけ下がった。
「悪かった。でも今は邪魔をしないでくれ」
彼らのお陰で冷静さを取り戻しトラブルシューターを雇う事を考え直した。しかしどう考えても助っ人が必要な状況には変わりなく、その場で右往左往する羽目になった。
「おいカラス! エリックの方はまだか!」
言葉が通じるとは思えないが、今は針の穴程度でも突破口を見つけなければならず助けを求めた。だが俺と一緒にここに来た以上情報など持っている筈も無く、看板の上で待機するカラスは首を傾げ、ただ見つめるだけだった。
「くそっ!」
いくら考えても答えは見つからず、遂にはここにはいないアドラやロンファン、クレアやマリアの姿が脳裏に浮かび始めた。そんな己の無力さに打ちひしがれると、リリアに続き最後にヒーの姿が脳裏を過った。その瞬間だった。ヒーが見えた途端不思議な事に是が非でもこの危機を突破してやるという思いが沸き上がり、とにかく今はエリックと合流する事が最善だという答えを導いた。
それが分かるとすぐに家へ戻る為踵を返した。すると袴姿の一人の小柄な青年がそこには立っていた。




