誘拐
「リーパーさん! リーパーさん!」
「へぇ?」
どこからともなく俺の名を呼ぶエリックの声が聞こえ、目を覚ました。
「リーパーさん! 大丈夫ですか!」
「え?」
いつの間にやら眠っていたようで、目を開けると何故かリビングに寝ており、天井の室内灯が目に入った。
「意識はありますかリーパーさん! 私が誰だか分かりますか!」
「え? エリックじゃないの?」
何故リビングで寝ていたのか、何故エリックがこんなにも慌てているのかが全く分からなかった。多分俺はスクーピーと遊んでいて、いつの間にかうたた寝でもしてしまったのだろう。そう思っていたのだが……
「良かった。意識は戻ったようですね。ではここからは覚悟して聞いて下……」
「ああぁぁぁ!!」
次第に脳が動き出すと記憶が戻り、宅配業者に何か吹き付けられて意識を失った事を思い出した。
「スクーピーはどうした!」
意識を失った顛末を知ると真っ先にスクーピーの事が心配になり、エリックの言葉を聞かずリビングを見渡し寝室へと向かった。しかし寝室にもクローゼットにもスクーピーの姿は無く、纏わり付くような嫌な感情が沸き上がって来た。
「落ち着いて下さいリーパーさん!」
もう居ても立ってもいられなくなり、とにかく風呂やトイレを探そうと寝室を出ようとするとエリックが立ちはだかった。
「どけエリック! 今はお前に構ってられない!」
そう言うとエリックは突然俺の両肩を力強く掴んだ。
「だから落ち着いて下さいリーパーさん! 良く聞いて下さい! スクーピーは誘拐されました!」
「‼」
声が出なかった。ほとんど確証的にそうだとは思っていたがどうしても認めたくはない事実を口に出された事により、呼吸が苦しくなるほどの衝撃を受けた。
「相手が誰だとは今は確証が無いため言えませんが、少なくともスクーピーが攫われたのは事実です! だけど今私の使いが戻って来るはずなので今は落ち着いて下さい!」
「スクーピーが何処に連れていかれたのか分かるのか!」
「はい。おそらく今は追跡中なのか私を探しているのかは分かりませんが、すぐに戻って来るはずです!」
「なら直ぐに追い掛けるぞ!」
「だから落ち着いて下さいリーパーさん! まだ私の使いが戻るまではスクーピーの居場所が分からないため動けないんですよ!」
「そんな事言ってたらスクーピー殺されるぞ!」
「だから! あっ!」
エリックの言っている事は分かっているはずだった。それでもすぐにでも追い掛けなければいけないと思いエリックを押しのけて玄関へ向かったのだが、エリックに強く肩を引っ張られた力でリビングのテーブルに突っ込む勢いで倒された。
「すみませんリーパーさん! 大丈夫ですか!?」
肩を触れられた瞬間は人だったが、引っ張る力はまるで強力なバネが縮むような無慈悲な感触は正に悪魔だった。その力に体を反転させられ転び肘や手首を痛め、スクーピーを奪われた怖れと相まり恐怖すら感じた。
「どこか怪我はしなかったですか!?」
それでも転んだ俺にすぐに駆け寄り悲痛な表情を見せるエリックに今のは故意では無い事を悟ると、エリックにも余裕が無いのだと分かり僅かだが冷静さを取り戻せた。
「あぁ、だいじょぶだ。わりぃなエリック、お陰で少し落ち着いた」
「本当に大丈夫ですか!? どこか痛めたのなら直ぐに治療します!」
エリック自身は治癒魔法は使えない。しかし対象者に家臣達を送り込めば彼らが“修繕”してくれる。ただ修繕には彼らだけの魔力では足りないため対象者は物資という名のカロリーが必要となり、かなりの眠気と空腹感に襲われる。
過去に俺が治療してもらった時は、しばらく空腹とだるさに襲われた。
「いやダイジョブだ。それよりスクーピーを助けに行く準備をするぞ!」
「ですが!」
「ダイジョブだって言ってんだろ! そんなに悪く思ってんなら先ずはスクーピーを助けに行くぞ! スクーピーが戻って来るならいくらでもエリックにぶん投げられてやるよ!」
そう言うとエリックの表情が少し和らいだ。
「分かりました。ではその時はお詫びも込めて二人一緒に抱きしめます」
「それは断る!」
これは冗談には聞こえず本気で否定したのだが、俺が怒鳴るとエリックが笑みを見せた事で我に返り、心の揺らぎが小さくなった。
それを感じ取ったのか、ここでエリックが真剣な表情になり落ち着いて言った。
「ではリーパーさんは“ガード”を雇って来て下さい」
「警察じゃなくてか!?」
エイダールには憲兵はいない。その代わり警察と呼ばれる国家組織がある。そして冒険者ギルドやハンターギルドも無いため、それに近い事をしてくれるガードと呼ばれる民間の組織があった。
「はい。警察は高い捜査力を持っていますが確認やらなんやらで初動はかなり遅いです。それに警察は基本暴力的な行為は嫌がりますから、今回の場合ガードの方が適任です」
公務員め!
アルカナやシェオールとは違い、人権尊重のエイダールでは当然だ。それに俺としてもやはり事件解決には暴力を使わない方がスマートでカッコ良いとは思っていたのだが、今この時に限っては平和も穏便も糞喰らえだった。そんな思いからエリックがガードを選んだ事には納得がいった。それでもしかし、俺としてはそれでも不十分だった。
「ならトラブルシューターにも頼むか?」
トラブルシューターはあらゆるトラブルを解決してくれる民間の組織だ。だが彼らのモットーは悪の根絶であるため、暴力はもちろん殺傷もいとわず、例え依頼主であっても捜査の過程で悪と決めつけられれば徹底的に追い詰められる超過激な職種だ。そんな武闘集団故、エイダールにおいても普通に営業している。
「いえ。まだ相手の素性が分からないうちはやめておきましょう。もし仮に誘拐犯がスクーピーの両親ならこちらがマズい事になり兼ねません」
「……分かった!」
そんな事はあり得ないとは思っていたが、それを言われると否定できなかった。
「じゃあとにかく俺はガードの所に行ってくる! だからそれまでエリックはここで待っててくれ!」
「分かりました! ですがリーパーさんには私の使いを付けるので、私も動きます!」
「分かった! なら早く使いを俺に入れてくれ!」
一体どうやって連絡を取り合うのかは知らないが、そんなことまで出来るエリックに頼もしさを感じた。
「いえ、使いはリーパーさんにではなく鳥に付けますので、リーパーさんはすぐに行って下さい!」
「鳥?」
「カラスか雀か何かですよ! とにかく後は私が勝手にやっておきますから行って下さい!」
「分かった!」
良く分からないが今は時間が惜しかった。そこでエリックを信じて家を飛び出した。すると間もなく一羽のカラスが騒がしく俺を追い掛けてくるのを見て、エリックの言っていた事の意味を理解出来た。




