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宅配

 目を覚ますと、まだ連休二日目というのに既に仕事への感覚が失われたのか、いつもより少し遅い朝を迎えた。ただ体に溜まっていた疲れは取れたようで、重さの類は感じなかった。


「おはよう」

「あ、おはようございますリーパーさん」

「おはよ~!」

「おはようスクーピー」


 リビングに向かうと丁度朝食の準備が整ったらしく、エリックはエプロンを外そうとしていた。そして食い意地が日ごとに増すスクーピーも既に自分の席に着き、今や遅しとホークとナイフを構えていた。


「ちょうど今起こしに行こうかと思っていたんですよ」

「え? あぁわりぃ。もう休み呆けし始めたみたい」

「いえ。別に構いませんよ。それより早く顔を洗って来て下さい」

「あぁ」


 昨日はエリックが帰って来る前に寝てしまい全く会話はしていないが、今朝のエリックはなんだか機嫌が良さそうだった。おそらく昨日は仕事が上手くいったのだろう。

 そう思いながら顔を洗い戻ると、どうやら本当に機嫌が良いようで、朝食には珍しくイチゴが入ったフルーツヨーグルトが付いていた。


「お、ヨーグルトか。エリック、昨日はかなり儲かったのか?」

「えぇ。それよりも早く頂きましょう」

「はやく~!」

「あぁわりぃ。じゃあ食べるか!」

「はい。では、頂きます」

「頂きます」

「いたらきます!」


 余程仕事が上手くいったようで、穏やかな笑みを浮かべ頂きますと言うエリックからは、悪魔である事を忘れてしまうほどの母親感があった。


「で、今日も朝から仕事なのか?」

「はい。今日も午前中は昨日と同じイベントです」

「そうなんだ?」

「はい」


 もう食べ始めてる俺とは違い、スクーピーのパンにバターを塗り、ベーコンエッグを乗せて食べやすい大きさに切り分けるエリックは、俺のお母さんよりお母さんだった。しかし残念な事に、当のスクーピーは他の物には目もくれず一目散にヨーグルトを食べていた。


「ですが今日は午後一で別件がある為一度帰って来ます」


 別件! 良いなぁ~、俺も一度言ってみたい!


「え? じゃあ昼は家で食うのか?」

「いえ。そこまでの時間はありません。ただ荷物が多くなるので戻って来るだけですよ」

「そうなんだ。それなら俺達も付いて行こうか? それならわざわざ戻って来なくても良いだろ?」


 またスクーピーと昨日の公園で遊ぶのも良いが、あれはあれで結構しんどい。それにスクーピーにはもっと色々な事を経験させてあげたい。そんな想いから訊いたのだが、エリックは意外な答えを返す。


「いえ。昼からはセルディオさんの所なんで、ちょっとスクーピーを連れて行くわけにはいきません」

「え? 何で? セルディオさんの所なら尚更良いんじゃないのか?」


 セルディオさんはスクーピーの事を知っているし、どちらかと言えば喜ぶだろう。これには一瞬驚いた。だが同時にセルディオさんは区議会議員であることを思い出し、エリックにとっては上客なのだと思うと理由を聞くまでも無かったのだが、エリックは全く別の理由を口にした。


「スクーピーの事を知っているからですよ」

「え?」

「セルディオさん夫妻なら問題はありませんが、今回は全くスクーピーの正体を知らない後援会の方々もいらっしゃるんですよ? もしスクーピーを連れて行けば、特に奥さんが舞い上がって正体を明かし兼ねないんですよ?」

「あ~……それもそうだな……」


 悪い人じゃないけど、あの奥さんならやり兼ねない。それに例え後援会の人たちがスクーピーを受け入れてくれたとしても、変に噂が広がっても困る。


「それに、議員というのは色々と苦労があるようで、例えセルディオさんの事を気に入ってくれている方々でも、中にはエインフェリアが嫌いという方がいて、もしそれが原因で『もう貴方には協力しません』なんてことになったらそれこそ大変な事になってしまいます」

「いや、まぁ……議員の事は良く分からないけど確かにそう言われればそうだな……」


 さすが客商売だけあってエリックは色々知っている。しかしそれを今俺に言われても困るのだが……


 そんな俺の態度が悪かったのか、機嫌の良かったエリックは少し眉を顰めた。


「それにリーパーさん。昨日リーパーさんギフテッドの営業にあれこれ話したらしいじゃないですか?」

「えっ!? なんでそんな事知ってんだ!?」


 まさか見てたの!? それとももしかしてあの後ゴードンさんと会ったの!?


「リーパーさんの中には私の分身がいるんですよ。そんな事は言わなくてもいくらでも分かりますよ」


 マジでか!? くっそ~! 忠臣どもめ! 


 プルフラムの瘴気には魔力耐性の全く無い俺は、常にエリックの家臣たちに守ってもらわなければ直ぐに体に異変をきたす。そしてその家臣たちも長時間エリックから離れては生きてはいけないため、毎晩エリックは俺の体から家臣たちを入れ替えている。しかしまさか密告……情報交換まで出来るとは思ってもみなかった。


「で、でもよ。ただ世間話しただけだぞ? そんな怒んなよ?」

「世間話? それにしては何故私の年末の予定まで教えたんですか?」


 こいつ全部知ってる! 忠実な部下どもめ!


「話の流れだよ、しょうがないじゃん」

「しょうがなくありませんよ。今の時代情報だけで犯罪が可能な時代なんですよ? 些細な事でも容易く他人に話す事は用心して下さい」


 今の時代というか、エイダールではコンピューターとかスマポとかいう機械が普及していて、ほぼすべての情報がそれで管理されているらしい。それが一体どういう仕組みなのかはさっぱり分からないが、その影響もあり個人の情報を盗むだけでも犯罪になるくらい厳重に扱われているらしい。

 それを知っているだけにエリックの正論には敵わなかった。


「悪かったよ。今度からは気を付ける。だからそう怒んなよ」

「別に怒ってはいませんよ。ただリーパーさんがあまりにエイダールの事を安易に考えているようだったので注意しただけですよ」

「……分かりました。気を付けます」

「分かって頂ければそれで十分ですよ」


 家の周りの地理も覚え行きつけの店も出来た。そしてエイダールに来てからはトラブルも無く平穏な生活が続いていた。そんな日常にエリックの言う通り平和ボケしていた。だからこそ俺にはエリックの言葉は深く突き刺さったのだが、朝食を終えエリックが出勤するとその刺さりも何処へ行ったのかすっかり忘れ、いつの間にか普段と変らない朝のひと時をスクーピーと楽しく遊んでいた。


「なぁスクーピー。今日はちょっと遠くの公園に行こうか?」

「うん! いく~!」

「よし! じゃあ早速お着替えしようか?」

「うん!」


 昨日の公園からさらに二ブロックほど奥に少し大きな公園があった。そこも大した公園では無かったが、もしかしたら他の子もいてスクーピーに友達が出来るかもしれないと思った。

 これにはスクーピーも新たな刺激となったのか大いに喜び、率先して着替える為寝室へと向かって行った。そんなスクーピーの笑みは格別の祝福を与えてくれたのだが、着替えをしている際中間の悪い事に家の呼び鈴が鳴った。


「あ、悪いスクーピー、ちょっと一人で着替えてて? 出来る?」

「うん!」


 もう新たな公園という響きに魅了されているスクーピーは、元気な返事をすると一人でも出来ると言わんばかりにお気に入りのお面を被って見せた。


「スクーピー、お面は最後。きちんとお洋服着て?」

「うん!」


 そう聞くとスクーピーは分かったと返事をし、ぎこちない手つきでボタンを閉めようと頑張り始めた。これにはもう少し手伝ってあげようと思ったのだが、ここで二回目の呼び鈴が鳴り、『すみません宅配です』と聞こえた為後はスクーピーに任せる事にした。


「あ、はい! 今行きます! じゃあスクーピーお着替えしててね?」

「うん!」


 本心的には今来るなよとは思ったが、あっちも年末に仕事をさせられてる以上無下に扱うのは忍びなかった。そこで今さらながら申し訳ないという思いを抱え慌てて玄関へと走った。


「はい! 今行きます!」


 返答は無いが声は届いたようで気配はまだそこにあり、向こうからは見えてはいないのだが、頭を下げながら片手でごめんごめんと手を切り扉を開けた。すると緑の帽子とカーキー色のズボンに段ボールを抱えたよく見る宅配業者の姿が見え、なんだかホッとした。


「あ、すみません。お待たせしました」

「いえ。こちらはハンフリー・エリックさんのお宅ですか?」

「はい」


 このくそ忙しい中待たせても業者さんは嫌な顔一つ見せず、どちらかと言えば申し訳なさそうな表情を見せた。

 それはプロとして当然の対応なのだろうが、その顔を見たとき小さな罪悪感に襲われた。


「では、こちらにサインを頂けますか?」

「あ、はい」


 もう言いなりにならざるを得なかった。そりゃそうだよね! だって一時は居留守しようかと思ってたもん!


 そんな罪悪感に何も疑う事無く差し出された用紙に名前を書き込んだのだが、顔を上げた瞬間突然何かを吹きかけられると景色が歪み、気が付いた時には俺を呼ぶエリックの姿がそこにあった。


 ここからいつも通りバトル展開になります。ですがリーパーですのでカッコ良い戦いはありません。泥臭くて地味、そんな主人公です。

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