世知辛い世の中
「あの、すみません。シャロンちゃんの保護者の方ですか?」
「え?」
昼も近づきそろそろ昼食の為帰宅しようと思い始めた頃、突然公園に現れた三人の男女が俺に声を掛けて来た。
「私達はギフテッドという団体の者なのですが、丁度エリックさんのお宅へ向かう際シャロンちゃんをお見掛けしたもので、お声を掛けさせてもらいました。少々お時間を頂けますか?」
「え? ……あ、はい」
ギフテッド? どこかで聞いたような……
「どうも始めまして。私はギフテッドのスカウトをさせて頂いています、デリトリー・ゴードンという者です。よろしくお願い致します」
「あ、どうも……」
ゴードンと名乗る男性はこの三人の中では一番位が高いようで、名刺を差し出し自己紹介を始めた。ただかなり出来る人のようで、物腰は柔らかく余計な威圧感は一切放ってはいなかった。
「実は私どもの所では才能ある子を探してまして、シャロンちゃんを是非我が団体にスカウトしたいと思っていました」
「えっ!」
うっわ~、めんどくせぇのに捕まっちまった。
「シャロンちゃんは失礼ですが、エインフェリアなんですよね?」
「え、えぇ……」
うわ~、どうしようかな~……
「でしたらなおの事ギフテッドにお誘いしたいのです。あ、こちらをどうぞ」
「え。あぁ、はい」
出たパンフレット! この人完全に俺をロックオンしてるよ!
「そちらのパンフレットをご参照頂ければ幸いです」
「あ、はい」
ここでゴードンと名乗る男はもっとぐいぐい来るかと思ったが、意外な事にパンフレットを渡すと姿勢を戻した。
「あの、失礼ですが、お名前をお尋ねしてもよろしいですか?」
「あ、リーパーです」
「ありがとう御座います。リーパーさんはシャロンちゃんとどういう御関係ですか?」
「え?」
「あ、これは大変失礼致しました。いえ、実はシャロンちゃんのお顔の傷に付いて気になりまして」
「ああ、あれですか?」
「はい」
関係を聞かれたのには一瞬ビクッとした。誰にも知られてはいないだろうが、勝手に保護したのがバレて、誘拐したと疑われたのかと思った。
だが丁寧に理由を説明したゴードンさんからは、本気でスクーピーの事を想ってくれているような空気が伝わり、意外と悪い人ではないような気がした。
「あれは小さい頃シャロンがお湯をひっくり返してしまったらしいんですよ」
「そうだったんですか! それは御気の毒に……」
これはエリックと考えて作った話だった。エリック曰く、エインフェリアはエイダールではなかなか市民権も与えられないほど蔑まれた存在らしく、スクーピーを勝手に保護しても野良猫と同じような扱いで罰せられるような事は無いとのことだが、念のため聞かれたときに矛盾が無いようにでっち上げた。
「治療などの予定はあるのですか?」
「いえ。まだスク、シャロンは小さいですから、下手に治療すると将来余計に酷くなるらしいんですよ。だからもうしばらくはあのままです」
「そうなんですか。子供の治癒力は凄いと聞きますが、なかなか難しいのですね?」
「はい。大人と同じというわけにはいかないみたいです」
これも嘘。多分出来ないことは無いだろうけど、先ず金が無い。それにエリックも魔力耐性が出来上がるまでは下手に触らない方が良いとも言っていた。
「そうですね。エインフェリアは優れた力をお持ちになっていますしね?」
「えぇ」
「心中お察しします」
「いえ」
いや~エイダールは良い人ばかりだね。差別があるなんて言うけどそれはほんの一部なんだろうな~。
最初はエリックの話もあり相当質の悪い勧誘者だと警戒していた。しかしどうやらゴードンさん達は仕事を真面目にこなしていただけで悪い人ではなかった。それが分かると、まるでゴードンさん達を犯罪者のように罵っていたが、実は対応が悪かったのはエリックの方だったのだと思った。
世の中には確かに悪意や自分の利益だけを求めて勧誘や営業をする者もいる。だがそれはほんの一部の話で、ほとんどの者は仕事として努めているだけだ。しかし求めていないこちら側からすればただの厄介者になってしまう。それは需要と供給のバランスから考えれば当然なのだが、今こうしてゴードンさんと話してみると、世間では連休だなんだと浮かれている中、夏場にも関わらずスーツを着てあちこち歩き回らなければならない三人は、俺達と何も変わらない勤め人なのだと分かり、少し気の毒になった。
「長々と私の話にお付き合いさせてしまい、申し訳ありませんでした。そろそろ私達は失礼させて頂きます」
「いえ。こちらこそありがとう御座いました。お仕事頑張って下さい」
「ありがとう御座います」
年末と言えど仕事は仕事のようで、まだまだ回らなければならない所があるらしく、ゴードンさんはもう話を切り上げた。それはもう少し話をしていたかった俺には残念だったのだが、年末も仕事の三人を引き止めるのは忍びなかった。
「あ、それと、誠に申し訳ありませんが、本日エリック様はご在宅ですか?」
俺との雑談に気が緩んだのか、頭を下げ去ろうとしたゴードンさんは思い出したかのように振り返り、謝るように訊いた。その時には既に後ろの二人はスクーピーと手を振り合い笑顔を見せており、少し間の抜けたゴードンさんに親近感を覚えた。
「いえ。今日は仕事があっていません」
「そうですか……年末のご予定とかご存知ですか?」
「えぇ。年末年始は夜遅くまで仕事が入っていて、しばらく休みは無いみたいです」
「そうですか……」
エリックの予定を知るとゴードンさんは残念そうに肩を落とした。
恐らくゴードンさんの性格なら、ノルマの達成よりしばらくエリックに与えた誤解を解けない事の方で肩を落としたのだろう。少し寂しそうな表情にそう思った。
「今日ゴードンさんに会ったのは俺からエリックには言っておきますよ?」
「ありがとう御座います。ではそちらのパンフレットをエリックさんにお渡し頂けますか?」
「えぇ、分かりました」
ゴードンさんはかなり真面目な性格のようで、ここに来てもきっちり仕事をこなす。その姿はプロだったのだが……
「それと、先日は大変失礼致しましたとお伝え下さいますか」
「え?」
「先日の訪問では、私どもの至らぬ点でエリック様に大変不快な思いを与えてしまいました。それも全て私の不徳の致すところですので、平にご容赦願いますと」
言葉遣いはプロだが、本心では俺の読み通りかなり気にしていたようで、助けてくれと云わんばかりに頭を下げた。
それを見てこの人は本当に良い人なのだと分かった。
「あ~気にしなくても大丈夫ですよ。エリックはかなりスクーピーを溺愛してるからカッとなっただけで、本心ではそうは思ってはいないですから」
「ありがとう御座います。そう言って頂けると心の荷が軽くなります」
「いえいえ。でもきちんとゴードンさんが謝っていたことは伝えますから安心して下さい」
「ありがとう御座います」
スクーピーは俺の姉の子で、エリックは旦那さんの兄という立場になっている。そしてスクーピーは両親がたまたま別々の国へ出張に行ったため、一時的にエリックが預かっているという事になっている。ちなみに俺はたまたまエイダールに出張に来ていて、エリックの家にお世話になっているという体だ。
「では私どもはこれで失礼致します。長々と申し訳ありませんでした」
「いえ」
「では失礼致します」
「はい」
最後の最後まで堅苦しい姿勢は崩さなかったが、滲み出る良い人は隠せなかったゴードンさんは頭を下げると早々と去って行った。そして去り際に笑顔でスクーピーと手を振り合う姿に、この人にもきっと子供がいるのだと思うと、年末でも仕事をさせられるとはエイダールはなんて世知辛いと思ってしまった。




