幸せな時間
氷柱花を見かける事も多くなり、浴衣姿で夕涼みをする人たちも増えた今日この頃、いよいよ年末がやって来た。それに伴い本日から俺は八連休という長期休暇に入った。そんな良き日に目覚めると、体に染みついた習慣なのか、いつもと変わらない時間だった。それにもうすでにスクーピーも起床しており、キッチンからはエリックが朝食の準備をする心地良い音が奏でられ、普段と何ら変わらない朝だった。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「おはよ~」
「おはようスクーピー」
リビングに向かうとエプロン姿のエリックが美味しそうな匂いを漂わせ、スクーピーは行儀よくテーブルに向かいお絵かきをしていた。そんな平和な休日に、長すぎるとさえ感じていた八連休に感謝した。
「お、スクーピーは何の絵描いてるの?」
「ぞうさん!」
「そうか。上手いな」
「うん!」
スクーピーの描く絵はまだ聞かなければ何を描いているのかは分からない。それは子供だから仕方が無いのだが、ぞうさんと言われると上手く長い鼻の特徴を捉えているような気がして、将来が楽しみになった。
「あ、そう言えば、今日エリックは飯食ったら仕事行くんだったっけ?」
「昨日あれだけ言いましたよ? リーパーさん、私の話聞いてました?」
「あ、あぁ聞いてたよ。一応確認だよ……」
最近エリックがどんどんお母さん化している。昨日の夜は確かにエリックの今日の予定を聞いていたし、夕飯は俺が準備しなければならない事も覚えている。なのにエリックはまるで俺が全く話を聞いていなかったかのように勘違いし、不機嫌そうな声を出した。倦怠期?
「そうですか。私は朝食を食べたら出ます」
「分かった」
今日のエリックの予定は、午前中に企業のイベント。午後からホテルでの営業。夕方には会社の忘年会。そして夜にはバーでの営業だ。ほら覚えてる。
「昼食の用意は一緒にしておきますから、夜はお願いしますよ?」
「あぁ、任せとけ」
もうほんとにエリックはお母さんみたいにしつこいんだから。
「それと、お風呂を出たらちゃんとスクーピーを冷やさないようにして、湯冷めさせないで下さいよ?」
「分かってるよ」
もうほんと心配性なんだから。
「あと」
まだあんの?
「きちんとスクーピーにお昼寝させて下さいよ? スクーピーは今が成長期なんですから、お昼寝は大切なんですから」
「分かってるって」
エリックって悪魔だよね? いくらお母さん化が進んでもそこまで敵対関係にあるエインフェリアを想うの? 母性が凄い!
「そうですか。では」
では!? 俺ってそんなに信用無いの!?
「一応お金をここに置いて行きます。もし何かあればこれを使って下さい」
「え? あ、あぁ、ありがとう」
エリックはここに置いて行くとキッチンの引き出しを指さした。
なんだかんだ言っても良いお母さん! その気遣いはクレアにも見習わせたいよ!
そんなエリックは、朝食を済ませると片付けまでをこなし、さらに出勤前の優雅なコーヒータイムを楽しむと颯爽と職場へと向かって行った。その様は正に人生の成功者だった。
だが仕事だけが人生の成功だとは思わない。例え稼ぎは庶民でも今の俺にはマイエンジェルがいる。そう思うと、こんな良き日に仕事という戦いへ向かうエリックには勝ったと歯痒さを噛みしめた。
しかしどうやら今日の俺は勝ち組だったようで、エリックが出勤した後しばらくスクーピーと朝のひと時を楽しんでいると、眩しいくらいに陽気が微笑み、外出するには最高の天気に恵まれた。そこでスクーピーを連れ、近くの公園へと遊びに出る事にした。
外へ出ると朝から太陽は元気で、程良い風が心地良い。そして連休という事もあり街はいつもの喧噪は無く、代わりに蝉が連休を祝福するかのように穏やかな声を上げている。
しかし暑い! まだ朝という事もあり気温自体はそれほどでも無いのだが、風通りの悪い場所で直射日光を浴びると汗が滲む。スクーピーが熱中症にならないよう気を付けなければならなかった。
それでも麦わら帽子を被るスクーピーにはそれほどでもないようで、公園で遊ぶのが楽しみなのか嬉しそうに頭を振りながら歩いていた。ただスクーピーはこの間買ったお面を相当気に入ったようで、公園で遊ぶはずなのに何故かファッションのように装備していた。
「あ、走ったら危ないよスクーピー」
たまにエリックが連れてきていると言っていただけあって、公園が見えるとスクーピーは俺から手を放し嬉しそうに走り出した。しかし周りには危険な物も無く、大きな麦わら帽子が左右に揺れながら走る後姿が微笑ましく、つい俺も一緒になって笑顔で走り出していた。
公園へ入るとまだ朝という事もあり誰もいなく、スクーピーは迷わずブランコへ向かった。そして低い方のブランコに座るとまだ漕ぎ方は知らないのか、一生懸命体を前後に揺らし漕ぎ出そうと頑張っている。そんなスクーピーが堪らなかった。
「よし。じゃあ俺が押してあげる」
「うん!」
幸せな時間だった。公園は狭く、シェオールとは違い綺麗に整地された地面は殺風景な印象を与えるが、俺達以外いない公園でスクーピーと過ごす時間は今まで経験した事の無い幸福感を与えてくれた。
「面白いかスクーピー?」
「うん!」
まるで全てが薔薇色に色付き、何処からともなく微笑みが聞こえるような時間だった。
このままずっとこうしていたい! そう思えるほど濃厚な時間だった。のだが……
「つぎあれ!」
「え? あれ?」
「うん!」
ブランコ、滑り台、シーソー、砂場、一通り見える遊具で遊ぶスクーピーだが、まだまだ遊び足りないのか遂には公園の樹木にまで手を伸ばし始めた。最初は一生こうしていたいとまで思っていたのが、予想以上の運動量に子供の体力を侮っていた俺の方が先に参ってきてしまっていた。
「ちょっと待ってスクーピー。喉乾いてないかい? ジュース飲もっか?」
正直休憩したかった。それに徐々に気温が上がっている為か、次第に飲み物が欲しくなって来た。しかし子供というのはエネルギーの塊のようで、「いらない」と捨て台詞を吐いてスクーピーは足を止めなかった。恐るべし子供!
そんなスクーピーに根負けし、自販機は目の届く範囲にはあったがほんの僅かでも傍を離れるのが嫌だったため、諦めて付き合うしかなかった。
「本当に喉乾いてないの?」
「うん!」
もうすでに麦わら帽子は俺が持ち、お面は頭の後ろへと回っているスクーピーは、それなりに汗はかいているが顔色に変化は無く、熱中症の初期症状すら見受けられなかった。そのうえ樹木の下に来ると日陰のお陰で涼しく、まだまだ戦いそうな勢いだった。
「何見てるの?」
「……むし!」
樹木の前に屈み込むスクーピーは、木の根の当たりをじっと見ている。そしてそこには確かに蟻が数匹歩いている。そんなスクーピーの後姿が、昔見たリリアとヒーの後姿と被った。
リリアとヒーは生き物が大好きで、小さな頃はよくこうやって虫を見ていた。中でもヒーは特に好きで、蟻が餌を運ぶ姿をずっと追い、巣まで付いて行く勢いだった。そんな姿が白髪のスクーピーと重なり、随分俺も大人になったのだなと感慨深くなった。
ガー!
「わあぁ~!」
そんな中だった。たまたまカラスが木に止まりこちらに向かい鳴いた。するとそれに驚いたスクーピーが慌てて立ち上がり俺の後ろに隠れた。
エイダールというか、プルフラムのカラスは俺の知っている種類のカラスとは違い、首元と尾羽の先が白く、さらに逆立った頭の上も白く勇ましくてカッコ良い。しかし所詮はカラスはカラスのようで、こんな都会でもゴミを漁るため嫌われ者だ。それを子供のスクーピーが怖がるのは仕方が無いのかもしれない。
「カラスだよスクーピー?」
「……カラスこわい」
「え? スクーピーカラス怖いのか?」
「……うん」
どうやら後姿は似ていてもリリア達とは性格は違うようで、スクーピーは俺のシャツの裾を強く握りしめた。
「そうか。じゃああっち行ってジュース飲もっか?」
「うん!」
だが物に釣られて機嫌が変わるのは同じだった。
その後ジュースを飲むとスクーピーはすぐに砂場で遊び始めた。そして俺はもうぐったりしていたため付き合う気力は無く、木陰のベンチから見守る事にした。
公園は随分昼が近づいても誰かが遊びに来るような様子は無く、平和そのものだった。俺としては他の子もいてスクーピーの友達が出来れば最高だったのだが、どうやら最近の子は外で遊びたがらなかったり、親が外は危険だと言って子供を外に出さないようにしているのは本当だったらしく、終始公園で遊んでいるのはスクーピーだけだった。
「あの、すみません。シャロンちゃんの保護者の方ですか?」
「え?」
そんな中だった。突然三人のスーツを着た男女が俺に声を掛けて来た。




