よいをトシオ
エリックの買い物が終わると、俺達はぶらつく予定をキャンセルして真っすぐ家を目指す事となった。それはこの人ゴミのせいで疲れてしまった俺と、既にお目当ての物を手に入れ、早く帰って楽しみたいエリックとスクーピーとの意見が合致したからだった。
マジックショップを出ても相変わらずの混みようで、来た時は荷物が無かった分そうでもなかったが、爆買いした荷物を俺とエリックが互いに持ち、間に挟むスクーピーと手を繋ぎ歩く道中は余計に疲弊した。それでもお面を被り嬉しそうに頭を振りながら歩くスクーピーを見ていると、それほど悪い疲れでは無かった。
そんな中人ごみをかき分けて歩いていると、買い物にでも来ていたのか偶然この間の区議会議員の夫婦と出くわした。
「あ、この間はどうもありがとう御座います。また出会えるとはなんという幸運」
「あ、いえいえ。こちらこそこの間はありがとう御座いました」
さすがは議員だけあり、目が合うと先にお辞儀をして挨拶をしてくれた。
「お元気にしていましたかシャロンさん? あ、今はスクーピーちゃんと読んだ方がよろしいですか?」
「え? あ、そうですね。まだスクーピーの方でお願いします」
「そうですか。失礼しました」
「いえいえ」
旦那さんよりも奥さんの方が熱狂的なようで、前回に続きスクーピーを敬う感がもの凄い。
そんな夫婦を疑問に思ったのか、エリックが訊く。
「あの、こちらの方はお知合いですかリーパーさん?」
「あぁゴメン。この間言った区議会議員さんだよ」
「あ~、そうでしたか。私はシャロンの叔父のハンフリー・エリックという者です。この間はシャロンが御世話になったようでありがとう御座います」
「いえいえ。御世話になったのは私達の方ですよ。有難いご利益沢山頂きました。私はオースティン区で議員を務めさせて頂いています、セルディオ・セバスチャンという者です。よろしくお願い致します」
さすがエリアル。俺なんかもう前回何言ってたかどころか名前すら忘れているのに、エリックはきちんと打ち合わせ通り話を合わせた。そしてさすがは議員と手品師。間髪入れずの名刺交換。
ありがとうエリック! 危うく名前忘れたのバレないように誤魔化すところだった!
「おや。手品師をしているんですね? 今度宜しければ私の所で披露して頂けませんか? 私どもの所でも忘年会を企画していまして、良い演目を探していたんですよ。もちろん謝礼はお支払い致します」
「おぉ! それは有難いお話です! 是非!」
エリック絶好調なの!? こいつ運使い果たして死ぬんじゃないの?
正にスクーピーの御加護なのか、まさかの出会いは幸運を招いた。だが何故かここでエリックは自分の不利益になる様な事を口走る。
「ですが、本当に大丈夫なんですか?」
「と、言いますと?」
「今世間では議員に対する汚職にはうるさいですから、その……失礼ですが、トラブルにはなりませんか?」
エリーック! お前なんてこと聞いてんだよ! 悪魔でもさすがにそれは失礼過ぎるよ!
この発言にはさすがに険悪な空気が流れるかと思った。しかしやはりこの人たちは良い夫婦だったようで、とてもクリーンな説明をする。
「ご安心ください。忘年会は私の後援会での話ですが、それは全て会費による出費です。もちろん政務調査費を使う事はありませんし、秘書へも仕事ではないので参加は自由にしております。これは日頃お世話になった方々への私なりの感謝ですから、誰にも責められるような事はありませんので安心して下さい」
「そうですか。それは失礼致しました。ではもしご予定が決まりましたら、こちらのバーまでご連絡頂けると幸いです」
「分かりました。では都合が付きましたらご連絡致します」
「お願いします」
政務なんやらとか良く分からないが、秘書へ対しても仕事では無いと言ったセルディオさんからは、邪悪さは一切感じられなかった。どうやら俺は全ての議員は卑しいと勘違いしていたようだ。
そんな二人を他所に、奥さんにとってはスクーピーと出会えた事の方が大事なようで、もう二人をほったらかしてスクーピーに手を合わせている。
「スクーピーの顔を見ますか?」
「よろしいんですか?」
「はい」
「お願いします!」
さすが育ち盛りだけあってスクーピーはセルディオさん達を覚えているようで、前回ほど怖がる様子は見せない。それどころかちょっと自信が付いたのか、まるで自慢するかのようにお面を見せている。
そこで二人の為にもと思い、スクーピーに面を取らせる事にしたのだが……
「じゃあスクーピー、お面を取ってお顔を見せて上げて?」
てっきりスクーピーは前回同様素直に嫌がる事は無いと思っていたのだが、何故か嫌だと首を小さく横に振った。
「なんで? お面よりスクーピーの顔の方が可愛いって言ってくれてるんだよ?」
恐らく恥ずかしかったのだろう、そう言うとスクーピーは少し固まったが、分かったと渋るように頷いた。
「じゃあお面を取るよ?」
恐らくというより絶対恥ずかしかったようで、帽子が落ちないようお面を上げると、スクーピーは唇を尖らせ恥ずかしそうに目を瞑っていた。そのすっぱそうな表情がまた可愛い。
「わぁ~、また一段とお美しくなられましたね。ありがとう御座います」
奥さんは本当に嬉しい事を言ってくれる。俺達は毎日スクーピーの顔を見ているから分からないが、この短期間でもさらに美しくなったと褒めてくれた奥さんには、危うく恋に似た好意を抱くところだった。
「良かったねスクーピー、また可愛くなったって」
女子だけあって可愛いと言われたのが嬉しいのか、スクーピーは恥ずかしがるようにお面を下ろした。その慌てる姿がまた可愛らしく、奥さんも素顔を隠されても柔らかな表情を見せ手を合わせた。
「ほらスクーピー。お面で顔を隠しちゃ駄目だよ?」
奥さんの為にももう少しスクーピーの顔を見せたかった。しかしスクーピーにとっては相当堪えたのか、お面を片手で押さえ嫌だと小刻みに首を振った。しかしそれがさらに可愛らしく、場はかなり和やかな空気に包まれた。
「すみませんね。スクーピー恥ずかしがっちゃって」
「いえ。そのお姿を見られただけでも十分です。ありがとう御座います」
本当にスクーピーを取り巻く人々は良い人ばかりで、僅かな時間しか顔を見られなかったにも関わらず、奥さんは満足そうに感謝を口にした。そして前回同様に手を合わせると、小さな声でスクーピーに向かいありがとう御座いましたと三回言った。それを見て旦那さんも同じようにありがとう御座いますと三回言った。
「今日は本当にありがとう御座います。これで良い年末を過ごせそうです。今回はもしかしてと思い飴玉を持ってきました。こんな物ですが、どうか受け取って頂けますか?」
俺達が出会ったのは偶然だろう。それでも僅かな望みを抱き飴玉を持参してきた奥さんは、相当熱狂的な信者なのだろう。しかしとても良い人であることは間違いないため、ありがたく頂戴する事にした。
「構いませんよ。スクーピーはお菓子なら何でも好きですから、ありがとう御座います」
「そうですか。では」
「え?」
そう言うと何故だか奥さんはスクーピーにではなく俺に飴玉を渡してきた。
「あ、いえ。俺でなくスクーピーに渡してあげて下さい」
「えっ!? しかし……ほ、本当に宜しいのですか?」
「はい。別に飴玉をのどに詰まらせるような年齢ではありませんから、問題ありませんよ?」
一体何が原因なのかは分からないが、奥さんはそれを聞いても不安そうに旦那さんと目を合わせた。そしてそれを受けた旦那さんも神妙な面持ちで頷いた。
この行動にはさすがに眉を顰めた。しかしいざ奥さんがスクーピーに飴玉を渡そうとすると、その理由に納得がいった。
何かを確認し合うと奥さんは突然跪き、スクーピーに手を合わせた。そして飴玉を両手に抱え、スクーピーの前へ差し出した。
セルディオ夫妻にとってエインフェリアは神と崇める存在。そんなエインフェリアのスクーピーに触れるなど、畏れ多いのだろう。だから夫妻はあれだけ緊張している。それにしてもやり過ぎじゃないの!?
この行為にはさすがのスクーピーも理解できないようで、何が起きているのか確認するかのように俺と目を合わせた。そこで俺も本能的に一瞬目を反らしてしまったが、これも社会勉強だと思い心の声で受け取りなさいと言った。するとエリックとは違い、既に親子以上の絆がある俺達には通じ合うようで、スクーピーは上から飴玉を鷲掴みにして取った。
「おぉ! なんという幸運ですか! ありがとう御座いますありがとう御座いますありがとう御座います」
飴玉を受け取る際、スクーピーの手が触れた事が相当嬉しかったのか、奥さんは怒涛のありがとう御座いますを放つ。だが合わせ拝む手が震えている事に気付くと、奥さんにとってはあり得ない幸運なのだと分かり、なんだか幸せな気分になった。
そんな奥さんとは対照的に、もう飴玉に目が行っちゃってるスクーピーは、俺に袋を開けろと催促する。この子意外と自由人!
「今日はお忙しい中、本当にありがとう御座いました。私達はこれで失礼させて頂きます」
夫妻も用事があったようで、ここで旦那さんが声を掛けた。
「はい。こちらこそ飴玉を頂きありがとう御座いました」
「いえ。本当にありがとう御座いました」
「ありがとう御座いました!」
それを受けて奥さんも崇高な神の時間をこれ以上奪う事を失礼とでも思ったのか、慌てて立ち上がり頭を下げた。
「いえ。では俺達も行きますんで。失礼します」
「はい。良いお年を」
え? よいをトシオ? 今なんて言ったの?
「良いお年を」
突然聞き慣れない言葉に返答に困った。しかしここはさすがのエリック。意味が分かるようで空かさず返してくれた。
「よ、よいをトシオ」
そんな不思議な言葉にこれも風習なのかと思い、俺もそれらしく返した。すると通じたのか夫妻は頭を下げて俺達を見送っていた。
「なぁ? よいをトシオってなんだ?」
「え? あ~そうですね。あれは一年の終わりに……」
何だか良く分からない風習だが、飴玉を貰いさらに気を良くしたスクーピーと三人で手を繋ぎ、買い物袋片手に家へ向かう道中は心が満たされていた。




