第5話 空の行く末を巡る
「もうすぐ始まる、隣国オルビス・クラシオン王国との戦、君に力を借りたい」
カーネリアンにそう言われたセレスは戸惑いを隠せずにいた。室内の灯りを反射した彼女の金の瞳が、ゆらゆらと揺れる。
アズライトは、隣に座るカーネリアンへと視線を移す。アズライトの榛色の眼光は鋭い。
「カーネリアン、セレスをどうするつもりだ?」
険呑な声で、アズライトは親友であるカーネリアンへと声を掛けた。
「どうも何も、言葉の通りだよ」
「戦場に連れ出すつもりか?」
「前線に出したりはしないよ、彼女は騎士でも兵士でもない」
二人のやり取りを、セレスは交互に眺めた。
いつもに比べて真剣さはあるものの、のんびりとした様子で、セレスを戦に連れて行こうとするカーネリアン。彼に対し、理解できないといった表情を、アズライトは浮かべている。
そしれアズライトは、親友に対し、怒鳴りつけるように強い口調で告げる。
「俺は反対だ」
アズライトに対し、目をつぶりながらカーネリアンが続ける。
「帝国の意向がある。戦は避けては通れない。ならば、勝率を上げる努力はしたい」
「だめだ!」
アズライトの大声が、小さな室内に反響する。
「あ、あの……」
セレスはおずおずと話を切り出そうとした。
その時、三人がいる部屋の扉が、勢いよく開く。
「あなたたち、具合の悪いセレスちゃんの前で一体何をやってるの?」
そうやって入って来たのは、兄たち二人と同世代の女性。
やや赤みがかった茶色の長く緩く巻かれた髪に、垂れた瞳を持っている。
「「ローズ」」
アズライトとカーネリアンの二人が同時に彼女の名を呼んだ。
彼女は公爵家の娘であり、カーネリアン王子の婚約者でもあるインカローズだ。セレスをのぞいた三人は幼馴染の間柄である。セレスも、彼女のことは幼い頃から知っていた。
椅子に座っていたカーネリアンが立ちあがり、インカローズの前に立つ。
「ローズ、今日君の家を訪ねたんだけど、屋敷にはいなかったね」
「……ええ、そうだったわね。まさか貴方が来るだなんて思ってもみなかったのよ」
彼女は伏し目がちになりながら、自身の婚約者に返答していた。
二人のやり取りを横目で見ながら、アズライトも立ち上がる。彼は、二人の脇を抜けて、扉の方へと向かった。
「とにかく俺はセレスを戦地に向かわせるなんて、反対だ。……セレス、お前はもうしばらく部屋で休んでいろ。後から迎えに来る」
そう言って、アズライトは部屋から出て行った。
「お兄様……!」
セレスの声は、彼には届かなかったようだ。
部屋に残された三人の中で、一番先に口を開いたのはインカローズだった。
「何があったの?」
目を眇めながらインカローズは、カーネリアン王子に問いかけた。
彼は、セレスに視線を投げがら、インカローズに告げる。
「セレスが疲れている。部屋から出て話そうか?」
「分かったわ。セレスちゃん、ごめんなさいね。また後から来るから」
カーネリアン王子が、インカローズの肩を抱き寄せながら部屋から出て行こうとする。
彼は一度、セレスに向き直った。
「もう夜だ。今日は、城に泊まっていくと良い。アズライトにもそう説明しておくから」
そう言われて、寝台に座ったままのセレスはこくりと頷いたのだった。
※※※
セレスのいる小さな部屋には、部屋のわりには大きな窓があった。
そこから外を眺めると、外は暗く、月が掛かっているのが視える。
(もう夜……)
わりと眠っていたようだ。
自分の住む屋敷から城まで馬を駆り、少年を止めるまでに無理に身体を動かしていたからだろうか。全身の筋肉が痛む。
彼女は寝台から降りて、身体を伸ばした。
ドレスはもう綺麗なものに取り換えられている。
少しだけ気持ちと体の疲れを取りたいと考えたセレスは、部屋の外に出て散歩をすることにした。
部屋の前に居た見張りの騎士に声を掛けると、承知してくれる。
その際に、どうやら自分は医務室に運ばれていたのだと気づいた。
これまで、何度も城を訪ねたことがあるわけではないが、大体の位置は把握している。城では、王族以外立ち入り禁止の場所ならば、貴族は問題なく場内を移動できることになっている。
セレスは、部屋を出て、近くの出入り口から外に出た。夜風に当たろうと、城の裏手にある茂みの方を進んだ。茂みを抜けると、バラ園が拡がっている。セレスは、なんとなくその周囲を歩いてみることにした。
その時、突然彼女を頭痛が襲う。
(また――)
頭を抑える彼女に、声が響く。
『僕を、助けて』
今日見た黒髪の少年の声だ。
頭に直接聞こえてくるような錯覚に陥る。
(なんでしょう? 彼の魔術の暴走は収まったのだから、助かったはずなのに)
誘われるように、バラ園の方へふらふらとセレスは歩いた。
色とりどりの薔薇が咲き乱れる中を進む。夜だからだろうか。花の強い香りが、特に鼻腔をくすぐるように感じた。
歩いていると、奥の方から男女の声が聞こえて来た。
(こんな夜に、一体どうして――?)
彼ら二人の声はくぐもって耳に届き、内容までは聞き取ることはできない。
少しだけ気になったセレスは、声のする方へと近づいていく。
バラの華が咲き乱れる場所の奥に、少しだけ開けた空間があった。
そこに、青年と女性が立っていた。
なんとなく、彼女は二人に気づかれないようにと思い、茂みに隠れる。
そうして、声の主達の方へと振り向いたセレスは、息を呑んだ。
(え――?)
そこに居たのは、セレスの慕う兄アズライトと、その幼馴染のインカローズ。
彼らは、その場で抱きしめあっていたのだった。
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