第4話 星から空への願い事
「城の地下の――? あの少年をか?」
聞きなれた低い声が、セレスの耳に届く。
「少年って言っても、もうあの子も成人しているんだけどね。まあ、仕方ない、――。暗黙の了解ってやつかな?」
こちらも、よく耳にする声だ。
所々、聞き取ることができない。
「でも、しかし、あの子はお前の――」
セレスは瞼をゆるりと持ち上げた。
そこは見知らぬ場所だった。
白い天井に、淡く光る灯りが見える。
黒髪の少年を救出した後、どうやら自分は気を失っていたらしい。
身体が軋んで動かしづらかった。視線だけを左右に動かしてみる。
「起きたか?」
セレスにとって耳に心地よい、この声は――。
「おにい、さま」
少しだけ頭を動かし、右の方を見ると、兄のアズライトの深い青い髪の色が目に入った。彼は、榛色の瞳を眇めて、セレスの方を見ている。明らかにほっとした様子の彼を見て、彼女も安堵した。
「良かった、ご無事で」
セレスはそう言いながら、自身の頬が緩むのを感じる。
彼女を真っすぐに見据え、アズライトは眉をひそめながら話した。
「無事で良かったと言うのは、こっちの方だ。お前が、あんな無茶をするなんて、思いもしなかった。もう、あんな真似はするんじゃない」
「まあまあ、アズライト。結果、全てうまく行ったんだから、いいじゃないか」
アズライトの後ろには、金色の柔らかい髪をした青年が立っていた。この公国の第一王子カーネリアンだ。
そうして、彼はセレスに向かって、柔和な笑みを崩さず話し続けた。
「いつもはあんなに大人しくて、アズライトの母親の言いなりになっているセレスが……、あんたに行動的だなんて思ってもみなかったよ」
「あ、あれは……」
自分でも、驚くぐらいに力を発揮したように思う。
(お兄様が、死ぬ未来が視えたから――)
だからこそ、セレスは必至だった。何ふり構わずに、あそこまで行動できたように思う。
「人間、必死だと、想像もできないぐらい力を発揮すると言うからね」
彼女は、重い体を起こした。カーネリアンに問いかける。
「そう言えば、あのスピネルという男の子は、どこにいったんでしょうか?」
「ああ、男の子、か。君にはそう見えたんだね。あの子は、別のところで休んでいるよ」
カーネリアンは苦笑していた。彼の言い回しに、セレスは引っ掛かりを感じる。
彼女は、気を失う前に見た少年のことを思い出した。黒髪に紅い瞳。陽に当たっていないような白く透明な肌に、華奢な身体をしていた。少年らしさが残るような声をしていた。
『僕を、助けて』
最初に頭に響いた声は、最後に見た繊細な印象の彼と重なる。
けれども――。
『まだ幼いが、お前は俺の贄だろう?』
突然唇を押し付けて来た後に、セレスに話しかけてきた話し方は、ずいぶん高圧的な印象があった。
荒々しい彼と、どこか儚げな彼。
一体、どちらが本当の彼の姿だったのだろうか。
そして、『スピネル』という名前。どこかで聞いたことがあるのは気のせいだろうか?
セレスが考えていると、穏やかな口調でカーネリアンが問いかけてきた。
「ねえ、話を戻すけど、セレスに聞きたいことがあるんだ」
そう問われ、彼女は王子の方を向いた。
「は、はい、なんでしょう? 王子様?」
「あそこまで、君が必死だったってことはさ――」
彼のいつもは優し気な茶の瞳に、鋭い光が宿っているような気がする。
「――アズライトが死ぬ未来でも視えた?」
セレスは息を呑んだ。金の瞳が揺れる。
カーネリアンの隣に座るアズライトも、親友の方を振り向いている。
「アズライトの母親なんかは、君は不思議なことをいう程度にしか思っていないみたいだし。もちろん、天気ぐらいなら言い当てる人はわりといるんだけどさ。そうじゃないよね? 君の場合、はっきりと未来が視えているだろう?」
アズライトは、自分の妹と親友を交互に見ていた。
セレスは、慎重に口を開いた。
「でも、いつも視えるわけでは、ありません」
そう答えて、彼女は俯いた。身体に掛かっている白いシーツをぎゅっと握りしめた。
いつもいつも、しかも自分が視たい未来が視えるわけではない。突然、降ってわいてくるように映像が視えるのだ。どうもそれが、今よりも先の出来事を暗示しているのだと言うことには、十近くになってから気づいた。
でも、頭に浮かんでくる場面が、本当に将来起こる事なのだとすれば……。
今回は、闇の魔術の類いから、兄の死を回避することができた。
だが、繰り返し見る夢。
紅い髪に碧の瞳、光を放つ魔性の剣を持つ男に、兄は――。
「そう、それでも良いんだ」
カーネリアンにそう言われ、セレスは顔を上げた。
「それでも良いとは、一体どういう意味でしょうか?」
訝し気な表情をしながら、彼女は彼に視線を向けた。
いつもとは違う、真剣さを孕んだカーネリアンの瞳を彼女は真っ向から受ける。
話を始めた彼の言うことに、セレスは驚くことになる。
「もうすぐ始まる、隣国オルビス・クラシオン王国との戦、君に力を借りたい」
お読みくださいまして、まことにありがとうございます。
良ければ、ブクマ・☆評価していただけましたら、作者は大層喜びます。
前作の『記憶喪失の癒し姫』にも過去編を追記しています。ちょうど、セレスたちがやりとりをしている頃の、オルビス・クラシオン側の出来事になっています。
照らし合わせて読んでいただくと面白いかもしれません。




