第39話 帝国の将軍と聖女
セレスがロクスの老将軍イクシオンの亡霊と戦っていた最中。
彼の背後がゆらりと歪むと、一人の麗しい女性が姿を現わした。
年の頃は二十歳前後といったところか。
銀にも金にも見える長く流麗な髪に、セレスと同じ黄金の瞳。
あまりにも人間離れした美しさの持ち主で、まるで月の女神のようだ。
(何者なの……?)
セレスが警戒していると、その女性がイクシオンの方を振り向く。
そして――
「シオン、どうしてこの女性を虐めているのですか!?」
きっと眦を吊り上げたかと思うと、親以上に年が離れている老将軍を一喝した。
あまりの大音声で神殿内の大気がビリビリと震える。
「ラフィ……虐めていたわけではなく……! ただ、このままだと身を亡ぼすぞと、言いたかっただけで……」
「先ほどの光景、到底そんな風には見えませんでした!」
「で、ですが……」
「だったら、なんだというのです? 理由をしっかりと説明していただけますか?」
孫ほど年の離れた少女から罵声を浴びせられた老将軍は、先ほどまでセレスを追い詰めていた時の気迫はどこへやら、意気消沈している。
(何かおかしな光景を見せつけられているような……)
セレスが困惑していると――
「ああ、あの人がロクス帝国の初代将軍の妻といわれている聖女ラフィーネ様かな」
背後から現れたスピネルがそんなことを言いはじめた。
セレスは眉を引き絞る。
「夫婦って……どう見ても老人と孫にしか見えないわよ?」
「まあ、亡霊なんだろうし、年齢は自在に操られるんじゃないかな?」
穏やかに微笑むスピネルの言う通り、セレスが二人を見やれば――
「昔から貴方はそうです、ちょっぴり他の人の前で恰好をつけようとして……!」
「ラフィに尊敬される男の人を目指そうと思って……」
ラフィーネがイクシオンを圧倒していたところだった。
(確かに、妻に言い負かされている夫の図に見えてきたわね……)
ふと、年若い少女のような見た目をしたラフィーネ姫が、セレスとスピネルの方を向いてきた。
「シオンと私と同じ、竜と番のようですね」
ラフィーネが口を開く。
セレスがますます眉間に皺を寄せる。
「はじめまして、夫が無体を働いてしまい申し訳ございません。どうか気を悪くしないでいただけたら……」
ラフィーネがお辞儀をすると、イクシオンが遮った。
「ラフィが俺のことを夫……! ラフィが……!」
老将軍の気分が高揚しているのが伝わってくる。
(なんなの……最初に出てきた時の威圧感みたいなのがなさすぎる……)
セレスが心の中で溜息をついていると、ラフィーネ姫が続ける。
「私はこの場所を貴女がたに預けていいと思っています」
セレスは、彼女の話に耳を傾けつつ、手をぱっと振り払った。
「でも、あなたの夫とやらが、私には明け渡したくないって言っているわ」
すると、ラフィーネ姫の隣に立つイクシオンが一度大きな咳ばらいをすると、きりりとしら赤紫の瞳を向けてくる。
「我が最愛の妻ラフィーネが良いというのであれば許可を――と言いたいところだが、セレスと言ったな」
「ええ」
「先ほども話した通り、このままだとお前は破滅の道へと向かうことになるだろう」
「どうしてよ?」
セレスがきっとイクシオンを睨みつけた。
「太刀筋が素直なのは悪くない。強さも十二分にある。だが、誰かへの憎悪の炎、鎮められなければ、その焔は自身を燃やし尽くすだけだ」
「そんなのやってみなくちゃ分からないでしょう……!? 私は兄さまの仇をとってみせる!! オルビスの剣の守護者を!! 絶対に、必ず、私の手で……!! 戦場で――私の目の前で兄さまを殺したことを後悔させてやる!!」
セレスの言い分を聞いた後、イクシオンは黙った。
そうして、しばらく経った頃に口を開く。
「……もしも相手が悪ならば、お前が手を下さずとも、いずれは消えてしまうだろう。だが―国同士の命運をかけた戦いだったのならば――相手には国のためという大義名分がある。オルビスの剣の守護者がおまえにとっては悪だったとしても、だ」
イクシオンの宿す瞳に強い光が宿る。
「何が言いたいの……!? スフェラを唆してきたメディウス・ロクス帝国の始祖のくせに!!!! 貴方の子孫たちだって元凶じゃない!! 私は許さないわ!! 全部!! 全部!!」
怒りに身を任せてセレスは叫ぶ。
背後に立つスピネルは、ただ黙って彼女の言い分を聞いていた。
老将軍イクシオンがセレスの怒りを受け止めた後、俯いて独り言ちる。
「もしも神殿の外に出れるのであれば――いずれは分かるだろうが……そうだな――我が子孫の愚行も止める必要があるか……」
相手の抽象的な言い回しがますますセレスの鼻についた。
「それで? 試練とやらは不合格なんでしょう?」
見上げたイクシオンがゆっくりと答える。
「いいや――我が妻ラフィーネがこの場所を明け渡しても良いというのならば合格だ」
「え?」
意外とあっさりとした合格にセレスは拍子抜けしてしまった。
「だが、今の話を忘れるな。忘れてしまえば、お前も我が子孫たちのように――身を滅ぼし堕ちていくだけになるだろうからな。どうか――お前たちはそうはならないでほしい――そうして、どうか我が子孫の愚行を止めてほしい」
老将軍にそっと若き月の女神が寄り添う。
ラフィーネ姫がセレスに向かって告げる。
「……本質を見失わなければ、きっと……ああ、そうです――これをどうぞ貸したいと思います。帝国の我が子孫たちと対峙することがあれば役に立つと思います。大事なものなので、またいつか返しに来てください」
セレスの掌の上、何かが手渡される。
それは竜の鱗のようなイヤリングだ。
「これは……?」
だが、彼女の問いに答える前に、二人の姿が眩い光に包み込まれる。
「待って――!」
光が空間全てを包み込んだかと思うと――一気に収束する。
気づけば、元の古ぼけた神殿に戻ってしまっていたのだった。
「結局、何がしたかったのよ」
セレスは掌の上のイヤリングを眺める。
何気なく覗いてきたスピネルが答えた。
「竜の鱗だね」
「え?」
「禍々しい気を感じるし、僕とやけに共鳴している。間違いないと思うよ」
スピネルはふわりと微笑んだ。
「これを使って、帝国の子孫をなんとか言ってたわね」
「ああ、そうだったね」
「……仕方ないわね、神殿の外に出て考えま――」
その時――
「残念!! それはできない約束じゃ!!」
突然見知った女性の声が二人の耳に届く。
扉から光が差す。
そこに立っていたのは――
「エメラルド……?」
そうして――彼女の背後には――スフェラ公国だけでなく、帝国の騎士たちがずらりと並んでいた。
「何……?」
ざわざわと嫌な予感がセレスの中を駆け抜ける。
(どうして……)
なぜ、エメラルドが二つの国の騎士たちを従えているのか――?
そうして――普段はふざけてばかりのエメラルドが真剣な眼差しになると告げた。
「なぜならば――」
彼女の言葉を待つ。
告げられたのは――
「スピネル・スフェラ・フローライト第二王子、およびセレスタイト・カルセドニー。お前たちは、竜とその番の巫女――生贄として――この地に封じられる運命だからだ」
セレスの胸の内に衝撃が走ったのだった。




