第37話 帝国の亡霊
「もうすぐ、ロクス帝国にあるアモルの神殿に着きますね、兄上」
「そうだねぇ、サルファ」
前方を歩くサルファ王子の呟きに対し、スピネルがにこにこと笑いながら告げる。
二人の遥か後方を歩くセレスは、友人であるエメラルドに問いかけた。
「ねえ、エメラルド、貴女は何か私に隠し事をしていない?」
「なんのことじゃ? 妾はいつでも正直に生きていること、お前が一番知っているだろうて! そもそもじゃ、何か隠していることがあれば、もっと顔に出るとは思わないか? ええ?」
飄々と返してくる友に対し、セレスは呆れたように返す。
「そういうところが、少しだけ信用ならないのよ、昔っから」
「ぐぬぬ、この魔術師長の娘であり公爵令嬢でもある、このエメラルドに、そのような言い方をする女はお前ぐらいじゃ、セレスぅ!」
「だってね、貴女、鬱陶しいぐらいに声をかけてくるのですもの……」
そうして、セレスは続けた。
「あの化け猫で思い出したけれど、確か私たちが仲良くなったのも猫がきっかけだったわね」
「おお? よぉ覚えておるのぉ、猫が突如変態したんじゃったな……街中で妾に放たれた刺客に直ぐに気づいて、お前が倒してくれたんじゃったな」
「『妾は凄腕の魔術師じゃ』って、令嬢なのに調子に乗って一人で歩くからよ……」
ため息を吐くセレスにエメラルドが返す。
「それを言うなら、お前もじゃろうが、セレス! 一応侯爵家の娘じゃろう!」
「あれ以来、なぜか貴女の猫避けにされたんだった……まあ、でも――」
セレスは微笑んだ。
「負け戦の大将の妹だと、罵倒され続けた私に対しても、エメラルドだけは普通に接してくれた。奇特な存在だと思っているのよ、エメラルド、ありがとう。あ、まずい、前衛なのに戻らなきゃ……」
女騎士は、前を歩く男性陣の元へと向かう。
「妾もお前を奇特な存在だと思っている……だからこそ……お前のためじゃ、セレス……」
女魔術師の苦々しい呟きが、友の耳に届くことはなかった。
※※※
スフェラを北東に抜けて砂漠を超えた先に、打ち捨てられた街の跡が見えた。
昔は風光明媚だったという場所も、今や気候の異常で砂漠化が進んでしまっている。
廃墟の間の中を四人で進んだ。
砂の中に建つ神殿の中、帝国騎士達に声をかけると、重々しい扉が開いた。
中は暗く、灯りがぼんやりと揺らめく。
「カーネリアン王子の話だと、神殿でおこなわれる儀式か何かに参加しろって話だったかしら? スピネルに関係あるんだったかしらね」
その時、ふっと炎が消え、暗闇に包み込まれた。
「何!?」
すぐに眩しくなる。
セレスのそばにはスピネルの姿はあったが、サルファとエメラルドの姿はなかった。
「幻術?」
「……僕がいた場所と似たようなものかもね」
「スピネル、貴方、こうなることを知っていたの?」
その時、目の前に黄金の魔獣が姿を現す。キラキラと陽光のような輝きをした毛並みをしている。
咄嗟にセレスは剣を構えて、スピネルを護るように立った。
その時、魔獣が口を開く。
「私はシオンと申します。黒竜の王子スピネル様と、蒼の女騎士セレス様ですね。我が主がお待ちです。どうぞこちらへ」
セレスが黄金の瞳を見開く。
「魔獣が喋った……?」
「魔獣ではたまにあるみたいだよ、徳を積むと話せることがあるらしい」
納得はいかなかったが、二人で魔獣の跡をついて進む。
神殿の中は荒れ果てていると思いきや、紅いビロウドの絨毯はまるで作り立てのように美しかった。
奥深くへと進むと開けた場所に着く。
祭壇の前に誰かが立っていた。
「来たか……」
声を聴く限り、男性のようだ。
重低音の声。年を重ねていることが分かる。
「息子に帝国を託して、早千年近い時が経った。最後の守護竜も倒され、生まれなくなって数十年。我が子孫も、他国から竜を招くことにしたか。私は今の愚かな帝国の現状を憂いている。だが、老獪のたわ言を聞き届ける力ある者も、もういない」
ゆらりと男は、セレス達の方を振り向いた。
白髪の老騎士の眼は、まるで血のように紅い。
あまりの眼光の鋭さに圧倒された。
歴戦の猛者だと言うことをセレスは瞬時に理解する。
(この老騎士、剣を交える前から強さが分かる……一体何者なの?)
「我が名はイクシオン・ロクス」
イクシオン・ロクス。
スフェラ公国を支援しているメディウス・ロクス帝国の前身であるロクス帝国。その初代皇帝の父にして、守護竜を務めたという伝説上の将軍。
「我が姫にして妻の生地――預けるに相応しいかどうか――見極めさせてもらう。新たな竜とその番よ」
若い二人の前に、老将軍の亡霊が剣を抜き、立ち塞がったのだった。




