第36話 友達同士の口づけ
北の神殿に向かう途中、唐突に白い猫が変形した化け物が襲ってきたはずだったのだが――。
(それで……どうしてこんな状態になっているのかしら?)
セレスは内心でため息をついた。
目の前で、ふわふわした金髪の青年騎士と緑髪の魔術師が言い争いを続けている。
「あああ! もう、なんでオレがこんなことをしなくちゃいけないんだ!!」
「ええい! うるさいぞ、第三王子の分際で! さっさとあの変態した猫を倒さんか!!!」
「緑髪の女! 王子の僕に対して失礼だろう! お得意の魔術でさっさとやれよ!」
「仕方ないじゃろうが! 妾は猫が大の苦手なのじゃ!」
ぎゃあぎゃあ喚く二人を尻目に、青髪の女騎士セレスが前に向かおうとすると――。
「セレス! お前は手を出すな!」
「セレス! おぬしは手を出すでない!」
二人に制され、猫型の魔物を倒せずにいたのだった。
ため息をついて後方に下がると、黒髪赤眼の美青年スピネルがふんわりと笑っていた。
「サルファとエメラルドさん、面白いね」
「あのやりとりを面白いと言えるなんて……スピネルはやっぱり変わり物ね」
「そうかな、セレスほどではないよ」
魔物を前に緊迫した雰囲気などみじんもない。
そうこうしていると、敵がしびれを切らしたのか、サルファとエメラルドの二人目がけてにゃごおと牙を向いた。
すると――。
「邪魔するな!!」
「邪魔するでない!!」
歯をむき出しにして襲い掛かってきた敵目がけて、サルファは剣を、エメラルドは杖を、各々突きだした。
顔面を殴打された猫の魔物はきゃんと小さな悲鳴を上げて、その場から脱兎のごとく逃げ出したのだった。
「二人とも息ぴったりね」
「そんなことない!」
「そんなことはないわい!」
肩をすくめながらセレスが話す。
ふふんと鼻を鳴らしたサルファが得意げに口を開いた。
「しかし、面倒な緑髪の女にも弱点があったとわな……これでもうオレがこの女にからかわれる心配はなくなったというわけだ。昔からお前に揶揄われてイライラしていたが、これでもう解放されるな」
「ふん、勝手に色々と言っておけぇい」
エメラルドは鼻をふんとならす。
「昔から仲が良いんだか悪いんだか……」
ため息をつくセレスを、スピネルはにこにこと眺めていた。
ひとまず魔物は倒せたので、言い争いを続ける二人を尻目に、先へと進んだのだった。
※※※
夜の帳が森の中を支配しはじめた。
真っ暗闇になる前に、今日の休む場所を川近くに決める。
セレスとサルファは、騎士学校時代の訓練のおかげでキャンプにも慣れたものだ。
「ぎゃああ、虫が出る! 虫は好かぬ!」
「虫も苦手なのか! 良い情報を聞いた!」
旅の道中、エメラルドの弱点を掴みまくっているサルファ王子は意気揚々としている。
付近で捕まえた食用のボアを捕まえ、火に炙って食した後、一行は眠りに就くことになった。
男女でテントを分けたのだが、夜半、男性側から誰かが出ていく気配をセレスは感じる。
隣のエメラルドは爆睡しているようだ。
男性側のテントの気配を探ると、寝息が聞こえる。
(サルファは寝ているようね……ということは、テントから出たのはスピネル)
用でも足しに言ったのかと思っていたが、しばらく帰ってくる様子がない。
(まさか魔物にでも捕まってるんじゃないでしょうね……)
不安になって、セレスは外に出た。
獣道を伝い、スピネルの足音が消えた方角へと向かう。
ちょうど小川の近く、誰かと会話をする彼の声が聴こえた。
「心配ないよ――。僕はこの通り元気だ。セレスが一緒だからね。え? 君も彼女と話したいのかい? だけど、君に意識を手放すのは心配だな……力を分けてもらった方が良いって? でも、君みたいに強引なやり口は好きじゃないな」
セレスはスピネルの様子をこっそりと伺う。
(スピネル同士で喋れるなんて知らなかった)
その時、彼が気になる言葉を発し始めた。
「北の神殿に着いたら? なんとなく検討はついているよ。カーネリアンのことだ。きっとセレスには説明していないんだろうね。サルファには知らせていないだろうけど、エメラルドさんはどうだろうか?」
――私に説明していない?
なぜだか心臓がバクバクと音を立てる。
「神殿についたら、セレスが兄の復讐を――」
だが、そこで話は途切れた。
「セレス、そこにいるんでしょう?」
スピネルが声をかけてくる。
有事のために気配を消すのは得意のはずのセレスだったが、彼は気づいたようだ。
「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったのだけど」
スピネルは儚げに笑った。
促され、セレスは隣に腰かける。
小川のせせらぎが、夜の森に響いた。
「やっと、ゆっくり喋れるね」
「ええ、そうね」
それから、しばらくの間、どちらも言葉を発さなかった。
静寂を破ったのは――。
「ねえ、スピネル、さっき貴方がもう一人の貴方と話していた内容だけど――」
「ねえ、セレス、実は身体のことだけど――」
――両者、言葉が重なってしまう。
セレスははっとなった。
「身体!? 何か異常が出たんじゃないでしょうね?」
勢いよく顔を近づけると、スピネルがくすりと笑う。
「相変わらずセレスは優しいな。そうだね、すぐすぐじゃないけれど、どうやら生命力が落ちてきているみたいなんだ」
「なんですって……?」
笑顔が基本形の彼だが、肌がやけに白いのも標準のために気づくのが遅れてしまった。
(全然気づけなかった……)
今となっては、友人と呼べる者にエメラルドもサルファも上がるだろう。
だけど、初めて出来た友がスピネルなのだ。
何よりも兄の死の際にも一緒にいてくれた。当時、スピネルがいなければ、戦線の離脱も出来なかったに違いない。今のセレスはなかったと言えるだろう。
「私が出来ることがあるなら言って、スピネル」
すると、彼は眉をひそめる。
「君も気づいているだろうけれど、魔力の貰い方というのが……一応男女だし、あまり僕としては女性に失礼ではないかなと心配なのだけど」
そう、魔力の引き渡し方。
子どもの頃は平然とおこなってきたし、水晶の檻から出る際にも、もう一人のスピネルが目覚めてからもおこなった。
「――口づけでしょう? 別に減る者じゃないから気にしないで」
さらりとセレスは口にする。
スピネルは苦笑し、ぼそりと何か呟いた。
「僕はどうやら全く異性としては意識されていなさそうだね」
「え? 何か言った?」
「いいや――じゃあ、お言葉に甘えて――」
スピネルの細い指が、セレスの日に焼けた頬に添えられる。
そうして、月明かりの下、二人の影がそっと重なった。
唇が離れる。
「どう、力は吸えた?」
すると、スピネルが困ったように話す。
「うん? どうかな? 足りないかもしれない。もう一度良い?」
「ええ。どうぞ」
そうしてまた二人は口づけ合った。
※※※
なかなか力が行き届かないと言って、それから何度もキスをしたけれども、セレスは平然としたままで、スピネルは微笑を浮かべ続けていた。
ふと、彼は空を見つめる。
(もうすぐ新月か)
北の神殿について、セレスの生きる糧を奪うことになるのかと思うと、いっそ意識を「彼」に手放したい。
そう考えてしまう自分は、大人になりきれていないなとスピネルは自嘲したのだった。




