第35話 森を抜けて
第一王子カーネリアンの命により、さっそく北の神殿に向かうことになったセレス達一行だったが――。
鬱蒼とした森の中で白刃が煌めく。
目の前の熊に擬態した獣は悲鳴を上げ、そのまま消滅していった。
「相手にならないわね……」
セレスが剣を鞘に直すと、後ろから声がかかる。
「セレス! お前が魔物を倒してばかりでは、オレの出る幕がなくなるだろう!」
旅の同行者である金髪の青年騎士サルファ――一応第三王子である。
「戦場ではそんなことは言ってられないのよ、サルファ……はあ、実戦経験に乏しい貴方を共に連れて行けというなんて、カーネリアン王子は何を考えているのかしら」
セレスがため息をつくと、サルファは顔を真っ赤にしていた。
彼の背後から、また別の落ち着いた女性の声がかかる。
「そうは言うてくれるな、セレスよ……この馬鹿王子は、そなたに良いところを見せたいのじゃよ――繊細な男心というものじゃ」
声の主は緑髪の魔術師エメラルドだった。
「よ、余計なことを言うな! 緑髪の女!」
「おやおや、威勢だけは昔から良いのだから……まだセレスに気持ちを伝えることが出来ていない小物らしい反応じゃて」
「お前、第三王子のオレを愚弄するのか!!」
そうして青年騎士と魔術師の二人はやいのやいのと言い争いをはじめた。
セレスはふうっとため息を吐く。
「お疲れ様、セレス。相変わらず、君は強いんだね」
「スピネル」
彼女の隣に黒髪赤眼の美青年が並び立った。
「サルファも君のことを心配しているんだと思うよ。ずっと君だけで敵を屠っているわけだし」
スピネルは淡く微笑んだ。
「そうなのかしら?」
「うん、僕が見ている限りではそうかなって――それにしても、サルファがあんなに元気な子だって知らなかったな」
セレスはその言葉に眉をひそめた。
腹違いではあるが、スピネルとサルファは兄弟の関係だ。
だが、長年、水晶の檻に閉じ込められていたスピネルはサルファと今回が初顔合わせだったという。
スピネルはどこかつかみどころのない雰囲気を持っている青年だ。
そんな彼に弟であるサルファはどう接して良いのか分からないようで、旅の道中、どことなくギクシャクした雰囲気が流れていた。
特にセレスから二人に何かフォローを入れるわけでもない。
代わりに、かねてから旧友である魔術師エメラルドがサルファ王子をからかって遊んでいる姿が目についていた。
セレスはぼやく。
「――密命で北の神殿に行くことになって……カーネリアン王子からは行けばわかると言われたけれど……なんだか嫌な予感がするのよね」
北の神殿に向かうためには、この森を抜けないといけない。獣道しかないので、馬車が通れず、四人で魔物と戦いながら向かっていた。
「未来が急に降りてきたりはしないの?」
スピネルの問いに、彼女は首を横に振る。
「降りてきていないわ……だけど、どうしてこんなに胸騒ぎがするのかしら……?」
「まあ、カーネリアンも行けば分かると言っていたのだし、行くだけ行ってみよう」
スピネルにやんわりと促され、セレスも頷いた。
「同行の二人がもう少し落ち着いてくれていれば……」
基本的に冷静沈着な公爵令嬢エメラルド。猫のようにきまぐれで大人びた彼女だが、昔からサルファを弄るのが好きだ。そんな時だけ年相応な顔が覗く。というよりも、童心に戻ったかのようにサルファにちょっかいをかけ続ける。
片やサルファはといえば、エメラルドが苦手なのか、まるで子犬のようにキャンキャンと言い返す。
「犬猿の仲ではなく、犬猫の仲……みたいな感じよね」
「セレス、その例えは言い得て妙だね」
線の細いスピネルに対し、セレスは問いかけた。
「そういえば、突然旅に出ることになったけれど、身体は大丈夫なの?」
「ありがとう、心配してくれて――あんまり疲れた様子のないセレスが、頻繁に『疲れたから休みたい』って言って、休憩をとってくれてるから大丈夫だよ。相変わらず優しいね、セレスは」
そんなことを言われて、セレスの頬は赤らんでいく。
「いえ、こまめに休んでおかないと、何があるか分からないから」
――この数年、兄の仇をとるために殺伐と生きて来たセレスだったが――。
(スピネルといると、なんだか調子が狂うのよね……)
昔の――おどおどしていた頃の自分に、時を戻されたかのような錯覚を覚えることがあるのだ。
(いけない、雑念に気をとられていたら、剣に影響が出てしまう)
落ち着かない気持ちを落ち着け、セレスはスピネルを一瞥した後、前方にいる二人に声をかけた。
「サルファ! エメラルド! さっさと北の神殿に向かうわよ!」
だが、その時――。
森の奥から唸り声が聴こえる。
「――敵?」
突然、襲い掛かってきた影は、鋭い爪で地面を抉る。
――前方から、白い猫が変形した巨大な魔物が差し迫ってきていたのだった。




