第31話 ロマンチックとは程遠い
「――セレスタイト・カルセドニー――君に、スピネルへと力を分け与えて、彼のことを救ってもらいたい――」
第一王子カーネリアンが、真剣な眼差しでセレスを見つめた。
(力を分け与える――)
彼女には心当たりがあった。
(あの戦場で、いつもスピネルは私に口づけていた――)
おそらく、力を分け与える方法とは、彼と何らかの接触をすることだろう。
セレスは一度瞼を閉じて、開いた。
「では、私が黒竜に――いえ、スピネルに近づいて力を――」
「セレス、相変わらず君は察しが良くていいね――それでは、スピネルに――」
だが、そこで竜の大きな叫びが洞窟内にこだました――。
耳が割れそうなほどの大音量で、セレスは慌てて頭を抱える。
「なに――!?」
声の方を振り向く――。
地面が揺れるような感覚がしばらく続く。
そこでは、黒竜が檻を破壊しようとして暴れているところだった――。
『喰ラウ――人ナド、信用デキヌ――腹ガスイタ――』
セレスの頭の中に声が響く――。
「え――?」
「どうした? セレス」
不思議そうな表情を浮かべるセレスに、カーネリアンが問いかける。
(もしかしてカーネリアン王子には聞こえていない?)
彼女は彼に問いかけようとした時――。
水晶で出来た『黒竜の檻』を、竜の爪が破壊し始める。
柱が轟音を立てながら崩れだした――。
「あぁ、残念だな。竜の力を封印するための檻が崩れるなんて、これは異常事態だ――」
話の内容のわりに、カーネリアンに焦った様子がみられないことは、セレスの気にはなった。
(だが、そんなことに気をとられている場合じゃない――)
セレスは腰に下げていた片手剣をすらりと引き抜いた。
天井から落ちてきた岩を、剣を振り上げ払う――。
「カーネリアン王子は後ろへ!! どういたしますか? このままでは力を与えるどころの話ではないかと――」
セレスの問いに、カーネリアンは穏やかに答える。
「まずは鎮めるしかないだろうな――竜を殺さないでね、セレス――」
彼の返答を合図に、セレスは竜に向かって駆けた。
ほぼ同時に、後ろにいるカーネリアンが詠唱を開始する。
黒竜に近づいたセレスは、振り下ろされた竜の腕を交わす。
右足を踏み込みながら、竜の右腕に切りつけた後、すかさず剣を横に払った。
すぐに反動で左足を前に出す。
同時に、竜の腕を巻き込みながら剣を戻し、今度は左側から切りつける。
竜が腕を振り上げてきた。
セレスは後方に飛びながら、敵の攻撃を受け流す。
「スピネル――!!!!」
剣を一回掌中で握りなおした後、そのまま片手剣を振り下ろした。
目の前の竜が、腕を切り付けられた痛みで呻く――。
「セレス、離れて――」
彼女の背後から、カーネリアンの声が響く。
背中にひやりとした冷気を受けた彼女は、叫ぶ竜から離れ、カーネリアンの元へと下がった。
「詠唱終わり――」
彼は微笑みを浮かべながら、弟である黒竜へと手を差し伸べる。
そうして、氷劇の魔術を放つ――。
氷の柱が、黒竜を閉じ込めた――。
凍てつく刃に、まるで元は柔らかいものだったかのように、黒竜の肌が切り裂かれていく。
竜の雄たけびが洞窟内に響き、世界が揺れる。
(ただでさえ、スピネルは弱っているという話だったけれど、死なないわよね――?)
セレスの胸の内に、少しだけ不安がよぎる。
「セレス、今ならいけるかな――?」
「は、はい――」
迷っている場合ではない。
彼女はまた、苦しみもがくも、その場で動けなくなっている黒竜へと駆け寄る。
「スピネル! 落ち着きなさい!」
鋭い歯が覗く竜の口元へと、セレスは近づく。
噛みつこうとしてきた動作を避けた後、彼女は竜の上顎と下顎を両腕で抑えた。
(少しでも腕の力を抜いたら、また口を開かれる――この状態で口づけって、顎の先の方で良いわけ――!?)
「これで良い!!!?」
セレスは勢いに任せて、竜の顎先に口づけた。
※※※
遠くで彼女を見ているカーネリアンが茶々を入れる。
「女性とは思えない怪力に、ロマンチックとはほど遠い再会だねぇ――」
セレスに聴こえたかどうかは分からない。
カーネリアンの弟である黒竜に口づけるセレスの周囲に、眩い光が集まり始める。
「さて、これからどうなるかな――」
二人の様子を眺めながら、カーネリアンはぽつりと呟いたのだった。




