第29話 空と闇との邂逅
「我が弟で、第二王子スピネル・スフェラ・フローライト。彼の命を救うために、セレスに会いに行ってもらいたい」
カーネリアン第一王子の頼みごと――。
肩先までの水色の髪をした女騎士セレスに、衝撃が走った。
「今の今までスピネルには会わせてくれなかったのに、どういうつもりでしょうか?」
セレスの金色の瞳に鋭さが増す。
カーネリアンは、彼女とは対照的な調子だった。彼はふわふわとした金髪と同じで、ふわふわとした口調のまま、彼女に告げる。
「この数年間は問題がなかったから会わせていなかった。だが、ちょっとこの一年ほどで問題が起きてね……本当は君の成人まで待ちたかったのだが……」
(私の成人が、スピネルに会うのにどう影響すると言うの……?)
カーネリアンの話の内容に、セレスは違和感を覚えた。
「まあ、彼の様子を見てくれれば分かるから」
「様子を……?」
にこにこと微笑むカーネリアンを、セレスは時折怖いと感じる。
(どうしてかしら、カーネリアン王子は笑っているのに……)
「会いに行ってくれないか……? 彼の住まう場所に」
カーネリアンは笑ったままだった。
「……その、以前うかがった折りには、スピネルは西にある高原地帯で休んでいると、カーネリアン王子からうかがいました。今もそちらに――?」
「いや、僕たちの居る場所から、近くて遠い場所にスピネルはずっと居るよ――」
(近くて遠い場所――? カーネリアン王子が言っている意味が全く分からないわ――)
セレスは眉根を寄せた。
「君が嫌ではないなら、今からスピネルに会ってもらいたいと思うけれど、どう――?」
「……」
カーネリアンの言葉は優しい。だが、繰り返される「スピネルに会ってほしい」という言葉は、おそらく「会え」という意図があるのだろう――。
(私に、拒否権はなさそうね――)
「分かりました。今から向かわせていただきます。それで、どちらに向かえばよろしいでしょうか?」
「どこかに向かう必要はないよ」
そう言うと、カーネリアンはフロックコートの内側から、手のひら位の大きさの丸い鏡を取り出した。
(丸い……鏡……?)
セレスの金の瞳が、鏡に釘付けになっていると――。
「――――!」
――突然、カーネリアンとセレスの周囲を目映い光が包み始める――。
「なに――?!」
眩しくて、しばらく目が開けられない。
セレスは、堅く目蓋を閉じる――。
次に、一気に外界が暗くなったのを瞳が感じた。
セレスが恐る恐る目を開けると――。
「ここは……昔来た……」
壁一面に水晶が張り巡らされた洞窟の中に、セレスとカーネリアンは立っていた。
ちょうどスピネルとセレスが出会った頃に、セレスは紛れ込んだことがある。
「ここは『黒竜の檻』という……」
「黒竜の、檻……」
「昔、君もいつの間にか迷い込んでいたよね。あの結晶で出来た場所だ。以前は、たまたま私が移動する時に、うっかり着いてきてしまったのだろう」
(あれは、やはり夢ではなかった……? まさか、ずっとスピネルはこの場所に――?)
セレスの胸に、言いようのない不安が襲ってきていた。
「私の後に着いてきてくれないか?」
カーネリアンの問いかけに、セレスは黙って従った。
薄暗い洞窟の中を、壁を頼りに二人は突き進んでいく。
(――なに? 生き物の声――?)
セレスの耳に、何かの唸り声が届いた。
「この声は一体――?」
だが、今度はカーネリアンが答えてくれなかった。
そうして、二人は洞窟の奥にある開けた場所に出る――。
洞窟の奥には、銀の格子が見える。
セレスは格子の向こう側に、何かの蠢きを感じた。
彼女は目をこらす。
そうして、蠢きの正体に気づき、セレスは声をあげた。
「黒い、竜……!? オルビスだけでなく、スフェラ公国にも竜がいたの……?」
真っ赤な瞳に、ぬめぬめとして硬く黒い皮膚に覆われた巨大な竜。
伝説上の生き物が、牢には閉じ込められていたのだった――。
(なんだろう、懐かしい感じがする……)
セレスは、自分に言い聞かせるように首を横に振った。
(会ったこともない生物に懐かしさを感じるなんてどうかしている……)
そこで、セレスははっとなった――。
「スピネルは――? 彼は、一体どこに……?」
セレスの胸中にある不安が高まっていく――。
(まさか竜に殺されてしまったんじゃ――)
それまで黙っていたカーネリアンが、竜を指差す。そして、彼はゆっくりと口を開いた。
「あそこにいる竜、あれがスピネルだよ――」
「え――?」
カーネリアン第一王子が放った、信じがたい言葉に、セレスはその場で動けなくなったのだった――。




