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第八話 目覚め

夢を見た。

とても懐かしくて愛おしい夢を。


その夢は、目が覚めると呆気なく自分の前から消え去ってしまった。



もう一度あの優しい夢を見たいと願うものの、激しい頭痛と、幾重にも取り巻いたかのような倦怠感が体を襲う。

重すぎる(まぶた)をようやくこじ開けると、景色がぼやけた。霞がかかったような瞳が映したのは、何かの天井。いや、よく見ると天蓋である。

痛む頭を無視して顔だけを動かしてみると、どうやら自分はベッドに寝かされているらしい。

いくつもある枕と、清潔でお日様の香りがするシーツやタオル。それをぼんやりとした目で、見るとも無しに見ていた。



ここは一体どこなのだろう。まるでヴァシュヌ王宮の自室にいるような感じがするが、すぐさまそれを否定した。

何故自分がこんな立派なベッドで寝ているのか、そして、自分は一体どうしたのだろう。



もしかしたら、自分は死んだのだろうか。

だったらここは死後の世界なのかしら。

でもそのわりには、体が怠いし苦しい。



ふと顔に冷たい物が触れた。目線だけをそれにやると、どうやら水に濡れたタオルのようだ。

額に乗っていたらしいそれをじっと見ていると、物音がした。どうやら誰かが部屋に入ってきたらしい。

何故自分がここにいるのかわからないが、寝たままだと非礼に当たる。ままならない体を何とか起こそうとしていると、慌てた声がそれを押しとどめた。

声の主を見やると、見たことのない少女だった。と言っても、多分自分とあまり変わりないだろうが、全体的に幼い感じがする。



「あぁ、起きないで下さい。そのまま寝ていてくださいね。あなた、肺炎を起こしかけてずっと寝ていたんですから」


「…ずっ…と…?」



確かに声を出したはずなのだが、喉が痛く、(かす)れていて上手く音にならない。

それを見た少女は、枕元にある水挿しから水を飲ませようと、少しだけ体を起こしてくれる。水を一口、二口、こくこくと飲み、喉が快く潤されるのを感じると、再び優しい手つきでベッドに戻された。



「そう、ずっと。三日間ずーっと意識不明だったんですよ」


「…三日…?」


「庭で見つけた時は驚きましたよ!主様があんなに慌てたのを見るのは、先王が突然崩御して以来です」



主…と言う事は、マルス王が見つけたのだろうか。

目の前の彼女は、ここ、後宮にいる侍女ではない。だから側妃や、ましては姉がこの部屋に連れて来たと言うような事は絶対に無い。


マルス王。

あんなに疎んでいた自分を、何故。

おいそれと死なせるわけにはいかないと言う事だろう。

それほどまでに、何故自分はマルスに恨まれているのだろうか。



それに三日も意識不明だったと言う。

その間、自分の仕事はどうなったんだろうか。あれらは全て自分がやらなければいけない仕事で、あの側妃達に付いている侍女がやるべき事ではないはずだ。

早く復帰しなければ。そう思うのだが、体が鉛の様に重く力も全く入らない。


ルビーがベッドから出ようとしていると、少女がそれを諫めた。



「起きては駄目です!それにもうすぐ、主様がいらっしゃいますからね。大人しく寝て待っていて下さい!」



そう言うや否や、部屋のドアが開いた。


きっとマルスは、今度こそ自分を追い出すだろう。

異母姉にいらぬ心配をかけさせるばかりの駄目な自分を、今度こそは。



そう思うと体が震えた。


目を閉じて体の震えを抑えようとすると、ヒヤリとした手が額に当てられた。

ルビーはその冷たさと、今から言われるであろう言葉に畏縮しながら恐る恐る目を開けた。だが、そこにいたのはマルスではなく、優しげな夫人が心配そうな顔でルビーを見ていた。



「大丈夫?…まだ熱があるようね…。グロア、もう少し薬を調合して頂戴。それと、桶の水も換えて来てくれるかしら」


「はい、わかりました。主様」



そう言って、グロアと呼ばれた少女が水の張った桶にルビーを冷やしていたタオルを浸してから絞った後、それをルビーの額に乗せてから、桶を持って部屋を後にした。


グロアが主様と言っていたからには、てっきりマルスだとばかり思っていた。

この後宮、ひいてはカーン王国の王であるマルスを置いて、この王宮には主は居ない。


だが、今ルビーの目の前にいる夫人、その人もまたこの王宮の主でもあるのだ。

しかし、どうして今ここにこの方がいるのだろう。遠く旅に出られたと聞いていたはずなのに。


ルビーは知らず、呆然と呟いていた。



「アールマティ皇太后様…なぜここに…」



ふっと笑ったその顔は、自分の知っていた頃よりもいくらか老けた様に思える。

しかし、柔らかい雰囲気とは違い、実際はかなりお茶目な人物だと言うことも知っている。だから老けたと言っても、実際にはそれを感じさせないだけ元気な人だ。

昔…まだ先王が存命だった頃は、よくアールマティに遊んでもらっていた。アールマティと一緒になって遊んでいると何時の間にかドレスが汚れていて、後でそれを女官長にこってり叱られたのだが、ウインクをして何事もなかったかのように笑う彼女は、第二の母の様でルビー自身も大いに慕っていた。



事実、今もアールマティは穏やかに微笑んでいる。

特別美人と言うわけではない。ルビーの母、ウンディーネから比べると彼女は地味である。だけど、どうしてか目が離せないほどの輝きを持っているのだ。

その輝きは、国民をも照らす。


だが、今その輝きは失われている。

現在、カーン国にアールマティがいないのだ。



それなのに、どうしてここに…。

狼狽ているルビーを優しく宥め、ベッドの脇に腰かけたアールマティは静かに話し始めた。



「ルビー、貴女を助けに来たのよ」



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