第七話 夢
夢を見ていた。
笑いたいような、泣きたいような不思議な夢。
それでいて、どこか懐かしい夢を。
* * * *
「ルビー様!」
自分を呼ぶ声に振り返る。
そこに居たのは、自国の親衛隊に所属している隊員。ルビーを護る部隊の証である水色の腕章をしている。
黒い髪を靡かせ、その髪と同じ黒い双眸は厳しい。周囲が脇によるほど怖い顔をしているが、ルビーにとっては小さい頃から見ているのだ。別段怖くはない。
彼が素晴らしいのは知っている。恵まれた才に、人を魅力してやまない容姿。
何よりも、自分を護ってくれる。
幼い時よりずっと。それは生涯変わることはないのだろう。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
「一体どうしたの、フレッド。そんなに怖い顔をして、何かあった?」
「何かあった?じゃないですよ!お一人でこんな遠くまで来ないで下さい!!」
「遠くって…。城下に来ただけじゃない」
「だけじゃないですよ!せめて供の者を付けられてからにして下さい!コラーダとティソーンはどうしました!」
「んもー、うるさいわねぇ。フレッドは。コラーダとティソーンは大きいから目立つんだもの、抜け出せないに決まってるわ。そうなったらすぐに見つかっちゃうじゃない」
「あいつらはそれが目的で付けているようなものです。それに貴女相手だと煩くもなります。さ、帰りますよ。グレイプニル様も心配してらっしゃいますからね。後でみっちり陛下に叱ってもらいましょう」
「やっ!」
「『やっ』じゃないです!俺も後からコラーダ達に説教しないといけないんです。さ、早く」
フレッドの差し出された手を凝視して、睨み合う事しばし。
先に折れたのはルビーだった。仕方なしに差し出された手を取った。
ルビーは、フレッドの無骨な手だが温かいその手が好きだ。小さな自分の手を、包み込む大きな手が。
何気なしに繋がれた手をぶんぶん振って、フレッドにおかしな顔をされた。
「それで?どうして城下までお一人でいらっしゃったんです」
「…内緒」
顔を逸らしてみたものの、そこからフレッドはずっと黙って自分を見ている。そのままではいられず、結局、沈黙に耐えかねたルビーは言い訳がましく話し始めた。
「だって理由を言ったら、フレッドは絶対に駄目だって言うもの。お兄様も…」
「…まぁ大体の予想は付いてますがね。姉上様絡みでしょう、どうせ」
むぅっと頬を膨らませてみるが、それが当たりを示しているのがわかる。だからこそ、フレッドはルビーに気付かれぬように内心眉を顰めた。
「どうしてお父様もグレイお兄様も、アビーお姉様をお嫌いなのかしら。あんなに美しく優しくてらっしゃるのに…」
フレッドは何も言わない。黙ったまま、ルビーの言葉を聞いていた。
「あのね、明日はアビーお姉様も誕生日なの。だから私、何か贈って差し上げたいのよ」
「…そうですか」
「お姉様の誕生日だって言うのに、どうしてか誰もお祝いしないでしょう?おかしいと思わない、フレッド?」
それにはれっきとした理由があるのだが、この幼い王女がまだ知らなくてもいい事だ。
もしかしたら生涯知らないままかもしれない。だが、それはそれで良いと思う。勝手な考えだが、理由を知っている人物らはそう結論付けている。
フレッドがそう考えていると、ルビーが足が止まった。
くんっと引っ張られる形でフレッドも足を止めた。ルビーの目線の先を追うと、店先に飾られたオルゴール。隣にいるルビーは、食い入るようにそのオルゴールを見ている。
どうやら気に入ったらしい。ルビーに声をかけると、王家特有の赤紫の瞳が輝いている。その様子を微笑ましく思ったフレッドは、贈る相手が喜ぶわけがないと思いながらも、ルビーに「それがいいんですね」と聞いた。
「うん!これがいいわ。キラキラしていて、とても綺麗。音色も素敵」
「そうですか。ではこれにしますか?」
「ええ。これがいい。お姉様喜んでくれるかしら」
満面の笑みを浮かべて、綺麗に包装されたオルゴールを大事そうに抱えているルビーを愛おしく思いながらも、あのアビゲイルがはたして喜ぶかどうかフレッドは疑問に思った。
その後、案の定待ち構えていた兄グレイプニルに連れて行かれた先には、父と母が居て、こってり叱られたルビーだが、次の日はアビゲイルに無事プレゼントを贈ったと満面の笑顔でフレッドに報告してくれた。
それから数日後、アビゲイルに会うために後宮内を歩いていたルビーは、ガンと言う音を聞いた。
音がした部屋へ入ると、そこにはアビゲイルに贈ったはずのオルゴールが無惨に壊されていた。
その部屋には誰も居なかったが、誰かが壊したのには間違いない。
悲しくて一人で泣いていると、泣き声を聞きつけたアビゲイルが驚いた表情でルビーを抱き締めた。
「どうしたの、ルビー?何があったの?」
優しい姉が抱き締めながら聞いてくれるので、ルビーもしゃくりあげながら説明した。
アビゲイルに贈ったはずのオルゴールが、誰も居ない部屋で壊されていたと。
その言葉を聞いたアビゲイルは、一瞬唖然としたものの憂いを帯びた顔でルビーを宥めた。
「今朝私の部屋から無くなっていて探していたのよ。なのにどうして…せっかくルビーからもらった物なのに…」
「アビーお姉様…っ」
わんわんと泣く妹をようやく宥め賺して部屋に帰らせたアビゲイルが、憎々しい顔をした後、鋭い目で嘲笑したのをルビーは知らない。
フレッドがそんなルビーを優しく慰めてくれると同時に、カーン王国からマキディエル王崩御の知らせが届く。
そこで夢は終わった。
あの大好きだった温かい手が、私を包む事はこれからこの先、無いだろう。
今や、親衛隊総隊長となったフレッドが守るのは、国王であるポイニクスや次期国王グレイプニル。それに母ウンディーネ。
ひいては、ヴァシュヌ王国その物。
私をルビー様と呼ぶあの声も、差し伸べられた大きな掌も、向けられる優しい視線も全て。
フレデリック…
私は、貴方を愛していたのだわ。
それを伝える術はもうない。




