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第五話 下女

ルビーは侍女ではなく、侍女は下女ではない。

下女に落とされたルビーの朝は侍女よりも早い。



払暁の先触れも見えぬ内から下女の仕事は始まる。

前日の夜に、侍女が主に使用したタオルやリネンの洗濯は勿論、侍女自身の使ったそれも当然含まれる為、その数は膨大。ルビー一人では、洗濯室へと運び込むだけでも何往復もしなければならない。


それが終わったら、後宮内の目に見えない場所の掃除だ。使うか使わないかわからない部屋の掃除や、廊下、そこにある調度品の掃除。もちろん手洗い場も含まれる。

その仕事を終えるのは、ようやく侍女達が起き始める頃で、その合間を見計らって朝食を取るのだが、掃除が間に合わなかったら、空腹であろうが、そのまま掃除が終わるまで続けなれけばならないのだ。


後宮の側妃達が起き出した時間にもなると、後宮内は俄かに活気付くのだが、ルビーにしてみれば地獄のような時間が始まるだけにしか感じない。



通りすがりの側妃達に根拠のない暴言を吐かれ、嘲笑された。

付き従っている侍女達も、主に倣って、あからさまに自分を馬鹿にし、侮蔑の言葉を投げつけられた。

たまに会うマルスは視線すら合わせようとしない。そればかりか、あたかもそこに居ないように振る舞われる。



カーン王国へは婚儀の為に行ったはずなのに、わけもわからぬまま弾劾され、庇ってくれたアビゲイルの必死の懇願によって侍女になってから、何をすればいいのかわからずに右往左往して、失敗ばかりしていた。

そして泣いていたのを慰めてくれたのが、アビゲイルだった。


そのアビゲイルも懐妊をきっかけに、マルスから、ルビーがアビゲイルへ近づく事を禁じる接近禁止命令が出された為に、守ってくれて慰めてくれる優しい姉もいなくなった。



この待遇に落ちて、半年になろうとしている。


始めの頃はアビゲイルに会えなくなって悲しくて、泣いてばかりいた。


一ヶ月が過ぎると、泣くことを止めた。


二ヶ月が過ぎる頃には、仕事を拙くもこなせるようになっていた。


三ヶ月が過ぎる頃には、既にルビーは笑うことが出来なくなった。


四ヶ月が過ぎる頃には、ルビーは感情を失った。


五ヶ月が過ぎた頃には、ルビーはヴァシュヌ王女の誇りが無くなった。



半年が過ぎた今、既に何に対しても期待しなくなった。




それでも昨日、枯れたはずの涙が流れたのは、久しぶりにアビゲイルに会ったからなのだろうか。

あの美しく優しい姉は、昨日も自分を庇ってくれた。

優しさに触れたのは、本当に久しぶりだったおかげで、渇いた心にも少しだけ潤いが戻るようだ。



ジワジワと痛む足首を引きずって、水を含んで重くなった洗濯物を持ってリネン室への道を歩く。

早くしないと次の仕事が立て込んでいる。そう焦るものの、重い荷物と痛む足が歩みを鈍らせる。

おまけに、昨日濡れた服を着たまま泣きながら眠ってしまったせいで、酷い悪寒がする。

ガチガチと歯の根が合わぬまま、少しでも体を温めようと必死に歩みを進めるのだが、どうにも収まらない。元々身体が丈夫ではないルビーは、今の自分の現状を痛いほどわかっている。しかし、どうにもならないのも身にしみてわかっている。


この時、ルビー自身は気付いていないが、彼女の顔は既に目にわかるほど蒼白で、唇は紫色。見るからに病人だとわかるものだった。

しかし、そこで働く下女はルビーただ一人だけだ。代わりもいない。


そもそも後宮内に下女を入れてもいい規則はない。

アビゲイルの暗く歪んだ考えだけで下女に据え置かれたルビーは、その事を知らぬまま、座り込みそうになる自分を必死に叱咤し続け、洗濯室へと急いだ。



ようやく洗濯室へと着いて、重い洗濯物を置いても、今度は渇いたそれらをまた持って行かねばならない。

既に歩いているという感覚は無い。ただ無意識のまま、虚ろな目をしたルビーは乾いた洗濯物を持って後宮へと戻ろうと踵を返す。



しかし、そこでルビーの意識は完全に途絶えた。




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