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第四十六話 落城

普通であれば静寂で包まれているはずの謁見室から聞こえた絶叫。それも尋常ではないほどの大声。一向は一人を除いて、急いで謁見室の扉をくぐった。

息を切らした彼等が目にしたのは、膝から崩れ落ち、頭を仰け反らせ天を仰いで絶叫しているカーン国王だった。


その尋常ではない行動に一瞬呆気に取られたシャリヴァーだったが、すぐに周囲を見渡した。しかし、そこにいたのは、自分達が出て行った時となんら変わらない面々。自分の親衛隊に両脇を固められている隣国の皇太子は、相も変わらず何を考えているかわからないような表情をしながら、椅子に悠然と腰掛けている。そして彼の脇を固める親衛隊員も表情の一切を消している為に、何が起きたのかも解らない。

一方王妃であるアビゲイルは、自身の伴侶であるはずのマルスの絶叫の様子を、さも愉快そうに微笑みながら見ていた。その艶美たる微笑みたるや、見る者を圧倒せんばかりの笑み。それを見て絶句したのはシャリヴァーだけではなく、アールマティとミネルバも同じだった。


何故今このように笑えるのか。

その神経が理解出来ない。



アビゲイルが微笑み続けている横では、発狂したかのように声を上げ続けるマルスがいた。

母であるミネルバや、弟でもあるシャリヴァーですら異常な状態だと言うのが見て取れる。すぐに近づいて具合を診たいのだが、あまりの鬼気せまる様相に誰も近づけない。

歯噛みしたいほどの無力さを目の当たりにしていたところ、絶叫し続けるマルスの右腕が不自然にだらんと下がっている事にシャリヴァーは気付いた。

もしや骨が折れているのではないだろうか?腕が気になったものの、マルスに触れれば暴れだしそうなほどの状態ではうかつに触れる事も叶わないだろう。


アビゲイルに聞こうにも、多分明確な答えなどくれないだろう。

残された選択肢は、何を考えているのかわからない隣国の皇太子と無表情な親衛隊員だけ。それも求めている答えをくれるかどうかはわかないが、それでも聞くしかない。



「何故このような状態になっているのですか…兄上に何があったのですか!」


「腕を一本折っただけです。それ以外は何もしておりません」


「折った…?何故そのような事を!!」


「知れた事。グレイプニル様が命じた事だからです」



そつなく答えた親衛隊員の答えに驚くと共に、グレイプニルに対して怒りも湧く。

怒りそのままにシャリヴァーは、彼に詰め寄った。



「グレイプニル殿、何故このような乱暴を働かれました」


「おや。お言葉だけど、彼がアビゲイルを殺そうとするのを止めてあげたんだよ。感謝して欲しいものだね」


「兄上が義姉上を?」


「腕を折られた痛みと、アビゲイルから聞いた全ての真実が彼の中でうまく処理出来なかったんだろうね。アビゲイルに対して恨み言を言いたいだけ言って、それから壊れたんだよ。何て言うか、卑怯だと思わないかい?」


「ひ、きょう…?」



ひくりと口許が引きつる感触。しかし、それを確認する前より早く、グレイプニルがさらりと空色の髪をかき上げた。

その赤紫色の双眸を細めると、おもむろに立ち上がった。その所作たるや優雅の一言に尽きる。

思わず見惚れてしまいそうになったシャリヴァーを我に戻したのは、隙なく隣に立った黒の男。



「壊れてしまえば、民が欲しがった答えを与えなくてもすむだろう?君達は知りたく無かったのかな、何故自分達だけが疲弊させられて、日々の生活を恐怖に彩られてまで自分達の王に与え続けた享楽の正体とは何だったのか。何故、己が身を汚されてまで王に仕えなければならなかったのか。知りたくないのかい?」


「………」


「沈黙が許されるなんて思ってはいけないよ。シャリヴァー殿下。君はマルス王が退いてから、その玉座に座ろうとしているんだろう。だったら黙して語るなんてことはしてはいけない。それは王たる者に許される行為ではない。だからこそ、こうして壊れたマルスは民に答える義務も出来なかった王ならざる者だったんわけだ。アールマティ皇太后、貴女はそのお考えはありますか?」


「…もちろんよ。マルスは民に全てを話す義務があることなどわかっていますとも。だけどこうなった以上、何かを話すことなど出来ないでしょうね」



厳しい表情がふっと笑んだグレイプニルをシャリバーは改めて思う。

グレイプニルとマルスの違い。こうして見ると王の資質と言うのもは、彼と兄とでは圧倒的なまでの差があると感じてしまうのだ。そして、自分との器の違いも。

思わず卑屈になりそうな心を鼓舞し、意志を持った目でグレイプニルを見る。


その意志を持った強い目。グレイプニルは目を細めると共に、いい兆候だと思う。

こうして否定的な意見を言われても卑屈にならず、自身の事を弁えつつも何とか足掻こうとする。人はそれが容易に出来ないからこそ、度し難い。だが、目の前の男の目は輝いているし、何よりも力強い意志がある。

これは良い王になるだろう。どこか確信めいたものを感じたグレイプニルだった。



「これからマルス王は刑が決まるまで幽閉されます。そこで病状が好転すれば自身が起こした全ての行ないを民に説明してもらいます。ただ、それが無理だと判断された場合、民には申し訳ないですが…」


「まあ、仕方ないだろうね。君達の新たな門出に期待している。…己の器を自分で見極めて人が言う、否定的な事にも耳を傾ける。君は良い王になりそうだね。僭越ながら、新王誕生を嬉しく思う。これはヴァシュヌ王国第一皇子グレイプニルからの祝辞だ。国が復興する際には協力を惜しまない。物資なり人員なり、何なりと言ってくれ」



それでは。



そう言い残し、身を翻した隣国の皇太子達が謁見室を去るのと時置かずして、反乱軍の一派が謁見室に侵入。

発狂したマルスの身柄を確保すると同時に、半体制派の頭でもあるミネルバが反乱軍の全権をシャリヴァーに譲渡。それは反乱軍から圧倒的なまでの支持を得て、滞りなく行なわれた。


シャリヴァーはマルスの投獄を命じると共に、兄の精神状態を考慮して医師も付けるように厳命。マルスの容態を診るようにと言われた医師は『手の付けられないほどの精神崩壊状態である』と進言し、民を嘆きと憤りと混沌へと進ませる。

一方、妊娠中と言うのが考慮された王妃アビゲイルは、城から離れた離宮に軟禁され、事実上王都を追放された。





こうしてカーン王国は終焉を向かえ、そして新たなる日の出を迎えたのである。







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