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第四十三話 蛇

引き続き残酷描写があります。

羽根を抱きし男に微笑まれながらとある侍女が固い地に落ちた時より、時間は少し遡る。





一向は急いでいた。

誰もいない閑散とした広い後宮内を出口へと、ぐったりしたまま意識を失っているルビーを腕に抱き足早に歩いていた男が突然立ち止まったのを、どうしたのだろうと思ったアールマティが怪訝そうな顔をフレデリックに向ける。



「フレデリック?どうかした…」


「しっ……申し訳ありません、皆様少々お下がりくださいませ。それと、ルビー様を」


「え?え、ええ…」



そう言うと、フレデリックはルビーを廊下へと降ろし、自分が来ていた黒い上着を脱いで下に敷き、そこへルビーを横たわらせるとアールマティに看ている様にと頼んだ。

ルビーの傷に触れないようにして世話をしているアールマティとグロアがおろおろと狼狽している様子を見ながら、気を失ったまま相変わらず意識が戻らないルビーの身体がボロボロなのを見て取ったミネルバは、思わず彼女から目を逸らした。


視線を逸らしたくなるほど手酷く痛めつけられたルビーが、果たして一年前のような笑顔を見せるようになるまでには何年もの月日がかかるであろう。いや、もしかしたらもうその機会はないのかもしれない。あの、輝かんばかりの、こちらが幸せを貰えたように錯覚するほどの、彼女の心からの笑みはもう。


笑顔が消えた彼女の顔は、青白く血の気が無い。

隠し部屋にいた側妃達はルビーの顔には傷をつけなかったらしいが、その分、首から下の箇所が悲惨なまでの暴行のあとがあった。なまじ顔が無事な分、他の箇所の暴行の痕は凄まじい。

腕や肩、背中、足。至る箇所に痣や裂傷箇所があり、中には蚯蚓(みみず)腫れから出血している箇所も多数ある。鬱血している部分は触れれば出血しそうなほど、パンパンに晴れ上がって触るのさえ憚れる。



駆けつけた際に、一向の目の前に広がった悪夢の光景。

手足を数人の側妃に笑いながら拘束され、足を開かされてまさに犯される寸前だった。

なんとか寸前の所で犯されはしなかったものの、あの人数に押さえつけられていた際に出来たのであろう押さえつけられた赤い痕が、女と言えども力の凄まじさを思い知らされる。



その時に彼女が泣き叫びながら呼んでいた人物の手によって、ルビーは解放されると共に彼に救い出された。




ミネルバは、その状態に逸らしていた視線を彼女へと戻した。


助かるのだろうか…。


口惜しい事に、カーン国には今十分な医療体制が敷かれていない。

マルスが国王に就いた際、何故か多数の医者が国外に逃げ出した。それは宮廷医と言えど変わりなく、ミネルバが王城を出る頃には、すでに一人の宮廷医も存在しなかった。

ではどうやって王や王妃の医療行為を行なっていたのかと言うと、実に怪しげな魔術師だか錬金術師だかがその地位に据えられ、それを行なっていたのである。


ミネルバは彼等の医療行為を見たわけではないが、まだ居城していた時に一度だけちらりと耳にしたのは、実際の医療行為とはかけ離れたものだったらしいし、彼等とは違う他者の悲鳴が聞こえたと言うことだけ。

何が行なわれていたのかは王と王妃だけしか知る由もないが、まともでない事は間違いないだろう。



「こんな時に…っ」


「しっ!!ミネルバ殿、誰かいます!」



険しい顔をしたシャリヴァーが、攻撃態勢を取るために構えたのを見て取ったミネルバはすぐさま口を噤む。そして、ルビー達の方へと静かに移動したのと同時にシャリヴァーが動いた。



シャリヴァーは抜刀した勢いそのままで自分達へと攻撃を仕掛けてくる敵に対して、早い攻撃を交わしつつ自らもまた剣を交える。

キンと言う澄んだ金属音が響く中、シャリヴァーはその攻撃手が自分の王だけを護る者だけが着る服を着ている事に気付いた。



カーン王を護る為に軍からの精鋭中の精鋭を選り抜いて配置された部隊、通称『(フクロウ)』。

隠密行動と偵察、また王から命じられれば暗殺すらも命令のまま実行する冷酷無比な者達が所属すのが『梟』である。


ヴァシュヌ王家親衛隊と似通った性質を持っていながら、親衛隊と絶対的に違うのは彼等の王への対する忠誠心だ。

『梟』の者達は元が軍からの選抜なのに対し、ヴァシュヌ王家親衛隊は厳しい入隊試験からのスタートで、その入隊試験の間にも洗脳に近い形で王への忠誠心が植え付けられる。


数でこそ『梟』の方が多いが、質で言えば比べる由もない。


だがしかし、そんな彼等でも精鋭中の精鋭である事には変わり無い。

彼等は自分達の王の王弟でもあるシャリヴァーを殺害しようとしている。すなわち、王家の人間をマルスだけが使役することが出来る『梟』が、自分とそして皇太后であるアールマティを殺そうとしているのだ。


躊躇うことなく得られた答えに引きつった笑いが込みあげたが、暗殺者の繰り出される攻撃によってそれは封じ込められた。



「はっ…兄上もまた、切羽詰まっておられるか…っ」



相手は三人。いや、四人。

全身に『梟』だけが身につける事が許される軍服を着た屈強な男達が、シャリヴァー一人相手に全力を入れて殺そうとしている。

なんとか兄の思惑通りになるわけには行かないと、シャリヴァーもまた剣を繰り出した。



一人、シャリヴァーに向かって突進してくる男と、それに付随して攻撃を仕掛けてきた二人を何とか交わした時、脇を抜けられた。


その男が狙っていたのは、皇太后アールマティ。



「はっ、母上ぇぇぇぇ!!」



助けに行ける距離ではない。だが、アールマティの恐怖に歪んだ表情は良く見える。

なんてことだ。

悔しさと怒りから近くにいた男を一人切り捨てると、すぐさま母の近くに行こうと駆け出そうとした瞬間。



「貴方の本気がようやく見れました。悪くないですよ、殿下」



黒の男がシャリヴァーの耳に囁いたと思った刹那、アールマティを殺害しようとしていた男が消えた。



「がはぁっっっ!!」



その悲鳴に後ろを振り返ると、さっきまで大分前にいたはずの男が壁にめり込んでだらりと首を垂れていた。

何が起きたのかわからず、いつの間にか隣にいたフレデリックの方を見ると片脚を上げて笑みを浮かべていた。



「さて。小煩い害鳥対峙と行こうか」



その言葉が何を意味しているのか、彼に問わずともおのずとわかった。


フレデリックが『梟』のメンバー達を次々を剣の錆びと化しているその姿はまるで、踊っているかのように優雅で洗練されていた。

時折飛び散るおびただしい血や肉片さえも、彼が作り出す饗宴の一素材にしか過ぎず、最早悲鳴に至っては狂った音楽のようですらあった。



上着の脱ぎ、黒いシャツだけの上半身はしなやかにしなり、剣を鮮やかに舞わせる。また、動きを止めない足は剣技とは別に、凄まじい蹴りを繰り出すなどの武器にもなっている。



全身凶器のような男だ。


シャリヴァーがそう思った時、壁に打ちつけられて気絶していたらしい男が意識を取り戻し、最後の足掻きとばかりに持っていた剣を槍のようにアールマティらの方へと投擲した。すぐさま反応したフレデリックによりその剣は打ち落とされたが、当の本人は突然ビタッと動きを止めたかと思った瞬間、物凄い勢いで胸を掻き毟り苦しみ出した。



「ぐっ!!!!!がぁあああああああっっ!!!!!!!!」


「な…なんだ!?突然苦しみ出したぞ!?」


「ふっ。ようやく来たか…」



何の事だと問う前に、その男は白目を向き口から泡を吹いて絶命した。

あまりの突然の出来事に唖然としていると、フレデリックが抜いていた剣から血を振り落とすと鞘に戻した。そして、凄絶な最後を遂げた男の方へとツカツカを近寄ると、首の辺りを覗きこんだ。



「遅い」


「これでも急いで来たのよ。少しは労ってくれてもいいじゃない?」


「どうせその辺にいた怪我人を放っておけなかったんだろう」


「うふふ、まあそう言う事ね。あんまり細かい事でカリカリするとルビー様に嫌われてしまうわよ?」



どこからか女の声が聞こえて訝しんでいると、男の首元から一匹の真っ白な蛇がスルリと姿を現した。

チロチロを赤い舌を出しているそれは、同じく赤い眼をシャリヴァーらの方へと向ける。

その蛇を手に取り、シャリヴァーの方を向いたフレデリックはどこか愉快そうな表情をしているのだが、突然現われた蛇と喋っていた事に衝撃を受けていたシャリヴァー達は、それを狐につままれた表情で見ていた。



「へ…蛇が喋った…?」


「殿下、紹介します。元ヴァシュヌ王家宮廷医で、前の侍医長(じいちょう)であったアスクレピオスです。」


「は………………はあ!?その蛇がか!?」


「ふっ、もちろん違いますよ。…カイム!報告を!」


「はい。遅くなって申し訳ありませんでした、総隊長。現在、城門は破られた模様、あともう少しであやつらは囚われるでしょう」


「わかった。カイム、お前はこのまま奥の部屋に進んでスルト達と合流するといい。お前も見ておきたいんだろう?道中であれ、目的地に着いた後、もしくは到着後でも俺が許可するのは一人だ。いいな?」


「一人ですか…。なんだ、つまらないですねぇ。まぁ、いいです。行ってきます」



またしても突然現われた男は、頭に被っている帽子に羽根などつけている人物で、それもまたヴァシュヌ王家親衛隊の人物だった。腕章は青なので、グレイプニルの部隊員なのであろう。カイムと呼ばれたその男は、細い目を更に細めてアールマティやシャリヴァーにお辞儀をした後、ルビーの前に跪き震える声で「なんてことだ…」と悔しそうに呟いた。

そしてそのまま立ち上がってフレデリックに一礼すると、シャリヴァー達が来た道を戻っていった。



「さて。どこまで話しましたか?」


「…その蛇…喋るのか…?」


「まさか」


「だ、だが、さっき…」


「それは私のことですわ、シャリヴァー殿下」



柱の奥から現われたのは、目の前の黒ずくめの男とは正反対の真っ白な女だった。



「はじめまして。元ヴァシュヌ王家宮廷医侍医長だったアスクレピオスです。以後お見知りおきを。ルビー様のお可哀相に虐待されたお身体、私が治してみせますわ」

仮タイトル『第四十三話 フレッド無双』、もしくは『第四十三話 フィーバー』


いずれもすぐさま却下。

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