表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/53

第四十二話 ある侍女の恐怖

ちょっと長いです。くどく感じるかもしれません。

相変わらず残酷表現あります。

その部屋は静かに、だが確実に恐怖で支配されていた。



カーン王国王城、後宮内の『反省室』と呼ばれるその部屋は後宮内でも立ち入り禁止区域の一角にあり、尚且つ、王が許可した者しか入室することが出来ないと言う特殊な一室でもある。

この『反省室』には、マルス王の嗜虐癖を刺激する過激な道具が所狭しと並べられている。それが後宮にいる側妃に使われていると言った話は聞いたことがないが、直轄地で行われているという悪業三昧の乱痴気騒ぎで、見知らぬ『誰か』に使われていると言う噂話は既に王城内では知らぬ者がいない。



その拷問道具だらけの部屋で今まで行われていた、愉しくて残酷な宴は突然終わりを告げた。



イシュタルの侍女は、自らの主が狂ったように泣き叫ぶ姿を尻目に、何とか自分だけは助かる道を探していた。


反省室の唯一の入り口には、扉の両脇を護るようにして陣取っているのは突然表れた黒尽くめの男女だ。あの黒の服装には覚えがあった。

確か、ヴァシュヌ王家親衛隊の隊員服。

必死に頭を働かせ、思い出したのは、ヴァシュヌ王家の親衛隊員は腕章によって所属する部隊が把握出来るようになっていると言うことだった。目の前の男女が腕に付けているのは、水色。


その色が意味するのは…。



「あ…あの…女の部隊員……」



ぽつりと侍女が呟いた言葉に一早く反応したのは、女の方だった。妖艶なほどの美貌を持っているのに、黒尽くめの隊員服を着ている為、一見女だとは判断し難い。しかしながら姿とは裏腹に、声は女特有の澄んだものだった。

その男装の麗人の様な彼女は、侍女が言った言葉に一瞬にして無表情を崩して、侍女を憎憎しげに睨みつけた。



「あの女?ルビー様をあの女呼ばわりとは、お前は一体何様のつもりなのかしら。侍女の分際で、一国の皇女を『あの女』?この痴れ者が!」


「激するな、フラウロス」


「スルトは黙ってなさいよ!あーもう、一年も鬱憤が溜まりまくってお肌にも悪いわ。まあ、さっきの愚か者を始末して幾分は晴れたけれどもね。でも、まだ足りないわ!」


「落ち着け。総隊長が言われていた事は忘れていないだろう。殺すなとのご命令だぞ」


「何そんなに落ち着いてるわけ!?ルビー様が汚される寸前だったのよ!?あんた、あれ見て何も思わなかった……わけないわね。失言だったわ、ごめんなさい」



フラウロスがそう言った瞬間、身じろぎもしなかったスルトと呼ばれた男が瞬時に怒りを纏ったのがわかった。ピリピリとした殺気が部屋を包んだからだ。

そう、実を言うとフラウロスよりもスルトの方が怒り心頭だったのだが、彼の愛らしい女顔の表情の中に上手く隠されているだけなのである。彼はフラウロスよりも実力者であるが故に、その怒りを押さえ込んではいるが、総隊長であるフレデリック、もしくは主であるルビーの一声で簡単に殺戮者へと変貌を遂げる。



「こいつらは簡単には殺さない。総隊長もそうお考えなのだろう。」


「…そうね。その通りだわ。ここで殺すのは簡単だけど、国には今までルビー様の救出をしたくてやきもきしている皆がいるのよね。皆に今まで溜まっていたのを晴らさせていけないわ」


「ああ。今までルビー様がされてきた酷な行いをこいつら全員に、身を持ってして償わせるんだ。それまでは我慢しろ、フラウロス」



スルトのその言葉を聞いて、我に返ったのはイシュタルの侍女だけではなかった。

他の側妃達や、彼女達の侍女もまた、入り口で世間話のように雑談している彼等に食ってかかるようして殺到する。



ある側妃は絶叫しながら。


またある側妃は怒鳴りながら。


また、ある侍女は「私は関係無い」と哀願しながら。



部屋は一瞬の家に騒然となり、イシュタルの侍女もまた例に漏れず扉に殺到した一人であった。勿論、自分は主に言われてやったのだと、泣きながら懇願しながら。


侍女がイシュタルの悪業に手を貸した事は一度や二度ではない。実際、侍女の中でルビーに一番辛く当たって来たのは、この侍女だった。

アビゲイル王妃が暗にルビーを嫌っているのは、何と無しだが気付いてしまった。そして、自分の妹であるのにも関わらず、裏から手を回して彼女を辛い立場に追い込んでいると言うことにも、彼女は気付いた。そこで幸運だったのが、自らの主がアビゲイルに対して絶対的に入れ込んでしまっていると言うことだった。

アビゲイルが喜びそうなことを熱心に探しているイシュタルが、自らの侍女がルビーをこうして苛めているというのを逐一報告する。そうするとアビゲイルは喜び、ルビーが事の他追い込まれるのが早いとわかると、殊更喜んだ。


最初の頃こそそう言ったアビゲイルの性格を恐ろしく思ったが、次第に慣れた。

侍女はイシュタルから言われる前に、自らルビーに辛く当たった。そうすると、周りの侍女達も同調し、それは次第に加速度的に過酷さを増した。


その際たるものが、皇太后が帰還した際に起こったあの事件である。



どこで野垂れ死んでも、どうせこの下女風情には誰も悲しむ者はいない。実際、ルビーが庭で倒れているもを見ていても、助けるどころか誰も声すらかけようとしなかったのである。



『慣れ』と言う物は、何処までも人間の感情を鈍くする。


だからこそ、侍女は忘れていた。


ルビーはヴァシュヌ王家の皇女であるということを。


それが意味しているのは





「きゃああああ!!!!!!!」



突如上がった悲鳴に、それまで騒がしかった一室がまたしても静まり返る。

悲鳴のした方を見ると、怒鳴っていた側妃であろう。彼女が腕を押えているのが見えた。額には脂汗が滲み、顔面は蒼白だ。一体何が起こったのかと、恐怖で凝り固まった頭を必死に働かせるが、その答えは黒の男女から発せられた言葉で得られた。



「今は腕一本で済ましたが…お前達は、あの男のようになりたいのか?」


「だとしても構わないわよ。一向にね」



その言葉に、一同が静まり返る。



あの男と言うのは、先程焼け落ちたアビゲイル付きの下男の事であることは瞬時に判断出来た。




「総隊長、早かったわねぇ」


「ああ、追いつくのが精一杯だった。フラウロス、お前あの男のどの瞬間から目が追いついた」


「って言う事はスルト、あんたも見えて無かったのね?」


「悔しいがな。俺の目が追いついた時には、その女の腕を切り落とすところだった」


「私もその位ね。飛んだ首に剣を突き刺して火を着けるところまでは、あんたと一緒だったと思うけど」


「悔しいな」


「本当に」



くつくつと笑った男女は、実に愉しそうに雑談をしていた。



「でもまぁ、ルビー様が汚されるようなことがなくて本当に良かった」


「汚されてたら総隊長が黙っていなかったでしょうね」


「ああ、そうだろう。『あの女』を殺しても殺し足りなかっただろうし、汚した男は死んだ方がマシだと思うほどの責め苦を食っただろう。この男、一瞬のうちに死ねたのは幸運だったな」


「…本当にお労しいわ、ルビー様…お身体が大事ないといいのだけれど…」


「…そうだな。早くヴァシュヌにお連れしてさしあげたいな」



苦渋の表情を浮かべた二人に対して、イシュタルの侍女はなにやら猛烈に腹が立ってきた。

この二人が大事に思っているのは、主であるあの小娘だけ。なのに、何も関係の無い自分達までが割を食うのは冗談じゃない。

そう、侍女は自分のしてきたことを悪い事だと思っていない。ただ、イシュタルに言われてやったこと、もしくはアビゲイルの機嫌を取るためにやったことなのだ。自分の意思でやったことなどない。確かに、自分が辛く当たれば当たるほど、周りの侍女仲間達も我も我もと面白がって苛めていた。それが日ごろ溜まった鬱憤晴らしの都合のいい人間だったというだけの話だ。


自分が何故このような目に合わなければいけないのだ。



「もう嫌!ここから出しなさいよ!!あたしが何したって言うのよ!あの小娘が勝手に被害者ぶってただけじゃないの!それがどうしてあたし達がこんな目に合わなきゃいけないのよ!!もう嫌、あたしをここから出しなさいよぉおお!!!!!」


「………」


「あんた達も馬鹿じゃないの!?あんな小娘一人、助けるんだったらさっさと来ればよかったじゃない!!それが何!?一年も経って、ようやく!?ヴァシュヌ王家親衛隊ってそんなものなわけ!!はっ!誉れ高い王家親衛隊って言っても、所詮そんなもんよね!」


「………」


「そこどいてよ。あたしはここから出ていくんだから。実家に帰るのよ。だからそこどきなさいよ。」



何も言わずに聞いていた二人だったが、徐にスルトが扉の前から退いた。フラウロスは咎めるような視線を彼に送ったが、スルトは何も言わずに扉を開け、侍女の腕を掴んで外に放り出した。

まさか本当に外に出られるとは思っていなかった侍女は、突然の事に頭が真っ白になったが、外に出れた事で自分を急いで取り戻して、賭けだしてその場を離れた。


反省室の扉が再び閉じる寸前、スルトが口許を酷薄そうに歪ませて言った言葉は当然彼女には届かない。



「ここから出た方が反乱軍が来ようとしてる今、逆に安全なのだがな…それに。青の隊長もそろそろ到着される頃だろうし…」





はぁはぁと息を切らせながら後宮内を侍女は走る。

日ごろはあれだけ賑やかな後宮は、誰一人として存在しないかのように静まり返っている。それが不気味に感じられるが、気にしてはいられない。


逃げなければ。


逃げなければ、あの親衛隊員に殺される。


そうでなくとも主であるイシュタルは、腕を切り落とされた。あれだけ妖艶な美貌を誇ったイシュタルの醜く歪んだ顔は、醜悪ですらあった。

ああはなりたくない。だからこそ、自分だけでも逃げなければ。あそこにいた側妃や、顔馴染みの侍女達の事も気にならないではないが、それに構っている暇は無い。

自分が助からなければ、全ての意味は無いのだから。



走って走って、いつの間にか王妃の部屋の前まで来ていた。確かこの部屋には、後宮の外にあるミネルバの部屋に繋がっている隠し通路があるはずだ。そこを通って、ミネルバの私室に出れば、なんとか城の外に逃げられるかもしれない。

誰も知り得ない情報を密かに彼女は入手していたので、間髪入れずにその部屋へと足を踏み入れる。

通常であれば、王妃の部屋へは許可がなければ入室できない。しかしながら、今はアビゲイルはいないし、後宮内に人気が無い以上、誰もそれを咎めだてする者はいないはずだ。


侍女はなるべく物音を立てない様に、部屋に足を進めた。


部屋は薄暗く、雲がが覆い隠しているのか、生憎月明かりすら見えない。

手探りで探して行く中、確か、この辺りにあったはずだと思って歩を進めると、何かに躓いた。前のめりになって転ぶと、自分の体の下に何かある事に気付いた。どうやら、これに足をひっかけたらしい。



「いったぁ……何なのよ!こんなところ…」



躓いた『何か』に毒づき、急いで立ち上がる。

その時、雲が切れ月明かりが部屋を照らした。侍女は、その瞬間『何か』の正体を知る。



「…ひっ!!!!!」



口腔が開き、目を見開いたまま絶命しているのは、アビゲイルの侍女で確かガープと言ったはずだった。口から血をしとどに流しながら死んでいるその口内にはあるべきはずの舌はなく、少し離れた場所にその『あるべきはず』の物である肉塊が捨てられている。

死んでいるガープのあまりの形相に、侍女は後ずさってガクガクと震えるばかりだ。


ガープは滅多に表に出て来ない侍女ではあるが、名前だけは聞いたことがある。その侍女が何故こんな場所で死んでいるのか、彼女には皆目検討も付かなかった。

それよりも、王妃の部屋で死んでいると言う事実が彼女を恐怖のどん底へと落とした。


(せり)上がってくる悲鳴を必死に飲み込んで、なんとかその場を離れようと動こうとするが、腰が抜けてしまったためにそれも叶わない。


そんな時、後ろから低い声がかかった。



「おや…こんなところに一人で…どうかしたのかな?」



ぎくりとして勢いよく振り向くと、そこには一人の男が立っていた。

全身黒尽くめのその男に、彼女の顔面から血の気が引いた。


親衛隊員がここにも…。


もう駄目だと覚悟を決めた時、男がおもむろに彼女を抱き上げた。ひっと悲鳴を飲み込み、恐怖に身体を固くする彼女を見て、彼は苦笑する。



「何も取って食おうとしてるわけじゃない。ここは君に相応しくないから、移動するだけだ。いいかな?」



にこりと笑んだ男は、笑うとその糸目がちな目が隠れてしまう。その柔和そうに微笑んだ彼に少しだけ警戒心が解けかけたものの、結局は男の言葉に従うものの、荷を抜かないようにした。

彼は虫も殺せないほどの頼りなげな印象とは裏腹に、とても紳士で、何故か帽子に羽根を付けていると言う奇抜な格好をしていた。年齢は三十後半っぽく見える。そんな年の男が帽子に羽根をつけている。それが何だか可笑しくて、思わず笑ってしまった。するとそれに気付いた彼は、「なんだい?」と言って歩みを止めた。

丁度開いていた窓からは月光が射し入り、彼の顔がよく見える。


細い目から瞳が覗き、その緑色の目が尚更優しげな印象を残す。



「何を笑ってるんだい?」


「ご、ごめんなさい。だって…頭に羽根が付いているんだもの」


「ああ、これか。これはね、私の主が初めて狩猟をした時に獲った獲物が大きな鳥だったんだ。それに私はいたく感激してね。ひ弱と言うわけではないが、どうもニコニコ笑っているだけでよくわからないお人だったから、狩猟とは言え、何かを仕留めることが出来るのかと」


「優しいと思っていた主人が、獲物を仕留めた事に感動したの?」


「その通り」


「じゃあ、その羽根は」


「主から下賜された。主は『こんなものをどうするの』と言って未だにこれを見るたびに、私の事をからかってらっしゃるがね」



くすくすと笑う彼を見て、彼女も思わず笑みが浮かぶ。

もしかしたら黒尽くめの服だって、単なる偶然かもしれない。多分どこかの貴族の子息が後宮内に迷い込んだか何かなのかも。


しかし。


ここは後宮だ。城内でも完全なる男子禁制のココに入れるのはマルスしかおらず、先程乱入してきた黒ずくめの男達は一体どうやって入って来たのだろう。

きっと、あの親衛隊員達に殺されたのかもしれない。だとしたら、助けてくれたこの人も巻きこまれてしまうかもしれない。


彼女は短い間ではあるが、彼に完全に気を許してしまった。

だからこそ、彼を助けてあげたいと思ったのだが…。



取りあえずは名前を聞かないことには。そう思って彼の腕から降ろしてもらい、ちゃんと自分の足で立って聞いてみた。



「ねえ、貴方のお名前は?折角こんなところでお会いできたのですもの。お名前ぐらい教えてください」


「ん?名前?」


「ええ。だって貴方、鈍そうなのに凄く洗練されてる。あ、ご、ごめんなさい…でも、きっとどこかの貴族の子息か何かでしょう?あ、待って!当ててみせるから!えーーーっと……モンロー男爵の子息!」


「ふふっ…残念だけど違うよ」


「えー!?じゃあねえ…エンデコット伯爵の息子か…パディントン侯爵の」


「私はヴァシュヌ王家親衛隊グレイプニル様部隊、通称『青の部隊』隊長、カイムと言うんだ。よろしくね」



彼がふふっと笑った顔を目に移した時、胸に激痛が走った。



「…え…?」


「自分だけ逃げると言うのは関心しないね。君はイシュタルとかいう淫乱女の侍女だろう?それが主を捨て置いて自分だけ逃げるとは…私の美学に反するな」



彼女が下を見ると、細いサーベルが自分の胸に刺さっているのが見えた。

既に彼の腕からは降ろされており、抜けていた腰も立つようになったために、立ったままカイムの剣に貫かれていたのだ。

がはっと血を吐いて、なんとか逃げようとするもそれも叶わない。


カイムが剣を引いた瞬間、鮮血が廊下を染め上げた。ふらりと傾ぐ彼女の身体を、彼は開いている窓に向かって先程まで彼女を抱いていたその手で押し出した。




「我等が皇女を虐げた醜悪な女なのに、月光に見下ろされながら死んでいく。なかなか素敵な最後ではないかな?」



そう言って満面の笑みを浮かべた彼を見たのは、石段のある階下に落下していく彼女の最後の記憶になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ