第三十八話 愛しい人
短めです。
その瞬間何が起こったのか、わからなかった。
目の前が黒一色に覆われてしまったから。
しかし、その黒はどこか懐かしく感じられるもので、それとともに懐かしい記憶が蘇る。
国にいた頃は、いつもこの黒に護られていた。
そして、その黒を纏った人の強さと優しさが好きだった。今や、祖国の重要人物になっているだろう、彼。
父と母、そして兄を護るために国にいるはずの彼が、隣国であるカーンにいるはずがないと思いながらも期待してしまう。
私がどこにいても、何をしていようとも必ず見つけ出してくれる、あの人。
最後に名前を呼び、その顔を見たのは随分と昔のように感じてしまう。実際は一年しか経っていなくとも。
「ルビー様、御無事でございますか」
忘れる事のない声が自分の名前を呼ぶ。
彼が、ここにいるはずがない。
都合のいい夢だと思いながらも、自らの身体を抱き締めてくれている感触がそれを否定している。懐かしい、それでいて何も変わっていない愛おしい彼。
「ルビー様?」
私の名前を呼んでくれる。
それがこんなにも嬉しく、切ないものだったなんて今始めて知った。
「…ふ…フレッ…ド……?」
恐る恐る、その名前を呼んでみる。もしかしたらこれは夢で、一瞬の内に消えてしまうかもしれない。そんな事になったら、私はきっと壊れてしまうだろう。
感触を、その大好きだった手に護られていた昔。
今も私を護ってくれるのだろうか。
「はい。遅くなり申し訳ありません、ルビー様。もう、大丈夫です。私がお護りいたします」
「ふ…フレッド…フレッドぉ…っ…!!」
笑んでくれたフレッドに、ルビーは残された力を振り絞って抱きついた。抱き締めかえしてくれる確かな感触を感じながら、ルビーは意識を手放した。




