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第三十五話 道

一人の人間を欲するために、全てを巻きこんだ者、この国の根幹を揺るがす真実を暴いた者、いなくなった人物を必死に探し回る者、その影で暗躍している者。


多数の人間達が蠢いている中、そんな彼等の事を知る由もない者達…後宮内のある一室に閉じこもって、渦中の捜索人を甚振るマルスの側妃達の笑い声を聞く者は他にいない。



ここは後宮内に存在する反省室とは名ばかりの拷問部屋。

マルスは性癖でもある被虐趣味をここの女達に披露してはいないが、それでも趣味は趣味。そういった類の機具がこの反省室の一角に置かれているのは、誰もが知っている暗黙の了解だった。真新しいばかりの複雑に入り組んだ機具の中に押し込められているのは、カーン国の下女である女。この国の王妃の異母妹であるのだと言っているが、その王妃本人からこの部屋の機具の使用許可が下りている。

部屋には珍しい拷問道具が並んでいるものの、その使い方はおろか、何の目的で使うのか知っている者は少なくない。ただそれが、自分達に使われなければいい事で、他者に使ってみたいと思うのは彼女達にとってはしごく当たり前の事であった。

ただ、その機具を使われている本人にとってはまさに生死に関わる問題で、幾度と無く殴られ、蹴られ、最早痛みという感覚がわからなくなっている中、それでも足りないとばかりに側妃達によって拷問機具の中に押し込められている。ここに至って下女…ルビーはこんな事になっている経緯を、恐怖で震える身体を抱き締めるようにして思い出していた。



確かに先程までは、ミネルヴァの部屋でアールマティらの処刑の報に心を痛めて、それでも未だ下がらない熱を考慮して休んでいたはずだった。それが、タンスの中から聞こえた音で目が覚めた。

なんだろう。そう思ってベッドから柔らかい絨毯の上に足を下ろして、裸足のままタンスまでの短い距離を恐る恐る歩く。今になっては何が起きても不思議ではない。自国の親衛隊の部隊がいない今、自分の身は自分で護らなければならない。震える手に小さなナイフを握り締めながら、そっとタンスに近づく。すると、思いもよらぬ人物の声が小さく聞こえたのに瞠目し、慌てて両開きのタンスの取っ手に手を掛けた。



「ああ、よかった。ルビー…」



タンスの中の狭い空間、そこにいたのはこの国の王妃であり、ルビーの最愛の姉であるアビゲイル。妊娠していると言うのに、その艶やかな美貌は衰える事なく相も変わらず美しい。だが、今はその美しい顔が悲哀で歪んでいる。

ルビーはナイフを取り落とし、アビゲイルの胸の中に飛び込んだ。昔からこうして苦しい時は必ず姉が来てくれた。確かにフレッドもいてくれたけれど、何故か姉が来たと言うと親衛隊の仕事がありますからと戻って行った事を無意識の内に思い出していた。

アビゲイルの柔らかな身体に抱き付いていると、彼女が自分の身体に腕を回すのがわかった。



「ルビー…辛かったわね。私が来たから、もう大丈夫よ」


「お姉さま…っ!」



堪えていたはずの涙が溢れ出す。ひっくひっくと呼吸すらままならないルビーを見かねた様に、アビゲイルが彼女の顔を両手で包んで上向かせた。



「お姉さま…アールマティ様やシャリヴァー殿下の処刑が明日に迫っているのです。私のせいなのに、私は何も出来ない…。一体どうしたら良いのでしょう…」


「ルビー、私の部屋においでなさい。ここでは話が出来ないでしょう?」


「え…?でも、いきなりいなくなってはミネルヴァ様達が心配するのではないでしょうか…」


「大丈夫よ。私があとから言っておくから。ね?」



そう言われて手を引かれた。

今までアビゲイルがいくら進言しても王が聞き入れてくれた試しはなかった。きっと今回も同じであるだろう。心の奥でそうとわかっていながらも、ルビーはその誘いを断る事は出来ない。

アビゲイルはルビーにとってたった一人の姉で、国にいた時からずっと頼りにしてきていた。その願いが空回っているような印象を受けた時も多々あるのだが、それでもアビゲイルを好きだった。信頼し、敬愛していたのである。


信頼と言う名の首輪で自分の立ち位置を確立していたアビゲイルは、ルビーがこうして誘えば断れないことはわかっていた。それでも、悲しげな顔をしていないと勘づかれるかもしれない。と言ってもルビーにそんな内情を読むというような芸当が出来るとは思えないが。

そう言ったアビゲイルの暗い考えがあるとも知らずに、ルビーはあっさりとアビゲイルの手を取った。彼女の中では、あくまでもアビゲイルは優しい姉だ。



隠し通路と思わしきその狭く暗い道を手を引かれて歩いた。距離的にはそんなに遠くなく、通路も薄暗いものの、ホコリやゴミなどは落ちていない。思ったよりも清潔だなという一方、何故こんなものが存在しているのか不思議であった。

確かに城には王家に万が一があった時の事を考えて抜け道が存在している。ヴァシュヌの城でもそのようなものがあったし、多分どこの国の王城ではそうなのだろうと思っている。しかし、何故後宮に?

答えが出ぬまま、ルビーはアビゲイルに手を引かれてその道を歩いた。





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