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第二十九話 ヴァシュヌ王家親衛隊

「久しぶりだね、アビゲイル。マルスも久しぶり…かな?戴冠式にはお邪魔したけど、それから会ってないからねぇ」



飄々としたグレイプニルの声に些か虚を突かれたのか当初呆気に囚われていたマルスだが、カーン王国の王としての威厳を示すべく、大様に頷いた。



「あぁ、あの時以来だな。貴殿も随分と立派になったではないか」


「そりゃあ何時まで同じところに留まっているような私じゃないから。だけど、君に心配されるなんて私も随分と見くびられたものだね」



くすくすと笑いながら、コラーダが引いてくれた椅子に腰掛けたグレイプニルを憎々しげに見ているマルスはアビゲイルに目線を移した。アビゲイルは真っ直ぐにグレイプニルを見ていて、次いでコラーダとティソーンを見てから、ニヤリと笑った。



「コラーダとティソーン。貴方達まで来たの」


「そりゃあ来ますよ。総隊長の命令ですから」


「貴女には会いたくありませんでしたが。貴女だってそうでしょう」


「あら、私は会いたかったわ?相変わらず犬のようにフレデリックの後を追いかけているのかしら。それにしては随分と出世したようじゃない。その腕章、お兄様直属部隊のものじゃない」



コラーダ達が腕に付けている腕章をちらりと盗み見る。

グレイプニル直属部隊の腕章は青。ヴァシュヌ王家親衛隊の中でも能力上位陣が配置されている。王であるポイニクスを護る部隊よりは若干劣るが、それでも次代王であるグレイプニルの部隊も強い。


ちなみに親衛隊の最高位は総隊長だが、総隊長が付ける腕章はヴァシュヌ王家の色である赤紫。精鋭揃いの隊員を束ねるには生半可な能力では成り得ない。特化した戦闘力、隊員を纏め上げる能力、中には政治にまで口を挟む事すらあるので、政治手腕まで問われる。全てを兼ね備えていながら、甘んじて親衛隊を務め上げる王家に対する絶対的な忠誠心。それが無くては総隊長の資格は無い。

先々代の王弟、つまりフレデリックの曽祖父がファルコン家に下ってからその一族が親衛隊総隊長を務めていたが、それは王家への忠誠心が他の誰よりも高かったからに他ならない。勿論、他の能力も優れている者はいる。それでもやはり、ファルコン家の人間を超える者はいなかった。



「おかげ様で。貴女がここの王妃になられてから、人事の異動がありましてね」


「グレイプニル様の直属になりました」


「だったら良かったじゃない。ルビーのお守りじゃなくなって。よく逃げられていたものね、あの子が城下に抜け出して遊びに行っていたのを見逃して、よくフレデリックに怒られていたじゃない。懐かしいわ」



にっこりと笑んだアビゲイルを見て、コラーダとティソーンも笑った。そして、素っ頓狂にあぁ!と声を張り上げた。



「貴女の部隊ですけど、もう存在しませんよ」


「え?」


「人事が行われたと言いましたが、あれは実質処分です。貴女付きだった部隊の人間は、ルビー様への造反行為を行ったとして親衛隊の掟で処分対象に上がり、そのまま隊は解散、所属していた隊員は総隊長の手で処分されました」


「待ちなさい。どうして、私の部隊が…ルビーへの造反って…私の部隊なのよ!第一皇女の私の部隊が何故!」


「お前はとうにカーンの王妃だろう。ヴァシュヌの第一皇女ではないんだよ。既にヴァシュヌの庇護から外れているのに、お前の部隊云々は意味を成さない。ルビーは違うけどね」



それまで傍観していたグレイプニルが、あくまでも笑みを崩さないままアビゲイルの疑問に答えた。

グレイプニルの言っている事は間違っていない。しかし、王家への忠誠心を…自分に忠誠を誓ってくれたあの隊員達が処分されたと聞いては話が別だ。あの隔絶された王宮でも、確かにアビゲイルにも親衛隊が付いた。確かに優秀な隊員揃いだったけれど、本当に欲しかったのはフレデリックだ。しかし、そのフレデリックはルビー付きの隊員だった。忌々しいルビー付きの隊員の証である水色の腕章を付けて。決してアビゲイルの色である桃色を付ける事は終ぞ無かった。



「私は昔、お前に言わなかったか?フレッドは止めろと。それなのに私の忠告に従わず、フレッドに執着するとは…馬鹿だね、お前は」


「何故です!何故お兄様はあの方を諦めろと!!」


「おやおや…アビゲイル、君の夫のマルスが見ているけど、いいのかい?」


「関係ありませんわ」



その言葉に瞠目したマルスは、アビゲイルに詰め寄ろうとした。しかし、彼女に今まで見た事のないような冷たい目で射抜かれた。



「本当に使えない男。フレデリックの様に…とは言わないけれど、やはり役不足だったわ」


「ア…アビゲイル…?一体…」


「全く…多少は理解出来るように説明しなくてはいけないのかしら。私が貴方と結婚したのは、フレデリックを手に入れたいからよ。一国を手にすれば如何にあの人と言えど、一国の主には逆らえないでしょう?その為の捨て石だったのよ、貴方は。まぁ、いい思いは出来たでしょう?私のこの身体を抱けたんだし、他の後宮の女も抱き放題だったんだから。あぁ、それと王家直轄地の後宮も作れと進言したのも私。楽しかったでしょう?それこそ帰りたくなくなるほど…。その間、私は力を手に入れたの。もう貴方の権力なんて無きに等しいわ。さっさと反体制派に処刑でも何でもされなさいな。私は大丈夫よ、だって、お腹にカーン王家の血を引く子がいるんだもの。それに、明日になればシャリヴァー殿下も処刑でしょう?だからどうかそれまで貴方は頑張って生きて頂戴」



美しくも残酷に微笑んだアビゲイルの顔を唖然とした表情で見ていたマルスは、糸が切れたかの様に地に落ちた。それを見てアビゲイルは破顔する。


そう、あと少しで全部が手に入る。

邪魔なルビーはもういない。フレデリックが間に合うと思わない。あの隠し通路が続いてる部屋は確かにアビゲイルの住む居室である。だが、その部屋にはもういない。

今ルビーがいるのは王妃の間ではなく、現在アビゲイルが可愛がっているイシュタルという側妃の一人を始めとした、マルスの側妃達ほぼ全員が集まっている隠し部屋だ。イシュタルはアビゲイルが可愛がっているだけあって、残虐な嗜好をしている。そんな女がルビーにする事なんて呆れるほど単純なものだろう。想像するだけでゾクゾクするほど興奮する。穢れきったルビーを見れば、フレデリックも絶対自分を見るはずだ。

絶対に。



「さて…。お前のマルスに対する全感情を聞いたところで話を戻すけれど。アビゲイル、お前はルビーがいなくなったからと言って、フレッドがお前の方を向くと本当に思っているのか?」


「勿論!私は第一皇女です。王家への絶対的忠誠を誓っているフレデリックが、第一皇女である私の命令を拒めるはずがありませんわ!」



はっきりと名言すると、コラーダが耐え切れないと言った感じで吹き出した。(たしな)める目線で兄を見るティソーンを他所に、直もゲラゲラと笑っているコラーダに苛立ったアビゲイルは不機嫌極まりない声音ではっきりと怒った。その怒声にようやく笑いを引っ込めたコラーダだったが、笑った事に対しての不敬を謝る気はなさそうだ。



「いやー、すみません。貴女が第一皇女であったのは、ここに嫁ぐまでだとグレイプニル様が先ほど仰ったのに、まだ理解してないとは思わなくて」


「何を言っているの?私はずっとヴァシュヌ王家の第一皇女じゃない。それは結婚しても変わらないわ!第一、王家親衛隊のくせに私に逆らうなんてどういう事なのかしら!」


「くせにとは失礼です。俺達は王家親衛隊の誇りを持っています。それを貴女にとやかく言われる筋合いは無い。」


「本当生意気ね!これだからルビー付きの親衛隊は!あの子みたいに平和ボケしてる隊員ばっかりだわ!!」


「そんなルビー付きの部隊長だったのは、フレッドだよ。お前はその平和ボケしている隊員の一人だったフレッドに惹かれていたんだろう。それで敢え無く玉砕。まあ、私の言う事を聞かなかったからだ。愚かだね」



あくまでも飄々とした態度を崩さないグレイプニルが腹立たしい。それに、この人が言っている意味がわからないず、さっさとその気味の悪い瞳ごと何処かに消えて欲しいと思った。

ようやくグレイプニルが笑みを引っ込めて、真っ直ぐにアビゲイルを見据えた。その薄気味悪いと思っている赤紫の瞳で。



「フレッドが誰も見ていないとお前に言った事があったな。だがお前は知ったんだろう?誰も見ていないはずのあの目がルビーだけは映すことに。フレッドから直に駒だとも言われたのに、そこで気付かなかったのか?お前はフレッドがルビーを手に入れるだけに存在する駒だっていう事に」




ヴァシュヌ王家親衛隊の腕章の色


総隊長:赤紫

ポイニクス直属部隊:赤

ウンディーネ部隊:紫

グレイプニル直属部隊:青

アビゲイル部隊:桃色

ルビー部隊:水色

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