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第三話 第一皇女アビゲイル

ルビーは痛む足を引きずりながら、なんとか与えられた部屋に戻った。

そこは狭く粗末な部屋で、とても一国の皇女であるルビーが与えられるような物ではない。しかし、それに文句を言ってはいけない事も知っている。


自分はもう、お荷物でしかないのだから。




* * * *



一年前、フレデリックに見送られて祖国を旅立ったルビーは、一週間の旅の後、終着地であるカーン王国の王城に降り立った。

王家専用馬車とは言え、一週間の長旅で疲れていたルビーや付き従って来た侍女達は、カーン国の外務大臣から祝いの言葉と、労いの言葉をかけられ、早々に王宮へと通された。


他国とは言え、ヴァシュヌ王家とカーン王家との絆は深く、ルビーも幼い時から幾度か訪問している為、少しだけ慣れ親しんだ王宮に、安堵と懐かしさの入り混じった息を吐いた。



此度の婚姻は、カーン国を治めていたマキディエル王の突然の崩御がきっかけであった。


マキディエル王は、善政を敷く王としてヴァシュヌ国や周辺諸国にも鳴り響き、突然の崩御の報には、誰しもが驚愕を表情を崩せなかった。ルビーも小さな頃から大層可愛がって貰っていたため、葬儀に行きたいと涙を流しながら言っては、父ポイニクス王や兄グレイプニル皇太子を困らせた。ただ、元々あまり身体が丈夫ではないルビーを大使として遣わせるのは負担が掛かるし、グレイプニルも最近はポイニクスの身体の調子が思わしくなかった為、その補佐をしなければならず、国を空ける事が出来なかった。


結局、葬儀に赴いたのはまだ若いルビーではなく、当時十八歳になったばかりの第一皇女、アビゲイルだった。そもそも、アビゲイルはカーン国と繋がりが深い。

アビゲイルの母、バンシーはカーン王国の公爵家の娘で、ヴァシュヌ王家に側室として召され、そして生まれたのがアビゲイルだ。



この時、ヴァシュヌ王ポイニクスには既に正妃のウンディーネがいた。

ウンディーネはヴァシュヌ国の伯爵家の娘だが、没落寸前の所をポイニクスに見初められて正妃になったという馴れ初めがある。没落貴族の娘と言うことで、当然反発も予想されたのだが、ウンディーネの美しい容貌と博愛精神、それに奇智に富んだ才により、ヴァシュヌ王国は更なる発展を遂げたおかげで、王侯貴族はもちろん国民に到るまで広く愛されていた。

そのウンディーネとの間には、五歳になったばかりの皇太子グレイプニルをもうけており、夫婦仲はとても良かったが、周囲のどうしてもと言う懇願に近い声に押された形でバンシーを娶ったという経緯がある。

そのため形ばかりの側室にしたものの、カーン国に繋がりのある御子をと言う無言の圧力によって、仕方無く手を付け、アビゲイルが産まれた後は時折ウンディーネから促されてしょうがなく通うのが常だったが、遂にはそれも途絶えた。



ウンディーネが第二子を身ごもった為である。


そして生まれたのは、ヴァシュヌ王家特有の赤紫色の瞳と、ウンディーネの美しい薄い空色の髪を受け継いだ子だった。


ルビーは、父ポイニクスや母ウンディーネだけではなく、実兄グレイプニルにも可愛がられた。

グレイプニルとルビーは、王妃ウンディーネから生まれた実の兄妹だ。

そのため、父と母から受け継いだ赤紫の眼と、薄い空色の髪がとても美しく、仲が良い兄妹が二人で遊ぶ姿はとても愛らしく写った。実際はグレイプニルとルビーは年が一回り近く離れているため、幼い妹が兄の周りをちょこまかと纏わりついていたのを、嫌な顔をせずニコニコと構っていた。年の離れた妹を溺愛したグレイプニルは、ルビーに対していろいろと世話を焼いていたのだが、全く嫌がる素振りを見せない妹はさらに兄にくっ付いてまわるようになった。

その光景を微笑ましく見守るのは、父ポイニクスと母ウンディーネ。


そして、グレイプニルの親友であり、後に親衛隊総隊長となるフレデリックだった。




一方その頃、第一皇女アビゲイルは、母の趣味であるごてごてしい家財道具がある後宮の一室で、母バンシーの恨み言の一切を引き受けていた。


元々がカーン王国の公爵家の出であるバンシーは、ヴァシュヌ王家の慇懃無礼な対応が許せなかった。

事ある毎に、没落貴族の出である正妃ウンディーネを貶めようと画策していたが、常に失敗し、それが悪循環となり、遂には王から見向きもされなくなった。

恨み言を言いながら、泣き崩れる母バンシーを見て、アビゲイルは暗く密かな決意を心の奥底に抱く。




必ずやヴァシュヌ王家を潰してやると。




ルビーが生まれた事で、アビゲイルが第一皇女ながらも側室が生んだ娘と言う事で半ば雑に扱われた。その為、ヴァシュヌ国内の貴族からは不敬な態度こそとられないものの、第二皇女ルビーに比べると、明らかに軽んじられているように感じていた。父はヴァシュヌ王である。それにも関わらず、皇女の自分が雑に扱われ、兄妹間にはいつしか壁が出来ていた。異母兄グレイプニルと必要最低限の会話を交わすものの、何と無く苦手だった事もあって、アビゲイル自らが避けていた。

アビゲイルはルビーを見返す為、必死になって行儀作法や帝王学を勉強し、遂にはカーン王葬儀の使節団にと選ばれる事となった。


久しぶりに見た父ポイニクスは、自分に対して白々しくも人好きのする笑顔で微笑んでいるが、それがアビゲイルの青い眼にはとても憎らしく写った。

父譲りの金髪を何度切りたいと思っただろう。母と同じ青い瞳は、ここでは何の役にも立たなかった。

たまに呼ばれて夜会に出ても、皆に何故か距離を置かれる自分。いつも人に囲まれているのは、ヴァシュヌ王家特有の赤紫色の瞳と、空色の髪を持った妖精の様なルビー。


更に悪い事に、ルビーはアビゲイルをお姉様と呼び、慕っていた。

周りの侍女達や乳母からは、あまり近付かないようにと言われていても、どこからともなく現れては自分に寄ってくるルビーに内心憎悪の念を募らせながらも、表面上は異母妹に優しい姉を演じきった。


ルビーの度重なる進言によって、アビゲイルに舞い込んだカーン王国への使節大使。

アビゲイルにとって、一世一代の大勝負だ。

絶対に負けるわけにはいかないが、自分が負けるわけがない。

暗く、深い決意が青い瞳に宿る。



「失礼の無いようにな」


「勿論でございます、陛下」




久しぶりに交わした親子の会話はこれだけ。

眉を顰めそうになるのを堪え、アビゲイルは王宮を、そしてヴァシュヌ王国を後にして、カーンへと旅立った。


アビゲイルが去り、王も出て行った後の謁見室では、皇太子グレイプニルと、彼に付き従う今や親衛隊の一隊長となったフレデリックの厳しい視線だけが残されていた。



「…嫌な予感がする」


「フレッド…お前もそう思うか…」


「何事も無ければ良いが」




その願い虚しくカーン王マキディエルの喪が明けた一年後、マルスからの求婚という形で、アビゲイルが組み合わせた歯車という狂った未来が、ルビーに対して軋んだ音を出して回り出した。

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