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第二十八話 対峙

残酷な表現がありますので、苦手な方は回避してください

「さてと…いつまでも児戯をしているわけにいきませんね」



静かにフレデリックがそう言うと、恐怖にうち震えている大臣連中の中から一人の首もとを掴み有無をも言わさず引きずり出した。

ひぃっ!と悲鳴を上げ、暴れる大臣の顔をフレデリックは何の感情も浮かんでいない漆黒の目で一瞥する。

そして暴れる大臣の首に、未だ血が滴る剣の切っ先を突き付け、真っ直ぐにマルスを睨み付ける。



「マルス王、ヴァシュヌ王国の姫を返して下さい」



静かな怒りが込められた口調に思わず後ずさったマルスは、腕の中でアビゲイルがピクリと反応したのを感じ、急いで体裁ぶって、侵入者を怒鳴りつけた。



「貴様!何を言うかと思えば、アレを返せだと!?まずは貴様がしている事の謝罪はないのか!」


「…っ…そうよ!貴方、他国で何をしているのかわかっているの!?」



アビゲイルが体を縮こまらせながらも、懸命に愛おしい彼を睨み付ける。しかし、当のフレデリックには全く意に介さない風で、大臣に突き付けていた剣の力を更に強めた。

ひっと短い悲鳴を上げた大臣の首もとから、つぅっと流れた一筋の赤いそれを見たアビゲイルは、顔面の血が引いていく。カチカチと歯を鳴らせながらマルスに必死にしがみつくが、あまりの恐怖でフレデリックから目が放せない。



未だかつて、こんなフレデリックは見た事がない。

冷たい態度で接する彼はいつものことだが、今は間違いなく竦むほどの殺気を放っている。

おいそれと口を滑らせたら、自分の首が飛ぶのではないだろうか。それほど迂闊な事が言えない雰囲気だ。



「何をしている…か。それはこちらの台詞ですよ。ヴァシュヌ王家の皇女をどうして下女なんかに?それ以前に、何故帰国させなかったんです。再三帰国要請の書状を送っていたのに、それを全て黙殺。どうしてなのか俺を納得させる理由を聞かせてもらえませんか?」



剣の力を緩める事無く、そうフレデリックは問うた。

その問いに恐怖と戦いつつも、マルスがフレデリックを睨みつけて吐き捨てる。



「アレは下女が似合いだろう!!私のアビゲイルを辱めていた元凶は、あの小娘なんだからな!!」


「………」


「全く笑わせる!!アレだけを皇女など囃してて、アビゲイルを蔑ろにしていたなんて、貴様の国も呆れたものだな。先に生まれた第一皇女ではなく第二皇女を持ちあげるとは。ヴァシュヌではアビゲイルが貧困対策をしていたと聞いているぞ。それに引き換え、あの小娘は何もせんで遊んでいただけだと聞いているぞ!そんな皇女を持て囃し、優遇しているとはポイニクス王も何を考えているのやら!!そうだ、お前!!フレデリックとか言ったか!お前、あの放蕩皇女の婚約者だったらしいな!良かったではないか、あんな世間知らずの娘がお前の妻とならなくて。感謝してもらいたいものだな!」



そう叫んだ瞬間、拘束されていた大臣の首から勢い良く血が吹き出す。

再び悲鳴が上がる中、今度は血を浴びる事の無かったフレデリックは、ビチャッとまだ温かい身体を事も無げに床に捨てると、また悲鳴を上げる高官の一人を同じように掴み、引きずりだして、先と同じく首元に切っ先を当てた。



「今斬り捨てたのは、財務大臣マモンでしたね。自らの領地内外から大量の金銀財宝を略奪した挙げ句、ヴァシュヌの建築一族を攫った愚か者。金銭感覚が完全に麻痺した財務大臣が管理していた国の財産、どうなっているかご存知で?」


「は…?」


「既に国家は破綻寸前、にも関わらず、どこからそこにいる王妃のおねだりの金が出ていたかご存知ないんですか?」


「…アビゲイルの…?金なんていくらでも」


「本当に何も知らないんですね。なあ、ジャヒー?教えてやればいい。ヴァシュヌの国から攫った女を、カーンの貴族連中専用の娼婦に仕立て上げて、そこから得られた多額の金で賄っていましたと」



そうだろう?と微笑みながら、フレデリックは再びその剣を横に引いた。

ジャヒーと呼ばれた高官は、首を斬られる事こそ無かったが、その代わり右腕を落とされた。



「ぎゃあああぁぁあっっっ!!!!ああぁあぁ!!!!!」



斬られた腕から血が噴き出し、それを左腕で押さえる自国の高官の姿を目の当たりにしたマルスは、ガチガチと震えながら、血まみれの男に覇気のない言葉で問いかけた。



「お前は一体何をしに来たんだ…」


「頭も悪ければ、耳も悪いんですか?ルビー様を返せと言っているんですよ。まさか、そこの家畜以下の総理の許可が必要だとか言わないで下さいよ。気絶してるんですから。まあ、その場合は叩き起こしますがね、文字通り」



くすくすと笑いながら、靴の爪先でごつと音が鳴る程強く蹴られたベルフェゴールは、まだ意識を取り戻してはいない。マルスが謁見室をぐるりと見回すと、何人かの大臣や高官はあまりの恐怖に気を失っているようだ。

この際、いっそのこと自分も気を失ってしまいたい。だが、腕の中で怯えきっているアビゲイルと、アビゲイルの腹にいる我が子を守らなければならない。それだけが、今マルスをこの場に立たせている原動力だった。

自分が出来る事…。それは、忌々しいあの小娘をヴァシュヌに帰すことだ。



「…わかった。連れていけ…」


「感謝します。と言いたい所なんですが…いないんですよ、どこにもね。アールマティ様が軟禁されている部屋で療養されていると聞き、真っ先に馳せ参じたんですがね」


「…いない?」



訝しげに眉を顰めたマルスに、フレデリックはなおも続ける。



「アールマティ様やミネルヴァ様は、部屋から出ていないと断言なさっていたし、実際寝室のドアは一つだけ。となると、どこかに隠し通路があるとしか考えられないんですが…その出口がどうやら後宮の部屋の一つのようなんですよ。どこだと思います?マルス陛下」



酷薄そうに笑んだフレデリックの目線にある先。真っ直ぐな視線は、アビゲイルに注がれていた。



「おい、ルビー様をどこへやった」


「…っ…し…知らないわっ!」


「知らないじゃない。さっさと答えろ」



苛立つようにフレデリックが再びルビーの居場所を聞いた瞬間、アビゲイルの中で何かが弾けた。



「知らないって言ってるじゃない!!!!大体何なの!?フレッド、貴方ルビーを連れ戻しに来たんならさっさとすればよかったじゃない!何で、私の邪魔をするのよ!?」


「あ…アビゲイル?」


「陛下は黙ってて!」



急に怒鳴り出したアビゲイルに驚いたマルスは、腹の子に悪いと宥めに入るが、アビゲイルはそれを一蹴、なおもフレデリックに食ってかかる。



「貴方はいつもそう!!ルビー、ルビーって!貴方の頭の中にはルビーしかないわけ!?あのひ弱で、何も出来ないお姫様の何がいいのよ!!貴方、王家親衛隊の総隊長でしょ!?ルビー一人にかまけている立場じゃないじゃない!それなのに、第一皇女じゃない、第二皇女のルビーだけがどうして皆に愛されるのよ!!王妃が生んだ子供だっていうだけで、どうして!?私だって、お父様の娘じゃない、皇女じゃない!それなのにどうして、皆私を嫌うのよ!!!!」



アビゲイルは、今まで溜めに溜まった恨み辛みを一気にフレデリックにぶちまけ、耐えきれずにマルスに縋り付いて泣き出した。それを、アビゲイルが怒鳴っている事に驚きつつ黙って聞いていたマルスも、優しくアビゲイルを抱き締めて慰めた。

そして、一向に表情を変える様子がないフレデリックを睨み付ける。



「お前達がアビゲイルに対してやってきた事は非道すぎる。何か反論でもあるか」


「………」


「無いのか!?アビゲイルに対して謝罪の言葉の一つもかけないのか、貴様は!?」



そうマルスが怒鳴りつけた瞬間、フレデリックが勢いよく笑い出した。

パチパチと拍手をしつつ笑っているフレデリックに、初めは拍子抜けしたのだが、我に返って再び怒鳴った。



「何がおかしい!!」


「いやー…笑った笑った。腹が痛くなるほど笑ったのは初めてですよ。ある意味感謝ですね、祝初体験って感じですか」



なおもくつくつと笑うフレデリックに怒りがこみ上げて来たが、瞬間的に笑みを消した男の顔を見て、怒りが恐怖へと変わった。



「貴様如きにフレッドと愛称で呼ばれる筋合いは無い」


「…え?」



アビゲイルは、マルスの胸に埋めていた顔を上げ、フレデリックを見る。彼の黒曜石のような瞳から、黒い獄炎がチラチラと燃えていく。



「全く…俺の役に立ってくれると思ったんだが、とんだ役立たずだったな。捨て駒にすらならないのか。ちっ、人選を失敗したかな…」


「捨駒って…人選って…なに…」


「貴様は俺がルビー様を手にいれるだけの駒でしかない。まあ、その駒にすらならなかったようだがな。あーぁ、でも華々しく散ってくれればいいか。お慰めする役は俺だしな」


「なに…?」



アビゲイルにとっては何を言われているのかわからなかったが、くつくつと至極愉快そうに笑っているフレデリックの妖しすぎる笑みに囚われそうになっていたその時、謁見室の扉が変わった叩き方でコンコンとノックされた。

ぴくりと反応し、片眉を上げたフレデリックは扉に向かって叫ぶ。



「コラーダ、ティソーン!!扉を壊して入ってこい!!」


『『了解』』



と聞こえるより早く、扉が吹き飛んだ。

一同が唖然としている中、大柄な二人が最初に見え、次いでアールマティやシャリヴァー、ミネルヴァ等が。

そして、一番最初に入室したのは黒尽くめだが、フードを落としていたため、その見事な空色の髪と、鮮やかな赤紫の瞳の人物だった。


その人物を見て、アビゲイルは、はっと息を飲んだ。



「おやおや…随分と派手にやったじゃないか、フレッド。で、ルビーはどこ?」


「…と言うことは、まだ見つからないんですか」


「そうみたいだな。フレデリック、私が許す。ルビーを探せ」


「御意。コラーダ、ティソーン、ここは任せたぞ」


「「はい、総隊長」」



踵を返したフレデリックは、室内の惨状と、フレデリックの血まみれの格好を見て既に気を失いかけているアールマティとミネルヴァにひとまず謝り、すぐさまルビーの探索へと走り出した。


それを楽しそうに見ていた赤紫の男…グレイプニルは、隣国の王マルスと王妃アビゲイルに対峙した

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