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第二十七話 悲鳴

残酷な表現がありますので、苦手な方は回避してください

パルチザンらが驚愕しているちょうどその頃、城の一角にある謁見室は、異様な雰囲気に包まれていた。

ベルフェゴールが転がって唸る中、侵入者のやけに冷静な声が響く。



「腕の筋を切った。脂肪がある分、若干ずれたか。神経に触ったかもな」



くっと口元を上げ、そう言うとベルフェゴールの元へ足音も立てずに近づき、そして見下ろす。

いつも痛みを与える側に立つベルフェゴールは、与えられる痛みに慣れていない。ましてや、腕の筋を絶たれている。その痛みたるや、凄まじいものだ。



「き…っ…貴様…っ!ぎゃあああぁぁっっ!!!!!!」



睨み付けて誰何しようとした途端、押さえていた手ごと硬いブーツの踵で肩を踏みつけられた。容赦のないそれに耐えきれないベルフェゴールの悲鳴が、ただただ室内に響く。



「それだけ声が出せるなら、まだ平気だ。本来ならその穢らわしい腕ごと落としてもよかったんだが…まぁ、それではつまらないだろう?」



なぁ?と言って微笑んだ男の顔は、それはそれは美しかった。ベルフェゴールは、痛みを忘れて思わず息を飲んだ。

にっこりと笑んだ男はベルフェゴールの踏みつけていた肩口から足を外すと、次の瞬間、顔を思い切り蹴り上げた。



「ぶっ!!!」



鼻血や唾液やらが、ベルフェゴールの顔からしとどに溢れ、涙を滝のように流しながら男から必死に逃げようとするが、それも叶わない。



「た…助けてくれ…お願いだ、助けて…」



ひゅーひゅーと息を吸い込み、必死に這いつくばって逃げるベルフェゴールを、急ぐわけでもなく、ゆっくりと近づいた男が、それに向けて剣を振り下ろした。



「ぎゃああああぁぁあ!!!!!!!!!!!」



無事な方の手のひらに、深々と刺さった剣の存在を感じながら、ベルフェゴールの意識は途切れた。



「ちっ…気を失ったか。まだ序の口だというのにこのザマか…つまらないな」



気絶したベルフェゴールをごつと蹴り上げ、そのまま無慈悲にも、ベルフェゴールの顔を容赦なくギリギリと踏みつける。

ようやく周囲の大臣らも、自分達が置かれた状況がわかったらしく、逃げる為に王や王妃を守ることなく、出口へ殺到したのだが――



「開かない!?」



ガチャガチャとノブを引いてもドアは開かない。それに、ベルフェゴールのあれだけの悲鳴だ。外に控えている護衛が現れないのは、不自然だ。それなのに、一向に入り口付近は騒がしいならない。

まさか閉じこめられたのか?と思い、誰からともなく黒尽くめの男を見る。


無表情にベルフェゴールを踏みつけている、あまりに美しい男。

黒い髪は鈍く光を弾き、端正な顔に一筋かかっている。鼻筋もスラリと通り、涼しげな目元は今は伏せられているが、先ほどチラリと見た時は黒曜石の様な黒だった。

身に纏う黒一色の服装、それも相まって彼を一種の近寄りがたい雰囲気に仕立て上げている。


その圧倒的な存在感と、何よりも近付く事が許されないかのような、覇気。

一番離れているはずの高官ですら、ビリビリという覇気が伝わっている。離れてすらこうなのだ、気絶したベルフェゴールが一身に受けていたそれは如何ほどか…。

ぶるりと身震いをして、玉座に座る自分達の王を見やった。


あまりの事態に唖然としているのかと思いきや、静寂を破ったのはマルスではなく、王妃であるアビゲイルだった。



「まぁ、フレデリック!!どうして貴方がここにいるの?」



アビゲイルはフレデリックの突然の訪問に驚きつつも、にこやかに微笑みながらフレデリックを見る。

自分の記憶にある頃よりも、更に美しくなった男。そして、強くなった。


愛おしい私のフレデリック…

食い入る様に見ていたアビゲイルに、マルスが訝しげに問う。



「アビゲイル?君はあの侵入者を知っているのか?」


「ええ、ヴァシュヌ王家親衛隊のフレデリック・ファルコン総隊長ですわ」


「何だと!?」



ヴァシュヌ王家親衛隊と言えば、精鋭中の精鋭。おいそれと入隊出来るものではないが、身分を全く問わない親衛隊に入りたいと希望する者は後を絶たない。

身分は問わないが、その分厳しい入隊試験と、訓練に次ぐ訓練。訓練に耐え切れずに除隊する者もいるらしいが、殆どがそれをやり遂げるだけの意志と実力を兼ね備えた実力者集団。それがヴァシュヌ王家親衛隊。

それ故に、親衛隊の名を聞いても他国の者は存在は知っていても、実際の隊員を目にする事はほとんどない。


今、マルスの目の前にいるのは、その精鋭集団の頂点に立つ男…。


フレデリック・ファルコン総隊長…。


噂に聞いたことがある。ヴァシュヌ王家の親衛隊総隊長はとんでもない人物なのだと。

だが、人伝に聞いたものだし、誇張されているのだろうと思っていた。そう、今までは。



「お前が噂の…」


「どのような噂か分かりかねますが、だいたいは想像が付きます。大概は、顔だけの評判でしょう?全く節穴のクズ共が」



そう吐き捨てた男の顔は、嘲笑に歪んでいたもののあまりに美しい。

思わずうっとりと見入ったアビゲイルだったが、何故ここにフレデリックが居るのかを思い出し、急いで表情を取り繕う。



「フレデリック、何故貴方はこんな事を?カーン王国総理のベルフェゴールにそんな事をして許されると思っていて!?」


「そうだぞ!!大体、衛兵は何をしている!!侵入者がどうしてここまで入って来ている!?」



マルスとアビゲイルの周りを取り囲むように、護衛の兵が前に進み出た。しかし、フレデリックは興味も無さそうに、ベルフェゴールの掌を床に縫いつけていた剣を引き抜くと、付着していた血を振り払った。



「誰も駆け付けて来ないと思いますが。俺がここに辿り着く際に、全て殲滅したので」


「何だと!?」


「しかし、ここにいるのはカーンの精鋭だと言うから少しは期待したんですが…とんだ期待外れでしたね。これではうちの新人隊員でもやすやすと侵入出来ますよ」



はっと笑ったフレデリックが背中を向けたその時、マルスが隣にいた護衛に目配せをする。


この男を殺せと。



「狼藉者がっ!覚悟しろっ!!!」



フレデリックに怒声と共に切りかかった。あと少しで、フレデリックに切っ先が届く。そう誰しもが思った瞬間、その剣を握っていた護衛の頭が消えた。



一瞬何が起きたのかわからなかった。


だが次の瞬間、勢い良く噴き出した血が辺りを真っ赤に染め上げる。

まともに血を被ったフレデリックは微動だにしない。それどころか、相変わらずの無表情だ。


頭が無くした護衛の体がゆらゆらと倒れる寸前に、フレデリックがその腕から剣を取り、血を噴き出しながらゴロゴロと転がっている頭にその剣を投げつける。


キィンと金属音が鳴った瞬間、アビゲイルはその音がした物が刺さった頭と、確かに目が合った。



「ひっ…!!!!!きゃ…きゃああああ!!!!!」


「…っ…アビゲイル!!落ち着け、落ち着くんだ、アビゲイル!!」



悲鳴が謁見室を席巻する。

誰しもが逃げようと出口へ向かうが、扉が開かない為にそれも叶わない。半ば、半狂乱となったアビゲイルを必死に宥めようとするマルスだったが、自分もあまりの光景に言葉を失っていた。

軍にいたとは言え、実際に戦となった事はない。特に、父マキディエルの治世以降他国との争いは無かったし、内乱と言う内乱もなかった。ただ、漠然と訓練をしていただけのマルスにとって今起きている凄惨な光景は信じられない程恐ろしい。



「煩い」



そうフレデリックは呟くと、ツカツカと虚ろな目を見開いている頭の方へと近付くと、刺さった剣を引き抜いて、徐に頭を拾い上げた。

その瞬間、傷口からドロリと血が溢れ出す。



「…ひっ!!」



アビゲイルが短く息を詰めマルスに縋り付くと、それが聞こえたのか、フレデリックはアビゲイルとマルスにチラリと目線を寄越した。だが、それはすぐに外され、拾い上げた頭の見開いている相貌にすっと指を乗せそれを閉じさせると、斬り離された胴体の方へ向かい、有るべき場所へ戻すと着ていたマントを亡骸へと被せた。



「邪魔をせねば死ななかったものを。残念だな」



静かにそう言った男の顔は、血まみれになりつつも有無をも言わさぬほど完璧に美しかった。

まさに死の天使の様に。



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