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第二十四話 黒の男

残酷な表現がありますので、ご注意ください

謁見室には居並ぶ重臣達は各々談笑したり、よからぬ事を相談したりしていたが、王と王妃が入室すると辺りは水を打ったように静まり返った。


にこやかに笑む王妃を椅子に座らせ、自らも鷹揚に玉座に腰掛けた。

周りをぐるりと見回し、少しばかりの顔ぶれの変化に気付いたが、特に思う事もなく本日最後の公務が総理の声により始まった。



「明日、皇太后アールマティ、ならびにシャリヴァー殿下の処刑が行われる。それに付いて意見のある者はいるか?」



しんと静まり返った室内から声はなく、議題はすぐさま次の事項へと移った。



「また、この処刑に反対する反乱軍の討伐だが…大元帥、報告を」



大元帥と呼ばれた男が(おもむろ)に立ち上がる。

この男も地位を金で買った凡庸な人物なのだが、今まで戦らしい戦がなかったせいで、マルスによって過大評価されていた実績がいつ発覚するのかヒヤヒヤしている毎日だ。

何せマルスは軍出身である。下手な事を言えば、すぐさま自分の無知さが明るみになってしまう。

それに、当初甘く見ていた反乱軍の中に軍から離脱していた者が多数いた事実もまた大元帥を悩ませていた。


そしてもう一つ。反乱軍の侵攻速度が凄まじく速い。

未明に始まった反乱の産声は既に王都近くにまで伝播し、明日には城下にまで来るだろう事はいくら凡庸な大元帥と言えどわかる事だった。

いくら軍からの離脱者が多数いるとは言え、この速度は異常である。となれば考えられるのは、後ろに控えた国の姿…。



ヴァシュヌが動いている。



由々しき事態に内心身震いをしつつ、王に直訴する。



「恐れながら申し上げます、陛下。我ら国軍が反乱軍を懸命に鎮圧しておりますが、このままでは、抑えられずに明日には城下まで攻め入ります。どうか、ご退避下さいませ」


「何だと?」


「侵攻速度が速すぎるのです。それに加えて戦わずに街明け渡す民や、途中反乱軍に加わる民のせいで、敵の人数は更に増えております。それから…あろう事か、軍を脱走する者が後を経ちません。それらの者はその足で反乱軍側に付くのです。どうか、陛下、ご退避を!」



平伏せんばかりに訴えた大元帥を冷ややかな目で見たマルスは次の瞬間、高らかに笑い出した。気が狂ったかと思われたマルスだったが、急に笑い出したのと同じく笑いを止めるのもまた突然だった。



「大元帥!!貴様、私が負けるとでも申すか!!」


「め…滅相もございません!!ただ、このまま王宮におられますと、害が及ぶ恐れがございますので、念の為と…」


「黙れ!!貴様、自分の指揮の不甲斐なさを私に押し付けるつもりか!!城は捨てん!それに、夜が明ければ反乱軍も判るだろう。守ろうとしたモノが処刑されたと言う事実がな!」


「なりません、陛下!!」


「くどい!!おい、衛兵、大元帥をこの場から出せっ!」


「お待ち下さい、陛下!!!!どうかご退避を!!」


「黙れっ!早く連れていけ!!!!」



そう言って怒鳴るマルスの声と、必死に食い下がろうとした大元帥の声が謁見室に響く中、アビゲイルが口を開いた。



「陛下、お気を鎮めて下さいませ。大きなお声を出しても現状は変わりませんわ。ねぇ大元帥、貴方どうしてここにいるのかしら。そんなに危険なら、貴方が前線に立てばよろしいのではないの?」


「…アビゲイル、君が心配しているのはわかるが、これは王の威信がかかっている。君が軍の事に無闇に口を出すな」



その言葉に驚いたのは、アビゲイルだけではない。室内にいた重臣達が揃って、ぽかんとマルスを見ている。

これまでアビゲイルの言うことに否とは言わず、二つ返事で叶えてきたマルスが、今回の事には口を出すなと衆人環視の中で宣言したも同然なのだ。驚くのもさもありなんである。


思いがけないマルスの拒絶に内心ギリギリと歯噛みしながらも、アビゲイルは表情を取り繕う。



「申し訳ありません…私は軍事には疎いものですから、かえって陛下にご迷惑をかけてしまったのですね…」



そう俯きながらポツポツと話すアビゲイルを見たマルスは、自分の言葉が彼女を傷付けたと思い急いで両手を握り締めて優しく宥める。



「いや、違うんだ、アビゲイル。君が憂えているのはわかっている。ただ、戦などという生臭い話に君を聞かせたくはないんだ。決して蔑ろにしたわけではない。わかってくれるか?」


「陛下…」


「アビゲイル、信じてくれ。反乱軍はすぐにでも鎮圧する。そして、君にいつもと変わらぬ平穏を約束する。きっとだ」


「わかりました。信じています、陛下…」



仲睦まじげに手を握り合い、如何にも美しい夫婦だと言う物を見ているベルフェゴールは、心の中で大きな腹を抱えて笑っていた。


よくもまぁ…あの演技派の王妃もやるものだが、騙される王も王だ。

それよりも早いとこ、ルビー皇女の件の了承を取り付けて、さっさとこの国を出ようと思っているのに、早く熱愛夫婦ごっこは終わらせてくれないか…。どうせこの国は終わりだ。この夫婦も仲良く民の手に掛かって処刑されてるだろう、その時、自分は遠くに行っている。それもヴァシュヌの姫を連れて。


心の中でそうほくそ笑みながら、慣れた様子で心情とは真逆の陶酔した表情で、王と王妃を眺めた。



気が済んだのか、ようやく王がこちらに向き、議事を再開するのでベルフェゴールはニヤけそうな顔を急いで取り繕った。



「反乱軍の鎮圧には、匿っている街ごと焼き払っても構わん。すぐさま殲滅してこい。行け、大元帥」


「そ…そんな…」


「早く行け」



冷たく一蹴された大元帥はうなだれながら、衛兵に引きずられるようにして謁見室を出て行った。

残った面々も、焼き打ちという強硬手段に恐れをなしたものの、異論を唱える者は誰もいなかった。

そうして、他の議題も粛々と可決されていき、最後にベルフェゴールの待ちに待った『ご褒美』の要求がやってきたのである。



「最後に私から…よろしいですか、陛下」


「なんだ、言ってみろ」



ぐふふふと下品な笑いを堪えつつ、ベルフェゴールは一枚の紙をマルスに差し出した。

訝しげにそれを見たマルスは、ざっと目を通した後、特に興味も無さそうにそれをアビゲイルに手渡した。

その紙に書かれてあった内容を見て、アビゲイルは軽く目を見張った。まさか、これがさっきの『おねだり』に対する『ご褒美』とは…。



「…ルビーを養女に…?」


「はい、是非とも私の養女にしとうございます。差し出がましいようですが、生憎、ルビー皇女は後宮内ではお辛いようでございますし、でしたら是非とも私の養女にと思いまして…如何でしょう?」


「お前も物好きだな。アレを養女になどと。私に異論はないが、アビゲイル、君はどうだ?」



マルスに問いかけられて、アビゲイルは呻いた。

傍目には妹を手放す悲しみに暮れているように。

だが腹の中では、これからルビーが受けるであろう卑劣な行為を思い、ほくそ笑んでいたのである。ベルフェゴールの事だ。ルビーを養女などと言ってもその実、性欲処理用の玩具にでもするに決まっている。それを近くで見てやりたいが、流石にそこまでの危険は冒せない。せいぜいベルフェゴールにルビーの詳細を逐一報告させ、徐々に壊れていく様を王宮で高みの見物といこうではないか。


くつりと冷酷に笑った顔は覆った手のひらで隠し、隠しきれない笑いは悲しさを表すかの如く肩を細かく揺らして。

そうしてようやく上げた顔には、哀愁漂う儚げな笑みが浮かんでいた。それを見たマルスや重臣達は、あまりの美しさにしばし見入った。



「…ルビーと離れるのは寂しいですが…あの子を大事にしてやってくださいね?」


「もちろん。『手塩にかけてお育て』いたします。王妃様もご心配なさらないで下さい」


「ふん、まぁあの顔だ。アビゲイルには劣るが、人目だけは引くだろう。どうだ、ベルフェゴール、お前の好みに仕立て上げては」


「そんな滅相も!ただ少し、一緒に『楽しむ』事はするかもしれませぬが」



ははははと笑いが辺りを包み、誰もが笑っていたその時、ベルフェゴールの笑いが止まった。



それに気付いたのは、アビゲイルだった。



どうしたのと声をかけようとしたその瞬間、彼の肩から鋭い刃が突き出し、辺りにベルフェゴールの甲高い悲鳴が響く。(うずくま)り、なおも悲鳴を上げ転げ回っているベルフェゴールの側にはアビゲイルにとって、思い出したくもない辛い思い出しかない生国にいるはずの男が立っていた。



「随分と楽しそうなお話をしていますね」



冷ややかな声音に感情は全く感じられない。先ほど引き抜いた剣先はベルフェゴールの血に濡れている。それを携えた黒の男は確かに、目の前に立っている。




ヴァシュヌ王家親衛隊総隊長、フレデリック・ファルコン。



黒を身に纏い、美しき死神と呼ばれている男。


そして



ルビーしか見ていない憎くて愛おしい



アビゲイルにとって、たった一人の男。

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