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第二十三話 訪問者

「しかし、どうするつもりだ?」


「そうですねぇ。こうしていても兄上の言う通り処刑されてしまいますし、ここで黙っていても…」


「まあシャリバーが本気になれば城を出る事なんて容易いですけど、この子はなかなか本気で剣を扱いませんもの。それに私達だけではなく、ルビーもいるのよ。グロア、まだ彼女の容態は思わしくないのでしょう?」



グロアはアールマティに聞かれたその問いに、頷いて肯定を表した。

意識を取り戻してようやく一息ついたところだ。それなのに、この度の騒ぎでルビーは自責の念に駆られている。やっと床を離れるようになったのに今度は食事を取ろうとせず、これでは衰弱していくばかりだ。強制的に口に入れるようにしているものの、それも吐いてしまい心底困り果てていた。



「僕の腕はどうでもいいですけど、彼女は本当に心配ですね…」



そう言うシャリヴァーの剣の腕はかなりの物だ。ただそれを知るものは少ない。異母兄マルスが優れている為に影となってしまい、それにシャリバー自身も争い事を厭う性格が相まって、使える事には使えるが大した腕ではないと言われている。しかし、指南役から言わせればマルスよりも上なのだそうだ。派手さはないが、確実に急所を衝いて来るキレの良さと、剣筋の確かさは師匠である物からもお墨付きを得ている。その事実が明るみに出る事はないが、シャリヴァーの剣を知る人から言わせれば、ヴァシュヌ王家親衛隊と戦わせてもひけを取らないのではないかと噂されている。



「拙の手の者達も動きたいのだが、流石は堅牢な城だ。迂闊に手が出せんようだな。おまけにそなたらの身が質のようなものだからな…」


「全く…言いたくないけど、あなたの息子は一途だと言えば聞こえはいいけど、あれはさすがに」


「盲目なのだな。ほんに愚息だわ…。まぁ、アビゲイルが一枚上手だったのだと言われればそれまでだが」



ルビーが休んでいる寝室のドアを見ながら、ミネルヴァはため息を付いた。



「でも、アビゲイルがこうまでルビーに対して憎悪の感情を抱くのは、ヴァシュヌでの待遇の差だけではないように思うのよね。そもそも側妃であるバンシーがアビゲイルを生んだとは言え、アビゲイルは第一皇女よね。それだけでもアビゲイルはルビーとの差があるのではないのかしら」


「と言うと?」


「第二皇女は第一に比べたら他国に嫁がせて行く確立が高いのが…まあ慣例でしょうね。それにヴァシュヌは女子にも王位継承権が与えられるわ。それを考えれば、ルビーがアビゲイルより大事にされていたという見方も理解できるわ。だって、いずれは他国に行ってしまうんですもの、その間だけでも慈しんであげたいでしょう。アビゲイルは、グレイプニル殿に跡継ぎが出来るまでヴァシュヌに居るし、これは私の考えだけど、多分アビゲイルは国を出される事はなかったと思うのよ。もちろんアビゲイル自身が冷遇されていたという報告も入っているけれど、それは第一皇女としての自覚を持たせるためには仕方がなかったとも言えるでしょう。マキディエルもマルスに必要以上に接しようとしなかったでしょう?その代わり、私やミネルヴァ、貴女が側に居てあげたわね。バンシーはそれをしなかったのではないかしら」


「なるほどな。一理あるかもしれん。だが、ルビーは放蕩皇女とマルスに悪し様に言われていたな。ヴァシュヌでは遊び呆けていたと。一方アビゲイルが貧困対策等を率先して行っていたらしいが」


「それはないわ。だって、アビゲイルの王妃ぶりを見なさい」



確かに…とシャリヴァーが苦笑して、くしゃりと髪をかきあげた。

王妃の仕事は、民に救済を施し慈悲を与える事。アビゲイルはそれをしなかった。そればかりか、マルスの好意に甘えて、民から搾取する側に回っている。そんな王妃を民は絶対に許容するはずがない。現に、今城の外で巻き起こっている反乱民の口々に上がるのは、アビゲイルに対する呪詛だ。

もしも、マルスが民の手によって処刑されるとしても、アビゲイルの腹の中にはカーン王家の血を引く子供がいる。その子の生母としてこの国に君臨するのであれば、民が黙っていないだろう。


その時カタンとルビーの寝室から音がしたが、特に気にしなかった。

もしも今の話を聞いていたのだとしても、彼女は知らなければいけない。自分が巻きこまれた忌まわしきこの一連の騒動を。



「しかし、本当にどうする。城を出るにしても、今日のほうがいいぞ、明日になったらますます見張りが厳しくなるぞ」


「そうよねぇ…」


「気が進みませんが、僕が…」



そう言いかけてシャリヴァーが立ち上がろうとしたその時、固く閉ざされているはずの扉が開いた。驚いて入り口を見ると、そこには場違いなまでに晴れやかな笑顔の男がそこにいた。



「その必要はありませんよ、シャリヴァー殿下。私がここに侵入する際、邪魔な衛兵を排除しておきましたから、真っ直ぐ城下に降りればよろしいでしょうね。そこでミネルヴァ様のお味方と合流して、それから一気に城を落とせば呆気なく事は成ります」


「お前…どうやって」


「目障りな者には消えてもらいました。さて、ルビー様がここにいらっしゃるんですよね。動かせますか?」



いとも簡単に言いのけたフレデリックを、部屋にいた全員が驚愕の目で見てしまったとしても文句はないだろう。なにせ、カーン城の衛兵は城を護っているだけあって精鋭ぞろいだ。しかも、マルスが意図して軍から更に精鋭をこの城の警護に割いた。その警備網を潜り抜けたのではなく、なぎ払ってここに来たにしては一糸乱れぬ平静振りだ。寝室の扉に行くためにアールマティの近くを通り過ぎたとき、ふわりと鉄の錆びた匂いがして、それがやはり人を殺して来たのだという事実を目の当たりにしてしまった。

何の物音もしなかったし、侵入者だという声もしなかった。さすがはヴァシュヌ王家親衛隊の総隊長だと驚嘆するべきなのか、恐ろしいと恐怖するべきなのか、寝室の扉を開ける男の背中を見てアールマティは身震いした。



「ルビー様はどこです。ここに居ませんが、ここではないのですか?」



その言葉に弾かれたように部屋へ入ったグロアは、確かにさっきまでここにいたのにと驚きを隠せない様子だった。忽然と姿を消したルビーを探して、部屋をひっくり返す勢いで探したが見つからず、俄かに緊張をはらんだ空気が寝室を包む中、フレデリックが部屋をぐるりと見回した。



「こちらの部屋は元はどなたが使っていらっしゃいました」


「妾だ」


「隠し扉や、隠し部屋の類があるとか?」


「そのような物は妾がこの城にいたときは無かったぞ」


「…そうですか…。さて…」



こつこつと壁を叩きながら部屋を巡るフレデリックを全員で見守る中、寝室に備え付けてあった両開きタンスの中を探していると、その動きが止まった。(おもむろ)に奥の板をペタペタと触ると、はっと短く笑った。



「小賢しい…。ミネルヴァ様、どうやらこれは隠し扉らしいですね。どこに繋がっているか…わかりませんか。ほぉう…となると…申し訳ありません、少し離れていてください」



フレデリックが勢い良くその板を蹴ると木で枠どられた部分がパラパラと壊れたが、肝心の隠し扉部分がビクともしなかった。その扉が開かなかったことに苛立つのかと思ったが、意外にも彼は冷静だった。フレデリックが腰に提げていた剣を抜くと目にも止まらぬ速さで断ち切ったと思うやいなや、タンスが音を立て崩れ落ちた。あまりの素早さに瞠目した面々だったが、隠されていた扉が露わになると一様に眉を顰めた。



「どこに繋がっていると思います?」


「…わからぬ。だがルビー皇女がいなくなった時点で誰が関わっているかはわかる。そうなると、アビゲイルの部屋に通じていると考えるのが無難であろうな」


「…はー…。面倒ですが仕方ありませんね。私が王妃に会って聞いてきますよ。それまではとりあえず、王妃の部屋以外に心当たりのある部屋にいないか探してもらえませんか?私もすぐに合流いたしますので」


「直に行くのか?兄上の側には護衛が何人もいるぞ」


「全く数の内に入りませんが」



フレデリックは冷酷そのものの笑顔で嗤い、シャリヴァーはその冷たい笑顔にぞっとした。



「シャリヴァー殿下、アールマティ皇太后様やミネルヴァ様を任せても?」


「あ…ああ。大丈夫だ」


「それは良かった。是非今度お手合わせ願いたいものですね」



聞き返す間もなく走り去った黒い影を見て、シャリヴァーは止めていた息をようやく吐いた。

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