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第二十二話 思惑

各々の思惑が入り乱れる中、王宮では真っ二つに分かれた王党派がこの世の春とばかりに、跋扈(ばっこ)し始める。


残っていた皇太后派は少数であったが、良識を持つ者達であった為それぞれが要職に付いていたのだ。しかし、皇太后の処刑が決まった直後に罷免、または職務を解かれて蟄居せよと通達された。その隙を奸臣達が見逃す筈はなく、すぐさま自分達に取って代われるような人事を発動。今や、王宮の権力争いは王党派が頂点を極めていた。

総理のベルフェゴールがそんな部下達を止める事はなく、率先して大臣職を兼任、彼自身いくつの職を持っているのかわからないという、そんな有り様にまでなっていた。



「はっーははははっ!私の天下はすぐそこですぞ!なに、王には直轄地に行っていてもらえばよろしいんですよ。幸いにもお気に召したようですし…。こちらにはアビゲイル様がおられれば、問題はないのでしょうし」


「おぉ、素晴らしいお考えですな、ベルフェゴール殿!では、処刑が終わり次第そのように…」


「これで小うるさい婆が居なくなる…か。先王の時代から何かと口うるさい婆だったからな。いい気味だ!はははははっ!!!!!」



そんな時、アビゲイル付きの侍女がベルフェゴールの元へやって来た。

どうやら王妃から話があるらしい。王妃から呼び出しがあるのは珍しくないものの、今回は皇太后の処刑が間近に迫った中での事だ。大体の予想は付く。ゆさゆさとその巨体を揺らしながらアビゲイルの部屋へ向かうと、優雅にお茶を飲む王妃がそこにいた。


本当に美しい女だと思う。金色の髪は艶やかに光を弾き、その潤んだ青い瞳に見つめられると心臓が高鳴る。懐妊中の身体は、丸みを帯び、更に豊満な身体となった。王妃でなかったら、思わずむしゃぶりつきたくなる程の、いい女。

だがしかし、実は大変な策略家であり相当な腹黒女である事をベルフェゴールは知っていた。


王都から離れている直轄地に後宮を造ったらどうか、と持ちかけてきたのもアビゲイルだ。本来ならば外に女を侍らす事に目くじらを立てるだろうと思っていたのだが、そうでは無かったらしい。

王が直轄地後宮で遊んでいる間、その間に培われたアビゲイルの権力は、既にマルスを凌いでいる。それを知らないのは当の王、マルスだけだ。



そもそもアビゲイルを立后する際に、反対をしなかったのもベルフェゴールだが、マルスからその話を持ち掛けられたその時は、早くもベルフェゴールはアビゲイルと手を結んでいたのだ。

マキディエルの葬儀の際初めて会った時から、愚鈍なくせに狡賢(ずるがしこ)いベルフェゴールは、アビゲイルの裏の顔を目敏く見抜きそれを上手く使ってきたのだ。


カーン王国の王妃と総理。


彼らは実に上手く王を欺き、国民から搾り取った税で栄華を極めている、言わば同士とも言える間柄なのである。


知らないのは、アビゲイルを盲目的に愛しているマルスと、憐れな民達だけだ。

そんな彼らは、民の事など労働対象程度にしか考えていない。

だから気付かない。



――自分達が民から憎悪の目で見られているという事を――



「ベルフェゴール、明日皇太后が処刑される話は既に聞いているわね。と言っても、貴方の事だもの。早くも利権が絡んだ職は得たんでしょう?」


「流石に情報が早いですな。王妃様は何かお入り用の場所は御座いますか?直ぐにご用意出来ますが」


「うふふふ…私ね、皇太后が死んだら彼女が持っている別荘地が欲しいの。あそこは湖があって美しいと評判なのに、王妃の私には立ち入れないんですもの。いつも腹立たしく思っていたのよ。だから、そこを私にちょうだい?」


「あそこは…先王が開発した土地でしたからな。…壊すおつもりで?」


「うふふふ…ベルフェゴールったら、随分と乱暴な事を考えるのね。私は一から創り直したいだけよ」



にこやかに微笑んだ王妃の顔に、内心背筋が震えながらもベルフェゴールは是の返事をして、後宮を足早に出た。


途中、アールマティらが監禁されている部屋を一瞥する。物々しい警備が付けられ、一歩も外には出さないようにしたその部屋の中には、ヴァシュヌの姫がいるとの情報が入ってきている。



ルビー皇女。

赤紫の眼を持つヴァシュヌの姫。


美しくも儚げな風貌を持ち、自国では妖精姫と呼ばれているらしい。そしてその儚い風貌を裏切り、孤児などの救済をしていたと聞いている。


今はアールマティが護っているが、処刑が済んだ暁にはまたあの娘を護るものはいなくなる。

あそこまで酷い扱いをしているアビゲイルを恐ろしく思うと同時に、あの儚げな皇女を自分の手で汚したいという思考に捕らわれた。



この国に来た頃より大分痩せてしまい、みすぼらしくなってしまったが、その風貌が更にあの美しい儚さを助長している。

一国の姫を犯す味はどのようなものなのか。


その考えは止められない。



そう言えば、先程のアビゲイルの『おねだり』に対する『ご褒美』を貰っていない。

脂ぎった顔にニヤリとイヤらしい笑みを浮かべたベルフェゴールは、早速それを実行するべく、体の肉を揺らしながら自分の屋敷へと急いだ。




同日。


皇太后の処刑まで残り一日と言うタイミングで、各地から反旗が翻された。

あちこちで上がる争乱の知らせにマルスは激怒。その報を受け、王城に待機していた軍をすぐさま反乱軍の討伐と言う名目で動かした。

今や王宮を護る軍はたったの三百人前後。とは言え、軍の中でも武闘派の呼び声高い者達を率先して残したため、迂闊には手が出せない。その状況に反乱軍の面々は憎々しげに(うめ)いた。



そんな彼らの元に、二人の若者らしいデカい客人が訪れた。黒尽くめの格好を見たパルチザンは、すぐさまそれがヴァシュヌ王家親衛隊だとわかり、反乱軍内部へと案内した。


フードを被っていた彼らがそれを落とすと、鮮やかな赤の髪が見事で、瞳は金。

双子の彼らは、自分達はヴァシュヌ王家の親衛隊だと名乗り、やはり来たのかとパルチザンは内心呻いた。



「あ、僕達は貴方がたに協力する気はないから、申し訳ないけど、そこの所はわかってね」


「俺達がここにいるのは、総隊長の邪魔をする者が居ないかどうかを確かめるだけだ。用が済んだら直ぐに出ていく」



さっさと要件を言った彼らは、パルチザンらを一瞥した。

そして、片方が(おもむろ)に辺りをぐるりと見渡し、にっこりと含み笑いをしたのを見たもう片方は何やら顔をしかめた。



「ねぇ、ティソーン」


「なんだ、コラーダ」


「ここ異常なさそうだねぇ。しばらくここで様子見てよっか」


「…コラーダ」


「だってさー!邪魔したら僕達が総隊長に怒られるんだよ?お前だって嫌だろ!?僕は嫌だっ!それでなくともルビー様がいなくなって、ここ一年ずーーーーっとピリピリしてたのに!」


「…確かにな。では、俺達は邪魔にならない程度に居させてもらっても?」



そう言われたら、否とは言えない。

何がなんだかよくわからない反乱軍のメンバーをよそに、コラーダとティソーンと名乗ったヴァシュヌ王家の親衛隊は、呑気に城を眺めていた。



夜も暮れ、いよいよ明日が処刑。


喜色満面の気持ちを押し隠しながら、マルスと一緒に謁見の間へと進む。

本日最後の公務は、ベルフェゴールから王と王妃に奏上したい事があると言われ、新しい大臣らを集め、それの顔見せも兼ねて聞いてやる事にしたのである。


白亜の長い廊下を、マルスとアビゲイルが恭しく進む様は、確かに美しく理想的な夫婦だ。

だが、愚かな夫を見事に手玉に取った妻アビゲイルの女王化は最早止(とど)まる事を知らない。






勢い良く廻る歯車が、軋んだ音を奏で出す。



崩壊への幕は上がった。




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