第二十一話 一夜
明後日に処刑と言われたアールマティとシャリヴァーだったが、不思議と恐怖を感じなかった。
むしろ、あの救いようの無いマルスを殴った事で、爽快感すら感じていたのである。
アールマティがくすくすと笑い出すと、シャリヴァーもつられて笑い出し、更にそれにつられて衛兵達までもが笑い出した。
異様な光景ではあるが、本人達にとっては、愉快で痛快な出来事だった事に間違いない。
笑い声に訝しげな顔をしつつ、ルビーのいる寝室から出て来たミネルヴァは、アールマティの側によると苦笑してみせた。
「ほんにおぬしらは…心配をして損をした。シャリヴァー殿下も手を見せてくれ。あの愚息を殴ったのだろう?…ふむ…どれ、手当てをせねばな。すまぬがアールマティ、救急箱を取ってくれ」
「はいはい。それにしても…うふふふっ…あのマルスの情けない顔!本当に貴女に見せたかったわー、ミネルヴァ」
「本当ですよ、ミネルヴァ殿。あの男前の顔が、母上が殴った手形がくっきりと付いて、更に、僕が殴った方は真っ赤でしたからねー。あ、後付けですけど、貴女の息子を殴ってしまって申し訳ありません」
全く悪びれる様子もない親子二人を見てミネルヴァもそれは見たかったなと同意し、また笑い声が部屋に満ちた。
その頃、激昂して後宮に戻ったマルスは真っ直ぐにアビゲイルの元へは向かわずに側妃の部屋へ足を運んでいた。その側妃の部屋には部屋の住人の女以外にも、肌も露わな二、三人の女がマルスにべったりと張り付いて、各々恍惚の表情を浮かべらながら王に奉仕をしていた。
懐妊してからと言うもの、数える程しかアビゲイルと閨を共にしていない。
マルスは若く今ちょうど男盛りである。アビゲイルとの片手で余るぐらいの回数では満足出来るはずもなく、その代わりに側妃達との逢瀬となってから久しい。
直轄地に行っていたのも、あそこの離宮には王宮とは別に後宮があるからで、そこでマルスは乱交紛いの乱れきった性生活を送っていた。
直轄地にある後宮にいる女達は貴族の令嬢ではなく、城下や近隣の村などから攫った者達だ。だがそれをマルスは知らない。
そこには管理者達がいて、行く度に若く美しい女が増えているので楽しみでもあったのだ。どこから来たのか、どうやって来たのか。マルスは、そんな些細なことはどうでもよかった。ただ最近は、随分と年齢が低めになり、それに性別も問わなくなってきたのか中には男もいる。だがその子は美しく、女装をさせて行為に及ぶ。たまに男女構わずに泣く者がいたが、殴って有無をも言わさずに奪って快楽を貪る。
そこに常識と言う概念はなく、ただ本能のままに貪るだけのマルスにとっての楽園でもあったのだ。
アビゲイルの事はもちろん愛している。狂おしい位に。
ただ、あの見事な身体を抱けないのが惜しい。
こんな風に苛立った時には、アビゲイルの豊満な身体を思う存分蹂躙したい。あのアビゲイルの甘く、哀願するような目で縋りついてくる彼女を抱きたい。
そんな風に思いながら、側妃の一人の身体を組み敷き、いいように鳴かせた後に彼女が気を失うと、また次の女へと手をつける。それの繰り返し。
それは延々、朝まで続いた。
側妃の部屋から漏れ聞こえる矯声を聞きながら、アビゲイルは腹心の侍女に笑いかけた。
「皇太后が処刑されるんですって。お可哀想に…」
「まぁ、それはなんとお可哀想に…」
「あら、なぁに?顔が笑っているわよ?不謹慎だわ」
「だってアビゲイル様…アビゲイル様も笑っておられるんですもの…私だって愉快になりますわ」
「うふふふ…だって嬉しいんですもの。まずは皇太后と殿下が処刑だなんて…。こんなに上手く事が運ぶなんて、私はやはり統治の才があるのかしら」
「左様でございます。流石はアビゲイル様…先見の明がございますわ。そういえば、石の小娘は如何されますか?」
「そのまま、よしなに」
「かしこまりました」
静かに、アビゲイルと侍女の笑い声が部屋に響いた。
その頃、パルチザンは反乱軍組織の本部にいた。
本当はアールマティと一緒に王宮に行きたかったのだが、アールマティ本人に残れと言われたのである。それで仕方無く残ったのであるが、思いもよらぬ強固な組織に感嘆した。
組織のリーダーはミネルヴァである。生母を味方に付けた彼らは既に、この国の軍と同規模の人数を誇り、中には軍人、それも大多数が上官クラスの人間でパルチザンは更に驚いた。
その中に、パルチザンも見たことのある顔や直属の上司だった者もいて、アールマティの護衛を勤めていたパルチザンも大歓迎された。
生母ミネルヴァをリーダーとし、王太后アールマティと王弟シャリヴァーもこちら側に味方したのだ。それを喜んだ血気盛んな奴らは、直ぐにでも行動を起こそうとしていたが、それを止めていた上層部も、アールマティとシャリヴァーが処刑と言う一報を受け遂に決断を下した。
団結式だと言われ壇上に立ったのは、パルチザン。アールマティとシャリヴァーの護衛をしていた彼は怒りに燃えていた。そしてそれを、そのまま当たりに集まった集団に焚きつけていく。
「明後日…アールマティ皇太后陛下と、シャリヴァー殿下が処刑される。それを庇った衛兵達もだ。俺が帰って来てから見た物は、俺が見たかったモノじゃねぇ。これを作り出したのは誰だ?」
「王だ!」
「あの毒婦と愚王だ!!」
「王妃をあの座から引きずり下ろせ!!!」
「アールマティ皇太后とシャリヴァー殿下は俺達の何だ?」
「「「「「新たな王だ!!!!!」」」」」
「「「「「マルスを殺せぇぇえ!!!!!」」」」」
「…覚悟はいいか!?」
怒号の様な声が辺りに響いた。
隣室からくすくすと笑い声が聞こえる。
悲しげに目を瞑り、枕に顔を埋めているルビーは許しを請うようにただただ謝り続けていた。
「どうしたらいいの…私のせいで…ごめんなさい、ごめんなさい」
「違いますよ、ルビー様。アールマティ様やシャリヴァー様は、この国を憂えておられます。それの一端がルビー様です。この国におられる以上は、ルビー様も立派にアールマティ様の庇護対象。ルビー様がそのように責任を感じる事はございませんよ」
優しく頭を撫でてくれるグロアに申し訳なく思いながら、なおもルビー様は震えながら謝罪し続けた。
闇夜に浮かぶ黒い人影に声がかかる。
「皇太后と殿下の処刑が決まったようです」
「日時は明後日。如何なさいます」
「………」
「反乱軍も行動を起こすようです。明日には全て動き出します。ご決断を」
動かぬ人影を見つめる黒い影達。
彼はじっと、彼女がいる王宮の方を見ていた。
その問いかけられた人物が徐に口を開いた。その目は相も変わらず王宮の方へ向けられている。
「…ルビー様を取り戻す。その為には何人殺しても構わん。邪魔する者に容赦はするな」
「皇太后や殿下がそれに該当したら?」
密やかに問いかけられたそれに、人影が振り向いて目で答えを出した。
「「「「了解しました。総隊長」」」」
気配の消えた部下を思いながら、男は誰ともなしに呟く。
「ルビー様、貴女を取り戻します。それが貴女が悲しむ事であろうと……例え俺を恨もうとも…貴女をこの腕に取り返します。必ず…」
フレデリックはルビーがいる王宮をただ黙って見つめていた。




