799食目 エルティナ ~未来を掴まんとする者~
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
いや~きっついっす!
まさか、ここまで圧されることになろうとは予想だにもしなかった。少しくらいは手加減してくれてもいいと思うんですがねぇ。
『そんなことをするわけがないだろう、ばか者』
『ひぎぃ』
とまぁ、大ピンチであってもやり取りは一切変わらない。なんとかは死んでも変わらないというが、俺たちが今やっていることは、死んだら変わるどころか消滅という慈悲の【じ】の字もない行為だ。
兄貴にも譲れない想いと願いがあるのは彼の気迫からも理解できる。だが、それは俺も同じだ。
この駆け抜けてきた十八年、俺を支え続けてきてくれた仲間たちのためにも、負けることはできない。
『二代目、大丈夫?』
『ふきゅん、大丈夫なんだぜ』
光の枝初代エルティナが俺を気遣ってくれた。相も変わらず過激なお姿で。
思えば、彼女との出会いが俺の人生を決定付けた。カーンテヒルでの生活に困らないように知識を授けてくれたのだ。今思えば、あれは不完全な心魂融合だったのだろう。
結果、俺はこの世界の言葉と簡単な魔法、そしてアラン・ズラクティという宿敵を得た。
『エルティナ! ヤツが隙を見せている!』
『分かってる! シグルド、仕掛けるぞ!』
『おう!』
竜の枝シグルドが枝たちを率いて飛び出した。最初にこいつに襲われたときは、もうゲームオーバーかちょっとはやすぎんよ~、と苦情を全世界にぶっぱしたものだが、今となっては頼れる存在だ。
あぁ、あの時は本当に何もできないお荷物だったなぁ……。
『Hey、エルっち! それは、そーまとー、ってヤツだZE!』
『ふきゅん!? 危ないところだったよ。マイク、助かった』
『しっかりせんか』
そんな俺を支え続けてくれたのが桃先輩だ。どんなに危機的な状況下であろうとも冷静沈着な存在。彼らがいなければ今の俺はない。これは過言ではないはずだ。
「うぉん!」
「……」
風の枝とんぺー、水の枝ヤドカリ君が果敢に兄貴に攻め込む。彼らには最後の最後までお世話になりっぱなしだ。
とんぺーには幼き頃の俺の足となり牙となり、へたれな俺を支えてくれた。ヤドカリ君は俺に命の尊さを真に理解させてくれた。
彼らがいなければ、俺は俺としていられなかっただろう。
「ふきゅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
「いももっ!」
闇の枝いもいも坊やが黒き大蛇を従えて、カオス神を喰らい尽さん、と大口を開け放った。
彼の勇気がフィリミシアの聖樹を、俺の魂の中の大樹を芽吹かせた。闇の枝が俺に全てを喰らう者の存在を認識させた。
この二匹は俺に歩むべき道を示した重要な存在だ。
『……』
火の枝チゲが巨大な炎の拳を振るう。体が大きくて不気味な存在であった彼は、本来は心優しいホビーゴーレムだった。
獄炎の迷宮で運命的な……でもないか。
そんな出会いを果たした俺たちは成り行きで共に行動し、ヒーラー協会で生活してゆくうちに家族になり、短くはあったが幸福な時を過ごした。
だが、事件は起こる。俺がアランとの戦いに敗れた挙句、全ての能力を奪われてしまったのだ。その際に止めを刺されそうになった時、俺は彼に救われた。目の前で崩壊してゆくチゲの姿は今でも夢に見る。
そんな彼から託されたこの右腕に誓って、俺は二度と負けることは許されないのだ。彼に無念を二度も感じさせることは断じてあってはならない。
「エルティナ、心を乱すでない」
「グレオノーム様」
「大丈夫だ、おまえは、いつも通りやればよい」
「……分かったんだぜ」
土の枝グレオノーム様が巨大な熊の姿を取り、カオス神と化した兄貴へと突撃する。
まさか、彼が殉ずる者であるとは思いもよらなかった。そして、とんぺーとも旧知の仲であったという。
そして、何よりも驚きだったのが、俺の母に可愛がられていた熊さんだったという事実。
そんなこともあってか、彼は特に俺を可愛がってくれた。そりゃあもう、ミリタナス神聖国再建の際は、文章でお伝え出来ないほどに猫かわいがりされて、連日「ふっきゅん、ふっきゅん」言わされておりました。
「御屋形様、最後まで油断召されるな」
「どちらかというと、ザインちゃんの姿が一番油断してる」
「誰のせいでござるかっ!?」
雷の枝ザインが、ほぼ全裸の姿でぷりぷりと激怒した。正直すまんかった。
ザインは本当に忠義を尽くしてくれた存在だ。割とドジっ子だが、そんなところが、ほんのりと荒んだ俺の心を癒してくれるような気がしたのだ。
枝たちの果敢な攻撃に兄貴の姿は徐々に削られてゆく。それでも、彼は神気を練ることをやめなかった。恐ろしいほどの強大な神気が生成され、その中に在る不純物を取り除いてゆく。
グレオノーム様に心を乱すな、と言われたばかりであるが、あんなものを見せられては無理だ。何よりも、俺の知らない何かをやらかそうとしている。
「兄貴にあれを発動される前に、なんとしてでも喰らい尽す!」
俺はありったけの神気を爆発させて突撃をおこなった。嫌な予感が止まらない。それは直感に近い予知夢のようなもの。脳内映像に飛び込んでくる闇に体が震えあがる。
「喰らえぃ! 暴虐の音玉!」
シグルドの必殺技が解き放たれた。流石にこれは防御をおこなうらしい。巨大なるエルダードラゴン・ウィルザームが兄貴の前に飛び出し巨大な咢を開け放った。そこから生まれるのは冗談みたいなエネルギーの塊だ。
「ドラゴニック・バスター!」
ウィルザームから極太の光線が放たれる。それは暴虐の音玉を意図も容易く破壊し、攻撃後の硬直状態にあったシグルドに迫った。
「ふきゅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
「いもっ!」
だが、その光線は闇の枝が飲み干し、シグルドに届くことはない。この結果にウィルザームは舌打ちをした。
「うぬ、邪魔をするなっ!」
「小僧の分際で、よくも粋がったものよ」
それは子供と大人の喧嘩のようにも見えた。しかし、全てを喰らう者同士の戦いにおいて姿かたち、大きさなど意味をなさない。それは両者とも分かっていた上での挑発だ。
とはいえ、両者とも竜の枝。枝たちを纏める者として負けるわけにはいかない。意地と意地のぶつかり合いとなり激しい攻防戦を繰り返す。
俺はそんな意地のぶつかり合いを華麗にスルーし兄貴に接近する。始祖竜の剣をにょっきりと手の中に生み出して、命取ったるわ、と言わんばかりに突撃した。
そして、空中で見事にこける。ちくしょうめ!
「慣れんことをするから、そうなるのだ」
「この世には神も仏もいないのかっ!?」
居ません。
そんな回答が返ってきて、俺は白い世界の中心で「ふきゅん」と鳴いた。
だが、割と冗談抜きで大ピンチ。こっちは激しく神気を消耗してしまったのに、兄貴側は殆ど神気を消耗していないという衝撃の事実。
いったい全体どういうやり繰りをしているのか、これが分からない。
「いったいどうなってんだ? なんで兄貴は神気を殆ど消耗してないんだ?」
「今調べ……うっ、まさか!?」
トウヤが絶句した。そして、衝撃の言葉が彼から飛び出してくる。
「桃吉郎は……カオス神を喰らい続けている」
「ふきゅん? いや、神魂融合時にむしゃっただろ?」
「いや、あいつはその後も食っているんだ。そんなことをすれば、カオス神は完全に消滅する」
「なんだと!?」
兄貴の行為は完全にカオス神に対する背徳行為に他ならない。だが、俺は違和感を感じた。
カオス神が一切抵抗していない、という点についてだ。
「まさか……!」
「あぁ、そのまさかだ。俺はカオス神を喰らい、次のカオス神となる」
「子が父を喰らう。それが、いかなるものか知らんわけでもなかろう」
ここまで沈黙を保っていたカーンテヒル様が口を開いた。俺の魂より飛び出し白金の巨体を見せたのだ。その姿に兄貴ではない声が兄貴の口から発せられた。
「久しいな、我が子よ」
「父なるカオスよ。何故、あなたは消えんとする」
「……我は長くあり過ぎた。過ちを見て見ぬ振りをし、おまえたちを苦しめた」
「……」
「耄碌した我では管理者としては不十分。それは、汝が一番理解しておろう」
「父なるカオスよ。それが、あなたの選択だというなら、私はそれを否定する」
「カーンテヒル、我が子よ。エルティナ、運命の子よ。ならば、我らを乗り越えて見せよ」
その言葉を最後にカオス神は消え去った。その全てを兄貴に捧げたのだ。だが、俺はカーンテヒル様同様に、その行為を認めるわけにはいかなかった。
「エルティナ、これで終わりだ!」
「終わらない……終わらせない! 子が親を消し去ってまで手に入れた世界に、俺の大切な人たちを送って堪るか!」
「ならば、俺の最後の攻撃に耐えて見せろ!」
瞬間、闇が生れた。全てが黒に染まり白い世界は消失する。その黒の世界の中に在って尚も暗いものがあった。そこに引き寄せられる。いや、吸い寄せられている。
全てを喰らう者の力でも無効化できない強烈な引力。それは欲望にも、本能にもたとえられた。
それを俺はよく知っている。知らないわけがない。
「全てを喰らい尽せ……【終焉の闇】!」
木花桃吉郎がカオス神を喰らってまで生み出した闇が、俺を食い尽くさんと引き寄せる。
そのあまりの不気味さに、俺は背筋が凍った。




