792食目 最後の聖戦
それは、理不尽のぶつけ合いであった。モモガーディアンズ側から放たれる、この世の物とは思えぬ絶技に対し、英雄たちからも伝説の秘技が繰り出されるのだ。
いくら宇宙空間であっても、そのぶつかり合いには彼の空間も悲鳴を上げることになった。
強大な力のうねりに巻き込まれ、砕かれ、引き裂かれる。至る場所で発生する超常現象は、あくまで宇宙の法則を維持せんと奮闘する空間を嘲笑うかのようだ。
その空間に在って英雄たちを薙ぎ倒し、魔導機神メサイアを目指すモモガーディアンズたち。歴戦の勇士足る彼らは死を経験し、それが決して恐ろしいものではないことを理解した。ゆえに、彼らはもう死を恐れない。それが何をもたらすのか。
「な、何故だ!? 何故、こちらが圧されている!」
魂無き英雄たちは死を恐れない。だが、それは勇気をもって克服したのであろうか。
答えは【否】。彼らは、意志無き機械のようなもの。ただ命令に従って過去のデータから敵を滅するための行動をおこなっているに過ぎない。したがって、生前のように想定以上の力を生み出すことはできないのだ。
では、【真なる死】を経て、永遠の存在となった戦士たちはどうか。確かに彼らもエルティナの持つ記録から再現された存在だ。英雄たちと基本構造は変わらない。
だが、彼らには魂があった。明確なる意志があった。そしてなによりも、決して揺るがない決意と勇気があった。
それらは、もう成長することが無いであろう能力に影響をもたらす。放たれる一撃には重みが生じ、生じる攻撃魔法には砕けぬ意志が宿る。それが、魂無き英雄たちとの差。ほんの僅かな差だが決定的な違い。
それは例えるならば、テレビゲームに置けるプログラム制御の敵キャラと、鍛え上げられたプレイヤーのようなもの。魂無き英雄たちは、臨機応変な対応がまったくできないのだ。
「奴さん、随分と驚いているようだぜ!」
「でしょうね。正直、俺も自分の力に驚いています」
見慣れた皮鎧に身を包んだアルフォンスが宇宙空間を自在に飛び回り、幾つもの風の大剣を生み出し魂無き英雄たちを切り刻む。
もはや、彼らを縛るものなどありはしない。酸素の補給も、重力の影響も、スタミナ、魔力すら気にしなくてもいいのだ。その全てはエルティナから生み出され、彼らに供給される。
即ち、ここに至り、彼らにとっての敗北とは【エルティナの死】である。
「咆えろ、光輪丸! 遠慮はするな、魔力なら幾らでもある!」
フウタの長年の相棒、日本刀【光輪丸】が膨大な魔力を喰らい、太陽を思わせる輝きを放つ。その輝きに比例し光輪丸は切れ味を増してゆくのだ。
彼の刀は妖刀であった。幾人もの主の魔力を喰らい尽し、死に追いやった過去がある。だが、それは全て主に応えんとしたが結果。光輪丸にとっては不本意であっただろう。
しかし、その憂いも過去のもの。今、光輪丸は最後の主のために、その悲劇的な生涯を全力で捧げる。この戦いで砕け散っても構わない、という覚悟が光輪丸に更なる鋭さを与えた。
「やれやれ、もう少し美味い酒を飲んでいたかったんだがな」
長年の相棒である巨大な両手斧を振るう漆黒の戦士ガッサームは、ニヤリと不敵な笑みを見せた。言葉とは裏腹に、楽しくて仕方がない、という戦闘狂の一面を垣間見せる。
彼に従い、共に死を迎えた【野獣の牙】たちも彼と共に、魂無き英雄たちに大立ち回りを見せていた。
「うほっ!」
そのメンバーの一人、ゴリラ獣人のゴンザレスが戦場にてバナナを喰らった。それを食べ終えた彼は、七色に輝き巨大な拳で魂無き英雄を砕く。彼が食べたバナナは伝説のバナナ【黄金バナナ】。その中でも特別な一本であった。
伝説の黄金バナナには、たった一本のみ果実が七色に輝く物が極々稀に存在する。それは食べた者に絶大なる力を与え、肉体を七色に輝かせるという。
そこから得る力は天下無双、敵う者などいなくなる恐るべきドーピング食材であるのだ。
例を挙げれば、配管工のおっさんがお星さまに触れて七色に輝くアレである。
「ううむ、身体が軽いな。若い頃はこんな時期もあったのか」
「父上、随分と若返りましたね」
「兄上にそっくりです」
ヤッシュは二十代後半の姿を取っていた。それが彼にとっての最盛期であるからだ。
その姿は奇しくも彼の息子リオット、ルーカスとそっくりであり、傍から見れば三兄弟にしか見えなかった。
「どれ、試してみるか」
宇宙空間で踏み込む。ヤッシュは足に確かな感触を覚えた。瞬間、視界がぶれて目の前に魂無き英雄の姿がある。
ほんの僅かばかり自分の行為に驚いたヤッシュであったが、肉体が覚えている行為を素直に実行する。
英雄は両手斧を振りかざす筋肉隆々の狂戦士であった。その筋肉は鋼鉄の鎧となんら変わらない強度を持っている。ヤッシュはその腹部に、構うことなく拳を叩き込んだ。
ばしゃり、という水っぽい音がして狂戦士の背中が割けた。そこから色々な臓器と血液が飛び散る。
「……圧倒的じゃないか」
ヤッシュは自身の力に呆れる。それは、既に忘れていた感覚、そして記憶であった。
「う~ん、最後の戦いでも、この姿で戦わないといけないのか」
「いいじゃないか、ルドルフ。私は、女のおまえも愛せるぞ」
獣人化したルドルフが鎧を巨大な砲に変えて発砲。英雄たちを極太の光線で焼き払う。
彼女の妻、ルリティティスは氷の魔法を使用し、ルドルフに襲い掛かってくる英雄たちを迎撃した。阿吽の呼吸で英雄たちを屠ってゆく姿は、実に愉快痛快だ。
二人とも半裸に近い姿なので、思春期のお子様には刺激が強いのだが。
「はわわわ……とても、エッチです!」
「陛下っ! 堪えるのです!」
リマス王は思春期真っ盛りなので、モロにルドルフ夫妻の影響を受けていた。
赤面しつつも、ルドルフの豊か過ぎる乳房をしっかりと目に焼き付けている辺り、彼も好き者なのであろう。
それでも、英雄たちに対して一歩も引かない辺り大したものである。
「やれやれ、白エルフ再興を目指しておったのが、とんでもない結果になったのう」
「これも、運命というヤツだ」
「俺はエルティナと一緒になりたかったなぁ」
「ふっ……それは来世の楽しみに取って置きましょう。今は、やるべきことを」
白エルフの賢者たちは複雑な思いを抱きつつ、過去の亡霊たちを駆除する。その中には見知った者たちの姿もあり一瞬だが躊躇うも、彼らは強力無比な攻撃魔法を解き放つ。
それが、せめてもの手向けと言わんばかりに。
「さぁ、大賢者デュリーゼの最後の大魔法を見せて進ぜましょう」
大賢者デュリーゼの光属性の究極魔法【シャイン・バースト】が宇宙を白く染め上げた。
「ふふん……まさか、この姿がわしの最盛期とはのう」
「ウォルガング様、我らも同様です」
「エルティナ様のために鍛え直した、この身体が最盛期とは。いやはや、何が起きるか分かりませぬな」
「まったくじゃ。ホウディック、モンティスト、最後の大戦じゃ」
「「はっ!」」
老いし戦士は長年連れ添った臣下と共に有終の美を飾るべく、魂無き英雄たちに切り込んだ。その勢いは決して若い者に後れを取るものではない。
様々なものを背負い責任に雁字搦めにされていた彼らだったが、今は違う。全てから解き放たれた彼らは止めることのできない濁流の勢いを持つ、凶暴な獣だ。
「そこを退けい! 木っ端どもが!」
偉大なる戦士ウォルガングと重臣たちは輝ける刃を手に、視界に入る敵を獰猛に狩り尽くしてゆく。その凶暴ぶりには味方ですら一歩退く有様であった。
「よう、相棒。生きてるかい?」
「それを汝が言うか」
ユウユウに過剰な愛を注がれて困惑していたシグルドの下に、在りし日のダイクがやってきた。
その姿は二十代前半。彼が最も力に漲りを感じ、そして悲しい記憶を心に負った頃の姿だ。
その闘神の訪れに、黄金の竜は歓迎の意志を見せ、鬼の妻は度し難い怒気を放つ。
しかし、ダイクはユウユウの怒気をするするといなし、極自然にシグルドの下へと到達。
黄金の竜は彼の神経のふとましさに、改めて感嘆することとなった。ユウユウは激おこである。
「ちょっと! 私のダーリンになんの用!?」
「ん? あぁ、ちょっと借りてゆくぞ」
そして、幾度ともなくそうしたかのような動作でシグルドに跨る。黄金の竜はぷひっ、とため息を吐いたが怒る事はしなかった。ダイクを信頼している証である。
「よっしゃ、一丁やってやろうぜ!」
「うむ」
「うむ、じゃな~い! 絶対に離れないんだから!」
青き竜使いと黄金の竜が三度目の復活を果たした。それに鬼嫁が加わり、危険度は増すばかり。
魂無き英雄たちは、和気あいあいとするダイクとシグルドの雰囲気に混ざるユウユウの超嫉妬パワーに困惑。
どうしたものか、とまごまごするも、そっとしておこう、という意見で一致した。今は見て見ぬ振りをしている。
戦場は混沌を極めた。だいたい、シグルド夫妻とダイクのせいである。
だがそれは、訪れる結末そのもの。誰にも勝者が分からない。
果たして、勝利をもぎ取るのは、モモガーディアンズとミレット、どちらとなるのか。
激震に震える宇宙は、両者の戦いを見守るより他になかった。




