788食目 復讐
始祖竜カーンテヒルの復活。それは、女神マイアスが夢にまで見た光景。光と共に降臨した我が子の姿に女神マイアスは魅入った。
「カーンテヒルが……蘇った」
溢れ出していた怒りと憎悪が一時的に勢いを失う。それは、女神マイアスの弱体化を意味していた。だが、それも無理もない話だ。彼女はこの為に、ほぼ全てを費やしてきた。
そして、今、自分が望んだ過程ではないにせよ、エルティナの肉体を媒介にし愛しき我が子が復活を遂げたのである。
どうして、怒りや憎しみを撒き散らせようか。できるはずもない。
「我が母よ」
「カーンテヒル!」
明確な意志を持つ白金の竜に、執念から解放された母親は超魔導騎兵ラグナロクを放棄。コクピットから飛び出し、始祖竜カーンテヒルの下へと向かわんとする。
「……親子の感動の対面だというのか? そんなの、僕には許されなかった!」
だが、その姿を見て、ミレットの怒りが憎しみが増大した。悲しみと、憤りが彼を蝕む。それは、光ある者を深淵の底へと堕とさせるには十分過ぎる黒い感情。
端正な顔は憎しみで醜く歪み、嫉妬の炎が彼を包み込む。それは何よりも粘着質で、どろどろとした殺意だ。
「女神マイアス! おまえを、行かせはしない!」
膨れ上がる忌まわしき力。それは女神マイアスを凌駕する陰の力であった。
ミレットから放たれ始めた赤黒い輝きに包まれる超魔導騎兵ラグナロク。それは兄弟機である超魔導騎兵ハルマゲドンと融合し、未知の超魔導騎兵へと転生を果たす。
それは、あまりにも禍々しかった。あまりにも神々しかった。光と闇、正と邪、愛と憎しみが混淆した異形の存在。正しく、陰と陽が一つとなった存在が誕生してしまった。
赤、黒、白銀の装甲が見た目にも華やかであるが、なんと言っても特徴的なのが巨大な背部ユニットだ。
まるで後光を思わせる巨大な円盤には様々な戦いの神が描かれており、その活き活きとした表情から、まるで生きたまま円盤に封じられているのでは、と錯覚すら覚える。
しかし、新たなる超魔導騎兵は武器と思わしき物を持っていない。完全に丸腰だ。
果たして、その魔導騎兵は非戦闘用の巨大ロボットであるのだろうか。
「こ、これは……!? いや、今はあいつを!」
神秘的とすら感じる鋼の巨人は、ミレットの命じるままに、その巨大な手を女神マイアスに伸ばし彼女を捕らえてしまう。
カーンテヒルが差し出した前足に触れる直前で、彼女は鬼となったミレットに捕まってしまったのだ。
「うぐっ!」
「母よ!」
カーンテヒルが動こうとしたことを認めたミレットは、女神マイアスを掴んだ超魔導騎兵の右手を彼に突き付けた。これにより、カーンテヒルの行動を封じ込める。
「素晴らしい力だ。どうして、この力を使わなかったのか分からない」
「や、やめなさい! その力は、世界を壊してしまう!」
女神マイアスの声は既にミレットには届かない。彼は復讐と怨念に囚われ、何よりも獲得した強大な力に酔いしれてしまった。
且つ、自分は母の仇を取る、という大義を持ち得ており、自分の行いは正当化される、という妄執を抱いてしまっていた。
「【魔導機神・メサイア】全てを消す能力を持つ究極の魔導騎兵。二つの超魔導騎兵はメサイアを隠蔽するために分けていただけだった」
「高次元の侵略者たち以外に、その子の能力を使うわけにはいかなかったのよ!」
「あぁ、そうだろうね。でも、そんな事は僕には関係ない」
魔導機神メサイアのコクピット内、そのモニター画面に魔導機神メサイアの詳細なデータが表示された。
そのいずれもの能力が超魔導騎兵ラグナロクの三倍近く。規格外の強さであることは疑いようが無かった。
「ふふ、ははは、あっはっはっはっ! 凄いよ! これは凄い!」
魔導機神メサイアの右手の締め付けが強まった。メキメキと女神マイアスの骨が軋む音が聞こえてくる。彼女は苦悶の表情を見せるが悲鳴を上げることはなかった。
「がんばるじゃないか。もっとも、母さんは悲鳴を上げる事すらできなかった」
「天使ミレットよ、光在る心があるのであれば、もう止せ」
「始祖竜カーンテヒル、例えあなたであっても、僕に命令することはできない。僕に命令できるのは……母さんだけだ!」
感情的になったミレットは魔導機神メサイアの右手に力を込める。骨が砕け、今度こそ女神マイアスは悲鳴を上げた。
「両者に介入すべきか」
「親父、今は動くべきではない。女神マイアスも敵だという事を忘れるな」
「だが、親として、そして子を持つ身としては見過ごせるものではない」
桃吉郎は女神マイアスを救出せんとする吉備津彦を思い止まるように説得。しかし、これを彼は固辞し、あくまで救出せんと飛び出す。
例え敵であろうとも救う、それが、桃太郎の定めであるのだ。
桃吉郎は軽い舌打ちの後に吉備津彦に続く。彼とて、桃太郎のなんたるかを知っているのだから。
「憎しみに囚われるな! 天の子よ!」
「うるさい蠅が!」
魔導機神メサイアの左手が空を切った。すると、それだけで無数の衝撃波が生まれ、吉備津彦たちに襲い掛かる。
吉備津彦は迎撃の構えを見せるが、瞬時に回避に切り替えた。その判断は正しく、衝撃波が命中した箇所は音もなく消滅してしまったではないか。
「全てを喰らう者の能力か!?」
「くそったれめ……そんなんじゃあねぇぞ、親父!」
桃吉郎の額から大粒の汗が流れ落ちた。それは、あまりにも無慈悲な力を垣間見たからに他ならない。
「消滅したんだ! この世界から!」
「消滅? この世界から……まさかっ!?」
「あぁ、アレにやられれば、存在そのものが無かったことにされる。いや、正確には、この世界から別の世界に無造作に投げ捨てられる、といったところか」
吉備津彦と桃吉郎はここに至り、最凶最悪の敵対者が出現したことに絶望した。
桃吉郎の言うとおり、魔導機神メサイアの能力は【消滅】。これは、ありとあらゆるものを消滅させる力である。
実際のところはこの世界からの消滅であり、正しくは【追放】といった方がいいのかもしれない。
この能力の影響を受けたものは、速やかにこの世から姿を消す。行き先は使用者本人も分からない。
高次元に放り出されるかもしれないし、低次元に追いやられてしまうかもしれない。
また、追放された先が安全である保障も無い。出た先が光りも差さぬ深海かもしれないし、ありとあらゆるものを溶かす溶岩の中かもしれないのだ。
勿論 ※ いしのなかにいる! ※ 可能性も否定できない。
石の中に転移させられる可能性があるのだから、宇宙空間に放り出される可能性も多分にある。厄介なこと極まりない。
厄介な事といえば、とばされたものたちが元の世界に戻る可能性は限りなく低い、という事が挙げられる。
この能力で追いやられた者は例外なく行き着いた先で一生を終えているのだ。
そして最悪な事に、腕や、足をこの能力で消滅させられた場合、再生ができない。
これは当然のことで、破壊したのではなく、別次元へと追放しただけなのだ。だから、肉体は部位の欠損を認知してくれない。
そうなると、治癒魔法も、強力な再生能力も働いてはくれないのである。
それこそ、一度、存在を抹消し、再構築でもしない限り、欠損した部分を再生することは叶わない。
強力な再生能力を持つ敵に対する、一つの回答が、この魔導機神メサイアであった。
「厄介な相手だぜ、親父」
「迂闊には仕掛けられないということか」
だが、萎えかける心を奮い立たせる術を知っている彼らは、この絶望に立ち向かわんとする。
「だとしても、我らは退くわけにはいかない」
「そう言うだろう、と思ったよ」
吉備津彦と桃吉郎は共に刀を構えて抗戦する構えを見せる。ミレットは、それが気に食わない。益々の憎しみを募らせる。
「やれやれ、丸く収まりかけていたが……タカアキの旦那は、これが視えていたのかい?」
『いえ、視えていませんでしたよ、ガイリンクードさん。きっと、マイリフさんの愛情がミレットさんを護っていたのでしょう。その力を彼は悪い方向に持って行ってしまった』
「そんな……それじゃあ、彼女はなんのために」
ガイリンクードは最悪の方向へと傾いた結末をタカアキに愚痴る。タカアキはこの期に及んで冷静であった。
そして、ミレットの変貌の原因が母の愛だ、と知った誠司郎は憤りを感じる。
『なんにせよ、我々もそちらへ向かいます。それまでの間、絶対にやられたりしないようにしてくださいね』
「確約はできんな。何せ、【連中】を退けてきた【神】が相手だからな」
ガイリンクードは虚空から二丁の拳銃を取り出した。金と銀の見事な装飾が施されたリボルバータイプの銃だ。
「まったく……重労働だぜ」
「それでも、やらなくちゃですよ」
ガイリンクードと誠司郎も吉備津彦たちに加勢する。その様子にミレットは舌打ちをした。
益々膨れ上がる陰の力。その力はマイリフの加護に呼応して急激に上昇してゆく。
「止せ、戻れなくなるぞ」
「黙れ、始祖竜カーンテヒル。僕は、おまえを超えた存在となった」
「それは驕りだ」
「いいや、事実だね」
「愚か……母の愛も忘れたか」
「愚かだと? 母の愛を忘れたか、だと?」
女神マイアスを掴む魔導機神メサイアの右手の力が更に強まる。吐血する母の姿に、カーンテヒルは動揺を見せた。
「そうだ、おまえは何もできない。ただのトカゲだ」
「汝……!」
「ふふ、はは、あっはっはっはっ! 僕が母さんの愛情を忘れるわけがないだろう!」
魔導機神メサイアの左手が虚空を掴んだ。そこからズルリと引き抜かれる赤黒い一振りの剣。魔導機神メサイア専用の片手剣だ。
それはあまりにもシンプルで飾り気のない無骨な金属の塊であった。しかも、刃もガタガタで刃こぼれし放題である。
しかし、そこから放たれる圧は紛れもなく本物であり、幾度ともなく侵略者を撃退してきたという実績をまざまざと見せつけた。
「始祖竜カーンテヒル、おまえも母を失った辛さ、苦しさを味合わせてやる」
「……そのような事をすれば、汝は、汝の母の行いを否定するも同然ぞ」
「黙れと言った! 母さんは……母さんはっ! 復讐を僕に望んでいるっ!」
ミレットはコクピット内で頭を掻きむしった。あまりにも強くおこなったため出血し、彼の顔を幾つもの赤い筋で彩った。
手に付着した自身の血を、ミレットは自分の顔に塗りつけた。その顔はまるで復讐鬼の形相と化し、かつての自分と完全に決別するかのようである。
「あぁ、そうさ。復讐だ。何もかも、消し去ってやる! 母さんのいない世界なんて!」
妄執がミレットを完全に支配した。感情無き機械神はミレットの感情を己のものとして投影し、復讐の、そして虚無を生み出す破壊神として降臨する。
「まずは、おまえからだ! 女神マイアス!」
「カ……カーン……テヒル……」
女神マイアスは、なんとか子の名を呼んだ。だが、それが彼女の最後となった。
「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
魔導機神メサイアの右手に虚無が生まれ、女神マイアスは悲鳴を上げることなく消滅した。
それは、世界たる我が子のために、気の遠くなるような時を過ごしてきた母の呆気ない最期であった。




