776食目 夫婦 ~光と影と~
「ふきゅん!? ヘラ様の身体が崩壊を始めてるぞ!」
『恐らくは無茶なエネルギーの吸い上げをおこなった結果だろう』
「なんてこったい。このままじゃあ、助けても……」
それ以上の言葉は飲み込む事に成功、口に出してしまえばゼウス様の心をペキリとへし折ってしまいかねない。
だが、どうする。あれは魂が崩壊していっている証拠。ゼウス様とは違い、女神ヘラにはもう一つの【器】がない。あれでは存在を失ってしまうばかりだ。
「エルちゃん。わ、私を、あの人の下まで、連れて行ってほしいんだな、だなっ」
「グリシーヌ、この状況を見て、まだそんな事を言えるのか?」
はい、現在くそデカ顔面の電撃が雨あられと降り注いでおります。いつ晴れるんですかねぇ?
それでも、グリシーヌの決意は変わらない。その紫水晶の瞳に強い意志の輝きを見せ、俺の渋る心を強引に動かす。
「泣き言は聞かないぞ」
「わ、分かってるんだな、だなっ!」
時間がない事は俺も承知している。だからこそ、俺はグリシーヌを信じることにした。
それは直感、身体を貫く電流のごとき予知夢。圧倒的な信じる心が作戦の成功を確信させる。
今も、昔も、こうやって困難を乗り越えてきたのだ。今更、疑ってなんになろうか。
「ライ! ザイン! 援護を! 突っ込むぞぉ!」
「唐突な作戦変更だな、おい!」
「拙者にお任せあれ!」
そして、ゼウス様にテレパスで念話を送る。彼には大仕事を頼むのだ。そして、それは速やかに承諾された。
んじゃ、気張っていきましょうかね~。
「グリシーヌ、絶対に俺から離れるんじゃねぇぞ」
「わ、分かってるんだな、だなっ!」
うほほ、グリシーヌの身体、柔らかすぎぃ!
俺もアホみたいに柔らかいと言われるが、この子のお肉も、どたぷんぷにぷにのコンボで確実に男を殺しにかかっている。危険過ぎる男殺しだ。
さて、作戦の方であるが、ここまできたら小細工は殆どない。俺たち突撃隊で相手をボコってゼウス様に女神ヘラを救出してもらう、という寸法だ。
極めてシンプルであるが、相手が化け物だと早々上手く行かないものである。特に単独行動のゼウス様は危険度が高い。
だが、くそデカ顔面に戦力外として見られている彼だからこそ、この作戦の核を任せたのだ。
くそデカ顔面の力を支えるのは女神ヘラから吸い上げている神気であり、純粋なエネルギー体と化したヤツは、その供給を断たれると一発でGAMEOVER確定なのだ。狙わないわけがない。
しかも、現在のヤツは強大な力を得て有頂天だ。慢心しまくって隙だらけである。
狙うならいつ? 今でしょ!
「〈連鎖魔法障壁〉展開!」
「うぬっ! いくら防いだとて、攻撃しなければおまえらに勝ち目は無いものと知れ!」
んなこたぁ、分かってらい。気が付いていないだろうが、俺の魔法障壁は立派な武器なんだ。じゃけん、こいつを応用した攻撃を叩き込んで差し上げよう。
「〈連鎖魔法障壁・攻の型〉! マジカル☆ガトリングキャノン!」
魔法障壁で作り出したガトリングキャノンをぶっ放す。無論、盾は出したままでも使用が可能である。ふははは、怖かろう。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? な、なんだそれはっ!」
流石にビビる、くそデカ顔面。全てを喰らう者の力が籠った魔法障壁の弾丸が高速で打ち出されるのだ。加えてヤツは固定された機器に寄生しているので動けないとくる。
とはいえ、完全に蜂の巣にできない所が困ったものだ。ヤツもろとも女神ヘラをミンチにするわけにはいかないのだから。
仕方がないので弾切れを演出し、俺は専守防衛に徹する。十分、ヘイトは稼げたであろう。
「お、おのれぇ! 虚仮にしおって! 許さぬぅ!」
案の定、お怒りになられた。その怒りの矛先は当然俺だ。そこで、ライオットと、ザインは左右に分かれて攻撃を開始。俺はじりじり、とくそデカ顔面に接近する。
ここで、事を急いたゼウス様が仕掛けてしまった。嫁さんの危機に居ても立っても居られないという事は理解できるが、あまりに早いタイミングでの行動は迂闊としか言いようがない。
そして、彼の攻撃がカプセルにダメージを与えていない点について。
「うぬっ! 電撃対策っ!?」
「女神マイアスが対策を怠るわけがなかろう」
なんてこったい、そこまで先読みしなくていいから、マイアスお祖母ちゃん。
というわけで、いつものごり押しタイム、は~じま~るよ~。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! 激し過ぎるのほほ~ん!」
近付くという事は攻撃も激しくなるということだ。いくら連鎖魔法障壁が優れた防御性能を持つとはいえ限度というものがある。
ごりごりと削られてゆく魔法障壁、その限界地点を見定めた俺は、これ以上の接近ができないことをグリシーヌに告げた。
「グリシーヌ、これ以上は無理だ!」
「こ、ここで、いいんだな、だな」
それは、予想だにもしない行動であった。なんと、グリシーヌは滅びの雷撃が降り注ぐ戦場へと飛び出して行ったのである。
「グリシーヌ! くそっ!」
何が彼女を、そこまで駆り立てるのであろうか。放っておくわけにもいかない、俺は連鎖魔法障壁を展開させながら追いかける。
って、追い付けねぇ!? あんなに足が速かったっけ!? 凹みわすわぁ。
「ぬぅ? おまえは、なんだ?」
「そ、その人を、か、返してもらうんだな、だなっ!」
驚くことに、グリシーヌは被弾することなく、くそデカ顔面の下、正しくは女神ヘラの下にまで辿り着いていた。
ちなみに、俺はその一歩手前で激烈な攻撃にされされて「ふきゅん、ふきゅん」鳴いています。誰か助けてっ!
「おまえのものでもなかろうに!」
「な、なら、頂いて行くんだな、だなっ!」
グリシーヌは両腕を広げた大きな乳房がぷるるん、と揺れる。
うほっ、いいおっぱい……じゃなくて自殺行為だ。何を考えているんだ。
だが、俺はある種の予感を覚える。この状況、そして彼女にしか届かない女神ヘラの声。
崩壊する肉体、急くグリシーヌの行動。それらが繋がった時、俺はあの日の光景を思い出す。
「神魂融合!」
「な、なんとぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
グリシーヌの力ある言葉、それと共に溢れ出す輝きはカプセル内の女神ヘラに呼応、溶液内に漂う彼女の身体を一瞬にして光の粒子へと解きほぐし、カプセルという名の牢獄から脱出させる。
その光の粒子はグリシーヌの周囲を静かに回り、彼女に最後の問いかけをおこなっていた。俺には聞こえないが、雰囲気的にそうであろうことが分かる。
グリシーヌはその問いに頷いた。そして、魂の儀式はおこなわれたのだ。
ふわりと浮かび上がるぽっちゃりボディ。光の粒子となった女神ヘラはグリシーヌと同化する。光となった女神ヘラが全てグリシーヌに収まった時、彼女から神気が溢れ出してきた。
「女神ヘラ・グリシーヌ再誕!」
ここに、グリシーヌの身体をベースとした、ぽっちゃり女神が爆誕。全てのぽっちゃりたちは彼女を崇めるがいい。
「ぐ……あぁぁぁぁぁぁぁっ! か、身体が、崩れるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
くそデカ顔面が悲鳴を上げた。当然だろう。言うなれば、心臓が突然に無くなってしまったに等しいのだから。
また、完全にエネルギー体としたことが裏目に出ている。潤沢にエネルギーを補給できなければ、崩壊するに決まっているのだ。こいつ、ヴァカだろ。
「私の下へ戻れ、ヘラ!」
「こ、断るんだな、だなっ!」
俺は、「おや?」と思った。主格はてっきり女神ヘラの方になるのではと思っていたからだ。しかし、今の独特の喋り方はグリシーヌのものであった。
つまり、女神ヘラ・グリシーヌの主格はグリシーヌという事になる。
これに、ゼウス様は居ても立っても居られない。電撃のごとき速さでヘラ・グリシーヌを抱き上げて安全圏に離脱した。
「ヘラ! ヘラ!」
「……そんなに大声を上げなくても聞こえておりますよ、あなた」
「お……おぉ……おぉ……ヘラよ。我が妻よ!」
「なんですか、天空神ともあろう方が」
どうやら、女神ヘラの方の人格も表に出ることができるようだ。しかし、その声はあまりに弱々しかった。今にも消えてしまいそうな儚い声。しかし、言葉はしっかりしており、凛とすらしていた。
「ありがとうございます、ようやく、お会いすることができました」
「あぁ、会いたかった。ずっと……ずっと、おまえと再会できることを夢見、生き続けてきた!」
「その言葉が聞けただけで……生き恥を晒してきた甲斐がありました。でも、少し疲れてしまいましたわ」
段々と弱まってゆく神気、それは女神ヘラが既に限界だったことを示す。同時にゼウス様の神気も急速に弱まっていった。それは適応しない桃力を無理矢理に行使して限界以上の力を常時発揮していた反動だ。
二人の再開は刹那の時。しかし、それは永遠となった。夫婦は手を握りしめ口付けをおこなう。それは、永遠を誓う儀式だ。
「ヘラ、彼らと共に、未来を目指そう」
「えぇ、あなたとなら、どこまでも」
天空神ゼウスの神気が薄れてゆく。そして、そこから新たなる神気が発現した。同時に容姿も変化してゆく。それは覚悟の証。
「神魂融合……ゼウス・ブルトン!」
ゼウスの影であったブルトン・ガイウスが光を受け入れ新たなるゼウスへと神化したのだ。そして、そのままグリシーヌを抱きしめる。
「心配を掛けた」
「だ、大丈夫。し、信じていたんだな、だなっ」
ブルトンからおびただしい神気が溢れ出した。同時に桃力も溢れ出す。神気と桃力は拒絶することなく手を取り合い、未知なるエネルギーを生み出した。
これこそが桃力の特性。ありとあらゆる力に変じる能力。そして、ブルトンは幼い頃から桃力に触れ、その力に馴染んできた。したがって、桃力に拒絶されることはないのだ。
だからこそ、ゼウス様はブルトンを完全に取り込む事はしなかった。彼は、自分の行きつく先を理解していたからだ。不器用な人である。
「クロノス、ゼウスに代わり俺が引導を渡してやろう」
「なんだぁ、おまへはぁぁぁっ!?」
「ゼウスであり、ゼウスではない者だ」
「ぐるじぃぃぃぃ! よごぜぇぇぇっ! いのちをぉぉぉぉぉぅっ!」
半ば崩壊しかけているくそデカ顔面は、この期に及んで生に執着した。これも生き物の性であるが、こいつの生存は認めるわけにはいかない。
しかし、俺が手を下すまでもないのは明白だ。ブルトンの右拳に桃色の輝きと雷の輝きが宿る。その膨大な力に、仲間たちは吹き飛ばされないように踏ん張るのが精いっぱいだ。
尚、俺は既に壁にめり込んでいる。おぉん! つぶれるぅ!
「消えろ、忌まわしき記憶と共に」
静かに押し出される新たなる雷霆。それは、力を失ったくそデカ顔面を消し去るには十分であった。
「いやだぁぁぁぁぁ! じにだくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
その断末魔は元神様がいうようなものではなかった。よって、こいつはくそデカ顔面で決定である。
クロノスなんて上等な名前なんていらねぇんだよ! ふぁっきゅん!
「ひとまずの決着だな」
「あぁ、おかえり、ブルトン」
「……ただいまだ、エルティナ」
グリシーヌを抱きかかえたブルトンは穏やかな微笑みを投げ掛ける。しかし、すぐさま表情を正し、もう一つの戦場を見つめた。
そう、決着を付ける。付けてやらなければならない。短い間だったとはいえ、トチは俺たちの仲間だったのだ。
今、彼女は葛藤の中で身を焦がし続けているはずだ。主であった虎熊童子がそうであったように。
ダナンたちの助太刀に入ろう、と身を乗り出す俺の肩を掴む者がいた。他ならぬブルトンである。彼は俺の顔を真剣に見つめ首を振る。それの意図するところは、手を出すな、であった。
「ブルトン……」
「……決着は、あいつらの手で、だ」
ブルトンの言う決着は、それから間もなく訪れた。




