771食目 高次元の物質
迫る略奪の赤黒い手、頭では分かっているのに動かない身体。このままでは、たとえ真なる約束の子として覚醒した俺でも能力を奪われてしまうだろう。ヤヴェよ、ヤヴェよ。
そして、俺はそのまま赤黒い手に握られ蹂躙されてしまう。現実はいつだって非情なのだ。しかし、今の俺は非常識でもあった。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
「エルティナっ!」
「くっくっく! 呆気ない最期だったな」
虎熊童子は勝利を確信し、顔を盛大に歪ませる。でも、そんなんじゃ甘いよ。
案の定、ヤツはすぐさまおかしな点に気が付いたようだ。大方、奪っているはずの俺の能力が奪えていないことに気が付いたのであろう。
「こ、これは……まさか!?」
「ふっきゅんきゅんきゅん! 気が付くのが遅かったなぁ?」
俺は一人であって一人ではない存在。個にして群なる者。俺は、全てを喰らう者なのだ。そして、喰らったものは、すぐさま身になる。
太らない体質でよかった。マジで。
『ひほほほほほほ! 個人スキル【固定】! 私のスキルは変化を拒絶する!』
『個人スキル【反転】! 私のスキルは全ての事象を反転させる!』
虎熊童子の鬼力の特性を防いだカラクリはこうだ。
俺の魂内に居るランフェイの個人スキル【固定】で能力の簒奪を防ぎ、ルーフェイの【反転】の能力で鬼力【奪】の特性を反転し【与】に変更、がっつりと虎熊童子の力だけを頂く、という寸方だ。
「桃使いに、同じ手は通用しないんだぜ」
「やってくれるっ!」
虎熊童子は慌てて簒奪の手を解除するも、かなりの力を俺に吸い取られてしまい苦々しい表情を見せる。余程に動揺した証拠だ。
その隙を逃す、ウォルガングお祖父ちゃんとデュリーゼさんではない。
「今じゃっ! 力を我が剣にっ!」
「いいですともっ!」
盛大なフラグを立てるんじゃない。繰り返す、盛大なフラグを立てるんじゃない。
ウォルガングお祖父ちゃんの魔導光剣にデュリーゼさんの魔力が付与され、燦々と輝き出す。それは、まるで太陽を思わせた。あまりの出力に魔導光剣本体が悲鳴を上げる。
「タイガーベアー!」
「っ! ウォルガング!」
跳躍からの袈裟切り、それは虎熊童子の丸太のような左腕を切り飛ばす渾身の一撃となった。この攻撃で双方体勢を崩す。追撃するなら今を置いて他にない。
「主様っ!」
しかし、ここでトチが介入。虎熊童子に止めを刺そうとした俺たちの邪魔をする。
そして、それを阻もうとするマジェクトたちも乱入、戦いは大混戦となり、わけが分からなくなってきた。折角の流れが滅茶苦茶だぁ!
「ダナン! トチを抑えられなかったのか!」
「すまん! 増援がヒュリティアたちだけじゃ抑えられなくなってきた!」
ダナンの言葉通り、増援は増す一方のようだ。騎士団の皆も、既に半数以上が俺の魂に還り、大樹の下でまったりとしている。
誰がお酒を飲んでいいと言ったぁ。おい、こら、クー様。お酒を勧めるんじゃあない。
「ふきゅん、これじゃあ、混戦になってこちらが不利になる。なんとかしなくちゃ」
「かと言って、これ以上は……」
ダナンの言うとおりだ。こちらには、これ以上の援軍は見込めない。外で戦っている連中たちがここに到達できる確率は極めて低いのだ。
そして、それこそが、マイアスお祖母ちゃんが狙っていたことなのだろう。よく考えるものだ。
「モ、モルちゃん、し、しっかりするんだな! だなっ!」
「……」
そんな中、グリシーヌが物言わなくなったモルティーナに声を掛け、必死に彼女の身体を揺する。
皆の盾として身体を張ってくれていたようだが、どうやら限界を迎えたようだ。その身体には無数の風穴があいており、生存は絶望的となっている。
『おあ~? どうなってるんスか~?』
『ようこそさね。ここは、ペンション・エルティナさね』
おいバカやめろ。アカネさんや、俺の魂内で宿泊旅館を経営しないでください。
そんなわけで、モルティーナも魂の守護者の仲間入りを果たす。彼女はキョトンとした表情を見せていたが、アカネの説明によって状況を把握し、大樹の根元で疲れた魂を休ませ始めた。
『ところで、なんで一気に皆をバクっとやっちゃわないのさね? まどろっこしいさね~』
『ふきゅん、それか。前に【真なる死】の事を教えただろ。うをっ、危ねっ!』
アカネに説明をしながら戦闘中の俺は現在、魔導騎兵四体を同時に相手をしていた。誰か助けてください死んでしまいます。
『真なる死を迎えた者は、それ以降は永遠となって【成長】を止めるんだよ』
『あぁ、それで、ぎりぎりまで待っているのさね? でも、最後まで生き残ったら……』
『そうなったら、俺が喰うさ』
『……そっか、そうさね。そうするしかないさね』
ひらり、と魔導光剣をギリギリでかわす俺は元気です。でも、これ以上はかわせません、本当に勘弁してください。
「ふっきゅん! こいつら湧き過ぎだろ! いい加減にしろっ!」
というか、虎熊童子はどこだ。完全に見失ってしまったぞ。
『エルティナ、二時の方向だ!』
『二時……』
『そっちは十時! 逆だ、逆っ!』
『俺も、そんな気はしてたんだぜ』
トウヤに怒られつつも二時の方向に視線を向ける。そこには片腕を失っても、まだ雄々しく戦い続ける鬼の姿。それに挑み続ける二人の戦士たち。
双方とも血塗れであり、想像に絶する応戦があったことを容易に窺わせた。
「デュリーゼさんはともかく、ウォルガングお祖父ちゃんは無理があるな。ダメージが半端ねぇ」
というわけでソウルヒールをこっそり行使。あれだけ血まみれなら傷が治っていても分かるまい。
「エルティナ、あれを!」
「ふきゅん?」
トウヤの声に視線を動かす。なんと、そこには輝く檻に封じ込められた、とんぺーの姿。
「なんだ、あれはっ!?」
「御屋形様っ! あの檻は全てを喰らう者の力を弾きますっ!」
「どういうことだ!?」
ザインの言うとおり、光の檻はとんぺーの体当りを受けてもビクともしない。このような事などあっていいはずがないのだ。
その答えは、理性を持ったがゆえに【サボる】という事を理解したアザトース様が教えてくれた。働け、ニート神。
「アレハ、コノジゲンノ、エネルギーデハナイ。スベテヲクラウモノノ、エダガ、クエルノハ、アクマデ、ドウジゲンノ、ソンザイノミ」
「なん……だと……?」
つまり、あのわけの分からない輝きは、俺であっても食う事ができないということか。厄介なことをしてくれるものだ。
しかし、マイアスお祖母ちゃんは、あんなものを、どこで手に入れたのだろうか。
「オオカタ、コウジゲンノ、シンリャクシャカラ、ウバッタノダロウ」
「迷惑極まりない侵略者だな」
「ワレ、ノ、コトダ」
「迷惑過ぎんよ~!?」
つらっと告ったアザトース様に白目痙攣状態となるも、うかうかはしていられない。
あれで捕獲されてしまうと一巻の終わり、即ち一撃GAMEOVERとなってしまうのだ。難易度、急に上がり過ぎでしょう?
「アレハ、ムスメニ、コワサセル。ワレハ、ダルクナッタカラ、ネル」
「理性なんて取り戻さなかった方がよかったんじゃないですかねぇ?」
「ニートハ、イイゾォ。ヒトガ、ツクリシ、シコウノ、ユエツ」
そんなわけで、ニート神様は再び悪夢の揺り籠へと引き籠ったのでありました。ナイアルラトホテップこと、ラトさんは泣いていい。
「あはは! わんわんぉ、わんわんぉ! あははは!」
「きゅ~ん」
「ふきゅん、アルアはやっぱり、こっちだよなぁ」
「エルティナ様、私の努力はなんだったのでしょうか?」
「寝起きだから、あんなもんじゃね?」
「そ、そうですよね。きっと、そうに違いない」
アルアのお腹から顔だけ出して涙目になっていたラトさんを励ます。クトゥルフ神話の神々はフリーダムな連中ばかりだから、ラトさんも大変だな。
アルアとラトさんに光の檻の破壊を任せ、俺は虎熊童子に引導を渡すべく、屍の戦士と魔導騎兵の群れを叩き潰しながら前進……前進できていますかねぇ?
「なんじゃこりゃあ!? どんだけ、ここに敵がなだれ込んでるんだ!」
「……ごめん、もう抑えきれない」
「エル様っ! このままではっ!」
「ふきゅん、今までよく抑えたと言った方がいいのか」
混迷を極める状況。一人、また一人と仲間たちは倒れてゆく。それでも、一人として欠けないルバールシークレットサービスは異常だ。全員【異常生存体】なんじゃね?
しかし、この状況はなんとしてでも打開せねばならない。したがって、俺にある決断を下させることになった。




