770食目 略奪の手
「よし、ダナン! プランBで行くぞっ!」
「エルティナ! プランBだな!? で、プランBってなんだ?」
「あ? んなもんねぇよ」
しこたま怒られました。
そんなわけで、ダナンにお説教された俺は「ふきゅん」と鳴きながら虎熊童子に八つ当たりを決行、ヤツによく分からないダメージを与えることに成功した。
つまり、ダメージは皆無ということである。いやになっちまいますよぉ。
『トウヤ、何か分かったか?』
『接触した感じでは、エルティナの桃力の反応と似通っている。恐らくは、おまえの前世に関係するものだろうな』
『あの顔の傷か。あそこから、桃力が感じ取れる』
『かつてのおまえが、一太刀浴びせた個所だ。そこに桃力が溜まっているのだろう』
トウヤの情報は俺に珍案を浮かばせる。ここで妙案と言わない所が奥ゆかしい俺だ。
顔の傷に桃力がいまだに残っているのであれば、そこを刺激して爆発させてやればいいではないか、という案をトウヤに提示する。
それを誰がやるかというのだが、俺はウォルガングお祖父ちゃんが適任だと判断した。
デュリーゼさんは魔法は得意であるものの接近戦はからっきしだ。その点、ウォルガングお祖父ちゃんは近接戦闘の鬼であり、この場にいる者たちの中では最も技術力に長けている。
正直、今の俺の技量では虎熊童子に一太刀浴びせれる自信がない。基本的に力でゴリ押すタイプなので器用な事はできないのだ。悲しいなぁ。
アルアこと、アザトース様は論外。あの方、あんまり言うこと聞いてくれないから、適当にやらせて置くに限る。
『というわけで、俺は虎熊童子と戦っている振りをしながら、ダナンたちを援護する』
『了解した。早いところ、あいつらを開放してやらないとな』
ダナンは無残な姿となった仲間たちの亡骸に哀れみの視線を投げ掛けた。そんな彼に、その亡骸の主たちが哀れみの視線を投げかける。
『エルティナ、事情を説明した方がいいんじゃないのか?』
『ルーフェイ、これは死んだ者にしか伝えないという暗黙のルールがあるのだよ』
『ひほほ、それって、ルールであって、ルールじゃないんじゃないのさ』
『ランフェイ、この状況……どう思う?』
『ひほほほほほほ! めっちゃ笑える』
『そういう考えになるよなぁ……』
早々に戦死してしまった連中は俺から全てを知り、リラックスモードにて、生き足掻く者たちの様子を眺めていた。
【真なる死】は彼らから恐怖心を奪い去る。そして、生ある者を仲間に引き入れようとするのだ。ある意味で性質が悪いが、某ゲームのような陰湿なものではないので安心してほしい。
『エル、カーンテヒル様がこっちに向かってるって』
『ふきゅん、分かった、エド。どうやら、上手く行ったらしいな』
『うん、カーンテヒル様も久々の肉体で張り切ったんじゃないのかな』
『いや、しっかし、エドがやられるとは思わなかったぜ』
『あはは、彼は強かったよ。今頃は張り切って、女神マイアスに復讐をしに行っている頃だろうね』
『エドも人が悪いなぁ』
『きみもね、エル』
『こりゃあ、一本取られたんだぜ』
そんな俺は「ふっきゅん、ふっきゅん」言いながら虎熊童子の猛攻を凌いでいる状況下にあります。誰か助けてっ!
「避けるのだけは一人前だな!」
「どんだけ当たったら終了を続けてきたと思ってんだ! これくらいでビビるわけねぇだろ! いい加減にしろ!」
ひらり、ぷにに、もにゅん、とわけの分からない音を立てながら回避できるのは幼女形体だからこそ。
これで大人の肉体であったなら、いろいろとヒットして十八歳未満お断りな状況に追い込まれていたことであろう。おぉ、怖い怖い。
「とった!」
「甘い!」
ぷぃ。
空中にて軌道修正できない状況を狙われるも、これを【おっぷぅ】で軌道修正し回避する。それと同時に臭気でダメージを加える、という隙の無い二段構え。
「くさっ!?」
「ふきゅん! ウォルガングお祖父ちゃん、デュリーゼさん、今だぁ!」
しかし、彼らもまた膝を突く羽目になっていた。これは大誤算である。
「ふぁきゅん! 俺がやるしかねぇ!」
「おまえは何を食っていたのだ?」
トウヤのツッコミはさり気なくスルー。膝を突く虎熊童子に容赦なく桃力の刃を振り下ろす。その刃がフニャフニャしている点について。
「輝夜っ! おまえもかっ!」
『……まじかんべん』
「戦いにならんではないか」
輝夜とトウヤのツッコミに、俺までもが膝を突く羽目になった。誰だ、このような原因を作ったのは。
「く、流石の俺も目眩を起こす。やるではないか、【屁】で、この虎熊に膝を突かせるとは」
「なんの自慢にもなりはせんな」
「ふきゅん、悲しくなってきたから、この話題は早くも終了ですね分かります」
そして、戦いは振出しへと戻る。とはいえ、いつまでもこのような事はしていられない。
早急に虎熊童子を退治して、女神マイアスの下へと急がねばならないのだ。
しかし、虎熊童子は無駄に強過ぎた。そして、増援が世紀末モヒカンのごとく湧き出過ぎである。これでは、ヒュリティアとの連携ができないできにくい。なんとか、どちらか一方を制圧しなくてはならないだろう。
『やはり、トチからなんとかしないとダメかな』
『そうだな、彼女の黄泉平坂は脅威だ。それが発動し続ける限り人員がそちらに割かれることになる』
チラリとダナンたちの状況を窺う。主力はあろうことか、ルバールシークレットサービスという現実に驚かされるものの、よくよく考えるとここまで一人も欠けることなく戦い抜いていることに気が付く。つまりは一人一人がとんでもない猛者だという事になろう。
個性がまったくないのが残念なところであるが、彼らは群にして個なのでいいのだろう、ということで納得を示す。これでええねん。
『んじゃ、シグルド。トチを任せるんだぜ』
『よかろう。マイク、やるぞ』
『OK、ブラザー。俺っちに怖いもんはもう無いZE! HAHAHA!』
シグルドとヤケクソ気味のマイクにも、ダナン側の助っ人に入ってもらう。こちらは、その分の補充要員として、とんぺーとグレオノーム様に入ってもらうという鬼畜ぶりを披露。
おらおら、虎熊童子は速やかに涙目になるがいい。
「ふふん、いいぞ、それでこそ、戦いというものよ!」
益々やる気を見せて嫌になっちまいますよ~! というか、ヤツの余裕はどこから来ているんだ? ただの虚勢にしては妙な点が多過ぎる。
「くっくっく、来ないなら今度はこちらから行くぞ!」
虎熊童子が攻勢に出た。俺は妙な点を確かめるためにヤツを迎撃する。妙な点とはズバリ、ヤツの鬼力の特性。
木花さんの残照が残した記憶に置いて、虎熊童子の鬼力の特性は【食】ではなかったはず。しかし、そこら辺がぼやけていて分からない分かりにくい。
『トウヤ、虎熊の鬼力の特性って本当に【食】なのか?』
『うん? いや、ヤツが鬼力の特性を行使したことは……いや、一度だけあった!』
トウヤすら忘れるほどに行使しなかった虎熊童子の本来の鬼力の特性。それは、【食】ではなく、まったく別の物。そして、それを行使する者と、俺はかつて対峙していた。
「エルティナ! かわせっ!」
「気付いたか【音無し】! だが、もう遅い! 鬼力、特性【奪】! 俺の鬼力は全てを奪い取る!」
かつての宿敵、アラン・ズラクティが持っていた鬼力の特性。全てを奪い取り我が力にする最凶最悪の能力。それこそが、虎熊童子の本来の鬼力の特性であったのだ。
襲い来るのは虎熊童子から伸びる赤黒い輝く手。完全に虚を突かれた俺は身体が固まったかのように動かなくなった。
それは紛れもない【トラウマ】によるもの。トラウマを完全に克服する事などできない、ということなのか。
迫る略奪の手に、俺は身を強張らせることしかできなかった。




