760食目 傷に刻まれしは永遠なる想い
揺れる宇宙要塞ASUKA、それは砲撃に晒されているからに他ならない。それは超機動要塞ヴァルハラによる砲撃か。答えは否である。
「何事っ!?」
この振動がカオス教団を救った。一瞬ではあったものの、女神マイアスの気を逸らしたのだ。
「おまえらっ!」
この隙に桃吉郎は刎ねられてしまった大蛇の首を回収、再び力を取り戻すことに成功する。
「ちっ……いったい何が?」
マイアスが虚空に向けて指を動かすと巨大な画面が姿を現した。そこに映るのは、巨大な戦艦。それもたった一隻の戦艦だ。
「戦艦……大和型!?」
「マイアス!」
「っ!」
殺気を感じ、雷の大蛇を盾に跳び退る超魔導騎兵ラグナロク。桃吉郎は舌打ちしたものの、雷の枝を回収し雷怒のジュリアナを正気に戻す。
「すまん、不自由な思いをさせた」
「も、申し訳ありません。油断いたしました」
再び八頭の八岐大蛇と化す桃吉郎を見て、女神マイアスは忌々し気に彼を睨み付ける。
何もかもが未来視の結末から逸脱していた。未来は移ろい易いものというが、女神マイアスの未来視は強制力が働くほどに強力であり、彼女のシナリオ通りに事が運ぶはずなのだ。
だというのに、ことごとく結末は変化し、女神マイアスの望むとおりにはいかない。苛立ちが募る彼女は次第に冷静さを欠いてゆく。
また、宇宙要塞ASUKAが揺れた。それは、女神のシナリオを破壊するものに相違なかった。
「砲撃の手を緩めないでください!」
「陛下! GD隊が発艦を求めております!」
「許可します」
「はっ! 各機、出撃してください!」
『やっと出番かよ。待たせ過ぎだろ』
宇宙要塞ASUKAに攻撃を加えている戦艦、それは戦艦大和をベースにして建造された戦艦【吉備津】であった。
それは、ドクター・モモによって極秘裏に改修され、宇宙戦艦として再生を果たしていたのだ。
「リマス陛下! GD隊、出撃ます!」
「よろしい、各機は宇宙戦艦吉備津の射線軸に入らぬように」
吉備津を受領したのは、ラングステン王国に大恩あるティアリ王国の若き王リマスであった。
彼はエルティナにカーンテヒルの守りを固めるように指示されていたのだが、事態は一変。モモガーディアンズの形勢不利をドクター・モモによって報じられ、急遽出撃を断行。
宇宙戦艦へと生まれ変わった吉備津に搭載された【跳躍システム】を使用して、月へと一気に転移したのである。
そこでは、逃げ延びてきた戦士たちが再出撃のための施しを受けていた。そして、これを予期していたドクター・モモは、宇宙戦艦吉備津に補充要員と物資を満載させていたのである。
『ブリッジ! GD・ティアリ改、オオク……いや、ダイク、出撃るぜ!』
「発進どうぞっ!」
青い痩躯のGDが、カタパルトから勢いよく射出された。
GD・ティアリはGD・ラングスの兄弟機に当たり、装甲を削り軽量化。運動性能を向上させた機体となる。
それを身に纏うのは闘神ダイク。彼は万が一のために地上に残されていた。しかし、彼もまた、ドクター・モモによってティアリ王国へ行くことを要請されていたのだ。
「爺さんの予感が当たっちまったか……ま、鬱憤が溜まっていたことだし、ひと暴れさせてもらおうか!」
次々と出撃するGD・ティアリ。基本色は青で統一されているらしく、宇宙が青く染まった。
戦艦吉備津の補給を受けたモモガーディアンズたちも順次出撃してゆく。
「ロフト、行けるのか?」
「ここで、引き籠っても仕方がないだろ。それに……」
「死に急ぐんじゃねぇぞ」
「分かってるよ」
GD・フルアーマー・ラングスへと換装を果たしたスラックとロフトが、カタパルトへと接続され射出された。
ワイバーンの二頭は体力の限界とされ、主人を見送る事になる。その目は悲しさと情けなさとで濡れていた。
その二頭をアカネのワイバーン、アインが慰めた。残された彼らの心中は、いかがなものであろうか。
「さぁて、今一度の出撃じゃ。いけるか、相棒」
「誰に言うておる。それに、一人も二人も変わらぬ」
黄金の大蛇に語りかける益荒男は、彼の返事に満足を示した。ケツァルコアトルに跨るは、素戔嗚尊の他に二人の姉。即ち天照大神と月読命である。
「さあ、我らの最後の務めを果たしにまいりましょう」
「真なる約束の子は、必ず我らの力が必要になるはず」
「分かっておる、姉上方」
素戔嗚尊は太陽神ケツァルコアトルに跨り、最後の出撃をおこなった。目指すは最終兵器ジャッジメントではなく、エルティナとの合流となる。
それぞれの思惑は複雑に絡み合い、一つの糸へと収束を始め出した。
『陛下! 敵魔導騎兵、来ます!』
『迎撃を!』
『はっ! 各砲座、よく狙え!』
『目標捕捉! うちぃぃぃかたぁぁぁぁ……始めっ!』
おびただしい弾幕が魔導騎兵たちを迎え入れる。宇宙戦艦吉備津の火力は、突破だけを目指した改良型いもいもベースと宇宙戦艦つくしとは比較にならない。
何もできぬまま鉄の塊と化す魔導騎兵に、様子を窺っていた女神マイアスがあからさまな苛立ちを見せた。
「たかが戦艦一隻に何を手間取っているの!」
「たかが一隻、されど一隻ってな」
この隙を逃す桃吉郎ではなかった。すかさず超魔導騎兵ラグナロクに追撃をおこなったのだ。
その結果、超魔導騎兵ラグナロクは胸部装甲の一部を喰われ、女神マイアスの姿を露わにしてしまった。
「喰らい損ねたか」
「おのれっ!」
桃吉郎が狙ったのは黄金の玉座。それは女神マイアスを倒すことにも繋がる。
しかし、この失敗は桃吉郎にとって痛かった。戦いは形勢不利なまま続行、桃吉郎率いるカオス教団は全戦力をもってしても女神を打倒できない状態を強いられる。
この状況を打破するためには、何かの切っ掛けが必要。それは分かっていても、その何かが存在しない。表面上は余裕を見せている桃吉郎であったが、内心では焦りと苛立ちとで煮えくり返っていた。
「(嫌になるぜ……自分の力の無さに。エルティナから殆どの力を持ち出したというのに、このざまとはな!)」
彼は幼かった日の事を思い出す。
エルティナを守らんがために、その力を奪ったことが逆に彼女に力を与え、桃使いへの覚醒、そして真なる約束の子へと目覚めさせてしまった。
その後悔の日々は、彼の成長を妨げる要因になってしまう。心の迷いは、成長を大きく阻害するのだ。
「うふふ、手に取るようにわかるわ。あなたの焦りがね」
「ほざくなっ」
炎の枝が超魔導騎兵ラグナロクの魔導光剣によって切断される。そして、その首が握り潰されんとした時、その首は人の姿を取った。
「甘いんですよ、そう何度も、やられっぱなしのままではないのです!」
獄炎のモーベンは咄嗟に炎の壁を作り出し身を隠した。それでもお構いなしにマイアスはラグナロクの腕を炎の壁へと突き入れる。手応えは無い。直後にラグナロクがバランスを崩す。
「ちぃっ! 足を持ってゆかれたっ!?」
超魔導騎兵ラグナロクの左足は膝から下が消滅していた。モーベンが獄炎の大鎌で両断したのである。
「確かに、桃吉郎様一人では、あなたに勝てないでしょう。それは認めます」
「でもよぉ、俺たちは一人じゃねぇんだ」
次々と枝たちは人の姿を形取る。そして、彼らは十人の戦士となって女神マイアスと対峙した。
「俺たちは家族なんだ」
「譲れねぇ、望みがある」
「諦めれない、夢がある」
「掴みたい未来がある」
濁流のベルンゼ、土石流のガッツァ、暴風のデミシュリス、雷怒のジュリアナが前へ出る。
「だから、僕らはおまえを倒す」
「くひひ、臭いセリフだけど、嫌いじゃないわ」
閃光のバルドル、深淵のジュレイデが女神マイアスを威圧する。
「我らはこの日のために、永劫とも言える日々を耐えてきた。女神マイアス、カオス神復活のため、我らの贄になるがいい!」
大司祭ウィルザームが真の姿を現した。古の時を生きてきた古竜エルダードラゴン、それこそが彼の真の姿。その彼の額に桃吉郎とフレイベクスの姿があった。
「姉上、いいのですか?」
「いいのです、私がここにいるという事は、こういうことなのですから」
「桃吉郎」
「姉上」
「「神魂融合!」」
カオス神が生み出した二人の姉弟は、その魂を一つにした。大いなる決意は桃吉郎の気の迷いを打ち払い、己の成すべきことを再確認させる。
女神フレイベクスの本質は竜、その彼女と融合したことにより、桃吉郎は赤黒い角と翼、鱗を身に纏う竜人へと変化を果たす。
そして、今まで抑えられていた力が解き放たれた。神気だ。
「こ、この力は……!? 危険、あなたは危険よ! 木花桃吉郎っ!」
「思い出したよ、忘れていたことを全部な」
桃吉郎のおびただしい傷が静かな輝きを見せる。それはまるで、一つ一つに意志が宿っているかのようだ。
「俺は独りじゃない、この傷には多くの想いが籠っているんだ。こいつらのためにも、何よりも家族のために……俺は!」
桃吉郎、覚醒。この土壇場での力の開放は、女神マイアスが未来視で見た光景とはまったく違っていた。
「未来が……完全に変わる!? バカなっ!」
桃吉郎の神気、それはエルティナと同様に【無】の特性を備えていた。無限の可能性、無限の闘志、無限の力、それを可能にさせる家族の想い。
「陰と陽が合わさり、最強に見えるっ!」
溢れ出すのは神気だけではなかった、この場は最早、常識は通用しない。歪みに歪んだ法則は桃吉郎に味方する。
彼のひときわ大きな三つの傷が呼応した。今こそ、復活の時と叫ぶ。
「来たれ、果てぬ想いで結ばれし獣臣よ!【獣臣合体】!」
輝ける傷が、三匹の獣を解き放つ。
その姿を傷跡に変えても、彼らは桃吉郎に想いを残した。彼らの育ててきた努力、勇気、愛は全てこの時のために。
桃吉郎は失われた日々を取り戻すように、声高々に【獣臣合体】の音頭を取る。
「努力の鉢巻き、引き締めて!」
輝ける猿が白き鉢巻きへと姿を変えて、桃吉郎の額に装着された。その白い鉢巻きには桃の姿があしらわれている。
これこそ、かつての弛まぬ努力が具現化した【努力の鉢巻き】。
「勇気の鎧に身を包み!」
輝ける犬が黒い武者鎧に姿を変え、桃吉郎に装着される。若武者へと変じた桃吉郎の瞳に炎が宿った。
桃吉郎の最初の相棒、その尽きぬ勇気が形になりしは【勇気の鎧】。たとえ、命尽き魂が転生しようとも、その想いは永遠に。
「愛の羽織を纏いしは!」
輝ける雉が白銀に輝く羽織へと変異し、桃吉郎に装着された。その背には大きな桃の印。
彼女の無限ともいえる愛情は穢れなき白銀となりて、桃吉郎を温かく包み込む。それは、あらゆる困難から大切な者を護る【愛の羽織】。
この獣臣たちを身に着けし者こそ、桃使いたちの到達点。その偉大な戦士の名は……。
「日本一のぉ! 桃太郎ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
蘇る最強の戦士【傷だらけの桃太郎】。その手に握られしは竜の剣。彼の姉であるフレイベクスが変化したものだ。
「女神マイアス……いや、憎怨! 今度こそ決着を付ける!」
「傷だらけの桃太郎……!」
女神マイアス、否、憎怨はかつてを思い出す。滅びの一歩手前まで追い詰められた時の事を。そして、それを成さんとした最強の存在を。
今ここに、その最強が蘇ったのだ。
刻一刻と変わりゆく未来、それは未来視を持つ女神ですら制御不能となりつつあった。




