758食目 母と子と ~悲しみの閃光~
赤黒い超魔導騎兵と白金の竜騎士が激突し合う。ミレットが操る超魔導騎兵ハルマゲドンと、始祖竜カーンテヒルの化身エドワードだ。
そのあまりの戦いの激しさに、敵味方は一定の距離を置かざるを得ない。迂闊にも二人の戦いに介入した者は無残な姿を漆黒の空に晒すハメになるからだ。
「こいつ……強い!」
「考えが甘いんだよ、こっちは超魔導騎兵ハルマゲドンなんだぞ!」
超魔導騎兵ハルマゲドンは、ラグナロクのベースとなった機体であり、その性能も超魔導騎兵ラグナロクに迫るものがある。唯一の違いは、最大エネルギー量と出力であろう。
超魔導騎兵ハルマゲドンは完全に独立したエネルギーを運用することになるが、超魔導騎兵ラグナロクは、宇宙要塞ASUKAから無限に生産されるエネルギーを供給されて動く機体であり、エネルギーを気にする必要が無い。
ただし、その分、宇宙要塞ASUKAから離れる事ができないというデメリットを抱えていた。
そのデメリットを解消した機体が、リメイクした超魔導騎兵ハルマゲドンなのだ。
「僕の先を完全に読んでいる? こいつ、未来視ができるのか!?」
「ようやく気が付いたか。随分と余裕だな」
超魔導騎兵ハルマゲドンのパイロットであるミレットは、エドワードを大型魔導ライフルで撃ち抜く。このライフルも当然のように全てを喰らう者の能力を付与されており、防ぐことはほぼ不可能だ。
「甘いっ!」
しかし、唯一防ぐ方法がある。目には目を、歯には歯を、そして……全てを喰らう者には全てを喰らう者なのだ。エドワードの持つ始祖竜の剣は、それを可能にする。
だからこそ、戦いは長引きに長引いた。両者とも体力を消耗し、エネルギーも消耗しきっていた。泥沼の戦いである。
しかし、女神マイアスはこれを狙っていた。超魔導騎兵ハルマゲドンもミレットも、しょせんは捨て駒なのだ。それで、カーンテヒルの化身であるエドワードを足止め、ないし排除できれば儲けもの程度の考えであった。
「これは拙いな……でも、こいつをなんとかしないと!」
「粘るな……未来予知システムも完全ではないのか?」
両者に焦りの色が浮かび始める。その矢先、宇宙要塞ASUKAから超巨大砲台が姿を現した。それを目撃しエドワードは隙を見せてしまう。
その隙を逃すミレットではなかった。即座に魔導光剣を引き抜き刀身を発生、その刀身を極限まで収束させ、エドワードに肉薄し、彼の胸を貫く。
「し、しまっ……!」
ごぼり、と喉からせり上がる液体に、己の迂闊さを思い知る。貫かれたのは彼の心臓、通常であれば即死だ。
「ふっははははははははははっ! 勝った! 勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ミレットはコクピット内で狂喜乱舞した。洗脳によって彼は宇宙要塞ASUKAに座する女神マイアスを、己の母として認識している。彼女に与えられた任を全うすることこそが、彼の至上の喜びとなっているのだ。
だが、直後に衝撃、超魔導騎兵ハルマゲドンのコクピットが赤く染まる。警告の表示がモニター画面を覆い尽くした。
「な、何事だっ! う、うわぁっ!?」
モニター画面に映っているのは巨大な白金の竜であった。その心臓には始祖竜の剣が突き刺さっている。
まさかの存在にミレットは混乱をきたすことになった。
「ゴゥアァァァァァァァァァァァァッ!」
咆哮、宇宙が震撼した。それだけで無数の魔導騎兵たちが爆散してゆく。その白金の竜の強大さは、超魔導騎兵ハルマゲドンですら委縮させるものがあった。
「な、なんだこいつはっ! ば、化け物めっ!」
この竜の正体はエドワードである。彼は最早、助からないことを悟り、自分で自分を殺したのだ。しかし、殺したのは人であるエドワード。
竜であるエドワードは戒めから解き放たれ真の力を開放、敵を滅ぼすだけの獣と化す。
『これでいい。エル……今、そっちに行くからね……』
そこで、エドワードの意識は途切れた。その想いは白金の竜の咆哮に乗り、彼女の下へと届けられる。彼の亡骸である竜は、ただひたすらに敵を求め暴れる。その視線の先に、決戦兵器【ジャッジメント】の姿があった。
超魔導騎兵ハルマゲドンを無視し、超巨大砲台へと羽ばたく白金の竜。
「いかん! あれをやらせるわけにはっ!」
「ミレット! ミレットなのでしょう!?」
慌てて白金の竜を追いかけようとするミレットに届く声。その声は女神マイアスの声に間違いなかった。
しかし、彼は心がざわつくのを感じ取る。同時に度し難い鈍痛を覚えた。
「ミレット! 返事をしてちょうだい! 私です!」
「誰……だ! おまえはっ!」
「私を忘れてしまったのですか! マイアスです! あなたの母、女神マイアスです!」
「マ、マイ……おめぇ……!」
ゲオルググは、マイリフの口から衝撃の事実を知り困惑する。しかし、直後に向けられた銃口に超反応する辺り直感が冴え渡っていた。
「あっぶねぇ! おい、マイ! ありゃ駄目だ!」
「ミレット! ミレット!」
「だ、黙れっ! ノイズが……ノイズが走るっ!」
ミレットの見る景色にはザーザーと砂煙のようなノイズが映っていた。時折、記憶にない光景を垣間見る。だが、それは、確かな彼の記憶。
それを見る度に胸が痛み、彼は目から大粒の涙を流す。それは、ミレットそのものであった。
「やめろ……やめろっ! 僕を惑わすなっ!」
「ミレット!」
「待て! マイ! 行くなっ!」
マイリフがゲオルググの下を飛び出した。ゲオルググはマイリフを止めることのできなかった自分を悔やむ。追いかけようとするも超魔導騎兵ハルマゲドンの銃撃が激しく、追うことは叶わない。恐怖に竦む自分が情けなくて涙が込み上げる。
「ちくしょう……こえぇよ、こえぇじゃねぇか!」
それでも、マーベットの顔が思い浮かんだ時、既に彼はマイリフを、マイを追いかけていた。だが届かない。
「なんでだよ! あんなに遅いじゃねぇか! 届けよ、届けっ!」
それは不可思議な現象であった。移動速度はゲオルググの方が早いはずなのに追い付けない。それどころか、引き離される。否、ゲオルググだけが彼女から離されているのだ。
やがて、超魔導騎兵ハルマゲドンとマイの姿が米粒のように小さくなっていった。
「どうしてだよ……なぁ、マイよぉ……答えてくれよぉ」
ゲオルググの慟哭はマイに届くことはない。ここから先は人ならざる者の領域なのだ。それが、ただの人間であるゲオルググを拒絶し遠ざけた。
「ちくしょう……」
己の無力さに気力を失ったゲオルググは、流れに身を任せ広大な宇宙を漂う。そんな彼を受け止める者がいた。
「ミレット……今、お母さんが行くからね」
「やめろっ! くるなっ! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ミレットは度し難い苦痛に耐えながら超魔導騎兵ハルマゲドンに魔導ライフルを撃たせまくる。しかし、碌に照準も合わせず撃つ破壊光線が、小さな的であるマイに当たるわけがない。それでも、何発かはマイを掠め、GD・ラングストレーナーの装甲を融解させている。
その熱にマイは苦悶の表情を浮かべるも、ミレットに向かうことを止める様子はない。
「やめろ……やめて……まい……あす……さま」
「ミレット!」
マイは両腕を広げミレットの超魔導騎兵ハルマゲドンに飛び込む。しかし、その行動に超魔導騎兵ハルマゲドンは反応、防衛システムが起動し、自動で魔導ライフルの照準を合わせて発射した。
一瞬の閃光の中に消え去るマイの姿。それを目撃したミレットの脳裏に、濁流のように流れ込み始める幸福だった日々の記憶。それにより彼は全てを思い出した。
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ミレットは絶叫した。取り返しのつかない過ち、母殺しの罪が彼を発狂させる。
頭を掻き毟り、顔を掻き毟る。流れる血と痛みが皮肉にも彼を現実へと引き戻した。
「僕は……取り返しのつかないことを……してしまった……!」
涙の代わりに流れる赤い血は、ポタポタ、とミレットの衣服を汚した。その赤い血を見て、母マイアスの笑顔を思い出す。途方もない怒りが込み上げてきた。
「死ぬのは、いつでもできる……よくもやってくれたな……原初の女神!」
ミレットは復讐を誓い、超魔導騎兵ハルマゲドンを宇宙要塞ASUKAへと向かわせた。復讐の天使ミレットの誕生である。
時同じくしてライオットの【全ての命との絆】が発動、ミレットは完全に女神マイアスの呪縛から解き放たれる。
「ハルマゲドンの強制自爆システム解除。好きにはさせない、絶対にだ!」
そこに天使の姿は無かった。ミレットは復讐の鬼として、鬼の総大将の首を狙う。
赤黒い超魔導騎兵ハルマゲドンは、そんな彼を真の主とし従順な姿勢を見せたのであった。




