749食目 鬼の桃使い
「久々の表だ、楽しませてもらうよぉ?」
『(やめて、そんな動かし方をしたら、お祖父ちゃんとウルジェが死んじゃうよ!)』
「知ったことじゃないねぇ! 僕は、あいつを潰せればいいのさぁ!」
歪みのせいで目覚めた熊童子は、プルルの身体を乗っ取った形となる。裏へと追いやられたプルルは、なんとか身体の支配権を取り戻そうともがくも、文字どおり手も足も出ない状況であった。
「きみは、ただ黙って見てりゃあいいのさ。そうすりゃあ、愛しの旦那と、いくらでも床を共にすることができる。なぁ? 好きなんだろ? 旦那」
『(そ、それは……)』
「僕はきみさ、きみは僕さ。くふふ、長いこと人間と共にいるとさ、嫌でも理解しちゃうんだよね」
熊童子は強引にGD・U・デュランダを上昇させる。プルルの細い身体が悲鳴を上げた。
十分に距離を稼いだ後にGDのサブアームを伸ばし、先端に装備されている超大型魔導光剣の刀身を発生させる。
「僕もね、ライオットが好きさ。あの逞しいもので貫かれるのに喜びを感じる!」
『(それ、ここで言うことかい!? 止めておくれ、みんな聞いてるんだよ!)』
「聞かせてるんだよっ!」
加速、GD・U・デュランダが猛スピードで超魔導騎兵オーガに突撃した。
「ぬぅ、歪みは効かんか! 忌々しいのう……鬼力【貫】!」
『ようやく思い出したのかい? 僕の鬼力は全てを貫く。決着は特性じゃなくて実力で付けるのが好ましいだろ? ほら、掛かって来いよ、卑怯者!』
「言わせておけばっ! この金童子の力を見せてくれるっ!」
『そんな事より、おうどんが食べたい』
「星熊は黙っとれ!」
切迫した状況であるが、しっかりと星熊童子にツッコミを入れた金童子は超魔導騎兵オーガの爪に鬼力を流し込み、迫る熊童子を迎え撃つ。
すっかり蚊帳の外になってしまったユウユウとリンダは、どうしたものかと話し合っていた。
「どうしようかしら、勝負に割ってはいるのも無粋よねぇ」
「だよねぇ……でも、今更いもいもベースには追い付けないし」
そんな二人の目に飛び込んでくる巨大な城の姿。超機動要塞ヴァルハラである。その前方では鬼と桃使いたちが激しい戦いを繰り広げていた。
「あら、丁度良いわ。桃力の慣らし運転といきましょう」
「いいのかなぁ? まぁ、いいか」
「熊とプルル、私たち暇だから、あそこで遊んでるわ。ちゃんと合流しなさいよ?」
『くふふ、了解だよ。話したいことも沢山あるしね』
こうして、桃使いになった鬼、というわけの分からない存在は、鬼と桃使いたちの戦いに乱入する。突然の乱入者に両者は目を丸くした。
「お、鬼だと!?」
「茨木童子だというのか!?」
しかし、直後に桃力の輝きを見せ付ける乱入者たちに、更なる衝撃を覚える。二人の頭には、確かに鬼の証である黄金の角が生えていた。しかし、そこに桃力が共存している。
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「うふふ、怖いでしょう?」
驚愕する鬼に対してユウユウは拳を叩き付ける。桃色の輝きを残して鬼は消滅、輪廻へと還った。その光景を目の当たりにして、一人の少女が近付いてくる。宮岸誠司郎だ。
「ユウユウさん!」
「あら、誠司郎。綺麗になったわねぇ」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて!」
そのタイミングで鬼が魔導兵器であるビームクラブを振り下ろしてきた。破壊光線を棍棒の形で維持できる能力を持っており、打撃にも斬撃にも使用できる便利な武器だ。
その一撃を難なく回避するユウユウと誠司郎。攻撃してきた鬼は、もれなくリンダの一撃によって退治された。
「うわぁ……これが桃力か。直に使うと威力も段違いだね」
「そうねぇ、でも鬼力のような爽快感は無いかしら」
「あっ、それそれ! こうなんというか……バシバシっ、てのが無くて、もにゅん、という感覚?」
そんな三人に近付いてくる桃太郎あり、初代こと吉備津彦だ。その表情は当然のごとく困惑の色が濃い。
「久しいな、茨木童子。九十九代目が生きていた時、以来か?」
「あら、初代さん。まだ現役してたの? がんばるわねぇ」
「うっわ~、老けたねぇ」
「心労が祟ってな。それよりも、その桃力はどうした?」
ユウユウとリンダの辛らつな言葉をさらりと受け流した吉備津彦は、二人が身に纏う桃力を問い質した。なので二人は答えた、歪みによって鬼力が反転した、と。
「なんで、鬼力が反転するんだ。というか、肉体は鬼で、力が桃力とは矛盾している」
「矛盾なんて今に始まったことじゃないわ。小さかった頃は知らなかったとはいえ、神桃の実を食べていたわけだし」
「桃先生、美味しいよね」
「あらやだ、リンダって今でも食べてるの?」
「え? ダメなの?」
吉備津彦は、こめかみを揉み解した。頭痛を覚えたのだ。
終末を迎えるにあたり常識がどんどん崩壊していっている。今の常識は次の瞬間に非常識になっているのでは、とまで感じたのだ。
「いや、それはもういい。聞きたいのは、おまえらは敵か味方か、ということだ」
「うふふ、私たちはエルティナの味方よ」
「それ以外は割とどうでもいいかなぁ」
「いや、大切なことですよ、ユウユウさん、リンダさん」
吉備津彦、ユウユウ、リンダ、誠司郎の四人は会話をしながら鬼と交戦していた。その姿に鬼たちは激怒、真面目に戦っている自分たちが、こんな連中に後れを取るはずがないと、一斉に襲い掛かる。
「いやぁん、そんなに来られたら、ユウユウ、こわれちゃぁう!」
「そんな玉じゃないくせに」
ユウユウは桃力が籠った右手を突き出す。リンダはその手に重ねるように左手を重ねた。
「桃力特性【振】」
「桃力特性【波】」
そして解き放たれる桃色の波動。それは二人を中心として広範囲に拡散した。
「む、これは……!」
あくまで優しいその波動は鬼たちを捕らえ、瞬く間に眠りの世界へと誘う。彼らが目を覚ますのは戦いが終わった後であろう。
「やっぱり、違和感よねぇ」
「うん、こう、でっかい光線がドバーって出るのかと思ったら、ほわんほわん、って光が出てきただけだもん」
しかし、この力は凄まじいものであり、あれだけ荒ぶる鬼たちが、一人残らず穏やかな眠りに就いている。現役の桃太郎とて成し得る事ができない恐るべき桃仙術であった。
「鬼の桃使いか……もっと早く目覚めてほしかったところだな」
「残念でした。エルティナがいなければ、私たちは反転した時点で消滅してたわ」
「あっ、そうか! 実は私たち、危なかったんだね」
今頃、ぶるぶると震えるリンダに、ユウユウたちは苦笑する。その一方で、熊童子、プルル組と金童子、星熊童子組との戦いも佳境を迎えていた。
「この超魔導騎兵オーガにここまでやるか……!」
『おまえの操縦テクニックが劣っているだけだ』
二機の超兵器は既に満身創痍であった。損傷していない部分を探すのが困難になっている。エネルギー、弾薬共に底を尽きかけていた。それでも二機は宇宙に在り続ける。
「(このままでは……オーガとて持たんか)」
『(GD・U・ユニットも限界か……ならば)』
二人の鬼は戦いの決着を予感した。恐らくは次が最後になるはずだ、と自分を言い聞かせる。だからこそ、最後に無線を開く。
「熊よ、最後に言っておくことがある」
『奇遇だね、僕もさ』
「わしは、お前が、大嫌いじゃ」
『気が合うじゃないか。僕もおまえが大嫌いさ』
『「くたばれっ!」』
二機の超兵器が突撃をおこなう。回避など考えぬただの突撃だ。その瞬間、熊童子はGD・U・ユニットのコクピット部分を強制排出した。
『プルルさん~!?』
『なんじゃと! 強制排出じゃとぅ!?』
激突し合う両機、その勢いは機体を大破させるには十分過ぎた。
砕け散るは鋼の肉体か、それとも命か。ウルジェとドゥカンの叫びは閃光によって掻き消された。




