748食目 歪む者たち
エルティナが宇宙要塞ASUKA防衛ラインを突破せんとしている頃、鬼の四天王と交戦するプルルと、いばらきーずは一進一退の攻防を繰り広げていた。いまだに様子見の域は出ない。それは、互いの実力が均衡しているがゆえ。
「ぐっ! 大きい図体をして、よく動く!」
『ひっひっひ! そりゃあ、こっちのセリフじゃて!』
超巨大な戦闘兵器が黒い空でぶつかり合う光景は、言葉では言い表せないような異様さを存分に発揮していた。それは百メートル級の巨大兵器に、人のサイズで戦いを挑む二名の姿にも言える。
「あんたらねぇ……動くと当たらないでしょうが!」
『くすくす、さっきは動いていなかったのに当たらなかったじゃない』
『や~い、鬼さんこちら!』
コクピット内の星熊童子は「おまえも鬼だろうが」と愚痴て、魔導騎兵スターベアーの手の平から破壊光線を発射した。しかし、ユウユウはこれを難なく回避。
「ちっくしょうめ! 大きさが違い過ぎるよ!」
『あら、どうしたの? そんな玩具は捨てて掛かって来なさいよ』
『あれれ~? それとも……怖いのかな?』
「……やろう、ぶっころしてやらぁ!」
星熊童子は露骨な挑発を受けて激昂、愚かにも魔導騎兵スターベアーを乗り捨ててしまう。宇宙空間に飛び出した彼女は……何故か全裸だった。
「……あれ? 泳いでいるのに曲がれない」
「海じゃないんだから、推進装置がないと移動もままならないわよ?」
「……たしけて」
結局、星熊童子はユウユウに救助されて呆気なく敗北。まさかのクソ情けない敗北の仕方に、金熊童子は頭痛を覚えた。
「何をやっておるんじゃ! バカたれがっ!」
『うぐぐ……何も言えねぇ』
「ええい、もういいわい! 後はわしがやる!」
金熊童子は乗り捨てられた魔導騎兵スターベアーの下に向かいつつ、たどたどしい手つきでコクピット内のボタンを探す。自分専用の魔導騎兵とは言え、全てを把握している様子ではなかった。
「え~っと、あったあった、これじゃ。ポチっとな」
それは合体変形ボタンだ。元々、この二機の魔導騎兵は一機の超巨大魔導騎兵であり、名を超魔導騎兵【オーガ】という。実のところ、鬼ヶ島の正体でもある。
「本来は、もう一機合体するんじゃが……虎熊のヤツは来ないからのう」
合体が完了した超魔導騎兵は、全長二百メートルにも達するかという巨大兵器へと変貌し、プルルのGD・U・デュランダですら子供のようなサイズへと落ちてしまう。
超魔導騎兵オーガの姿はまさに鬼。頭部に二本の角、逞しい胴体に太い四肢と、荒々しさを十二分に表現している。
「なんて大きさだい!?」
『大きければ~、いいってものじゃ~ないですよ~』
『そうじゃ、機体が大きい分、こちらの攻撃も当て放題じゃて』
プルルは、それもそうだ、と思い直し攻撃を再開する。彼女は、相手は一人となって組し易い、と判断し超大型魔導キャノンの一撃を放つ。
しかし、その熱光線は超魔導騎兵オーガに当たる寸前に逸れて行った。これにプルルは衝撃を覚える。直撃コースであったのだから当然だ。
『ひっひっひ! 無駄じゃて、鬼力【歪】! わしの鬼力は全てを歪める!』
「軌道を歪めた、というわけかい。厄介だね」
金熊童子から、莫大な鬼力が解き放たれ宇宙が歪み始めた。それは法則すらも歪ませる。
「何を呆けておる、星熊。泳げるようにしてやったから戻ってこんか」
「え? わっ、本当だ」
なんと、宇宙の常識すらも歪めてしまったのだ。捕虜として辱めを受けていた星熊童子は好機とばかりに空間を蹴り、超魔導騎兵オーガの下へと向かった。
これには、星熊童子の額に油性マジックで【肉】と書き損ねたリンダも憤慨する。
「まて~! 首置いてけ!」
「んなことできるかっ!」
「大丈夫よ、リンダ。お尻に【やり放題】って書いておいたから」
「おまえら、捕虜に対して酷いなっ!?」
「「鬼だもん」」
このやり取りに金熊童子ならずとも、プルルですら頭痛を覚えた。一応、これは最後の戦いである。相も変わらずの締まりのなさに彼らは危機感を覚えた。
「ま、まぁ……なんじゃ。えっと~、ゆくぞっ、ももつかいっ!」
「こるならこい、おにっ!」
ほぼ棒読み状態であったが、両者の戦いは再開された。真の力を開放した金熊童子は、その恐るべき特性を持ってプルルを追い詰める。
金熊童子の鬼力【歪】はありとあらゆるものを歪ませる。攻撃はもちろんの事、それは精神にまで及ぶのだ。
「このっ!」
『プルルさん~、どうしたんですか~?』
『落ち着くんじゃ、プルル! 操縦が荒くなっておるぞっ!』
「わかってるよっ! くそっ!」
精神を歪まされたプルルは、桃力を十分に生産できなくなっていた。過去においても金熊童子はこの方法で何人もの桃使いを葬り去っている。彼の鉄板の戦術だ。
巨大な武器庫と化しているGD・U・デュランダであるが、パイロットの腕前に依存される部分がある。
パイロットのプルルがこの有様では、十二分に性能を発揮しているとはいえなかった。
「ひっひっひ……歪め歪め、己の力も活かせぬまま朽ち果てるがいいわ」
『ずる~い! ひきょうもの~』
「ええい、だまっとれ! 大人しくオーガに鬼力を注いでおれ、【やり放題】!」
『ひぎぃ』
星熊童子は沈黙した。彼女はやり放題になってしまったのだ。
しかし、この金熊童子の鬼力は思いもよらぬ方向へと作用した。それは、二人の鬼だ。
「あらやだ、鬼力が出てこないわ」
「でも、違う力が湧き出ているね」
そして、プルルにも異変が起っていた。皆さんは憶えているであろうか。彼女が一度、暗黒面へと堕ちかけていたことを。その彼女のもう一つの自分が飛び出してきたのだ。
「邪魔しないでよね。図体がデカいだけのきみが、僕に敵うはずないじゃないの」
突然、プルルの操縦の仕方が変わった。それは、冷たく、苛烈で、鋭かった。
何事か、とウルジェとドゥカンがプルルの様子をモニターで確認する。そこには壮絶な笑みを浮かべる彼女の姿。それはまるで【鬼】の形相であった。
「うおっ!? なんじゃあ! 歪ませているはずの空間を貫いて当ててきおった!」
黒い空間を蹂躙するかのように飛び回る巨大な箱型のGD、そこから溢れ出しているのは、あろうことか【鬼力】だ。
「お、鬼力じゃとう!? おまえさん、鬼に堕ちたというのか! ならば、こちらへ来い!」
『知ったこっちゃないね』
「なんじゃと?」
『僕が、今、やる事……それは、おまえを、すり潰すことだっ!』
ゲラゲラと狂ったように笑うプルルに、金熊童子はプルルの資質に四天王のそれを見た。
「ま、まさか……おまえさん、【熊】かえ!?」
『ははっ! 折角、良い気分で寝ていたのに台無しだよ! えぇ? 【金】童子!』
再び熱光線が歪みを越えてオーガに直撃する。激しく揺れる機体の中で、金熊童子こと金童子の心も激しく揺れる。
「(よもや、こんな近くに熊童子が……折角、疎ましいヤツを葬れた、と思っておったに!)」
実は金童子と熊童子は犬猿の仲であり、いつも争いが絶えなかった。そこで、金童子は一計を立て、熊童子を葬り去ってしまったのだ。これは、百年以上も前の話である。
その方法というのは人間に卑怯な手段を使わせてだまし討ちをさせる、というものであり、熊童子がそれに気が付いた時にはすでに遅く、首を刎ねられて退治された後であった。
しかし、それは不完全な退治方法であった。桃力入りの毒酒を飲まされた熊童子は、確かに身体が痺れて動かせなくなった。しかし、金童子は当初、この酒を飲んだ時点で熊童子は絶命している予定であったのだ。
なかなか死なない熊童子を認めた金童子は、急いで人間に首を刎ねさせた。これが、大きな過ち。熊童子の肉体は桃力によって浄化し輪廻に還った。しかし、切り離された首は滅びることが無かったのだ。
そこで熊童子は一計を案じる。滅びた振りをおこなうために、自ら首を崩壊させて輪廻に還った、と見せかけたのである。そして、僅かな欠片となった魂は十分な復活を果たすための力を蓄えるべく、人の魂へと潜り込み、宿主と何度も生と死を繰り返しながら力を蓄えてゆくことになる。
その後、金童子は熊童子の死を嘆くふりをして、己の名に熊を加える。本当に仲違いしている者が、仲違いしている者の名を加える事などしないからだ。
鬼たちは金童子の嘆きが本物であることを悟る。こうして、熊童子の死の真相は闇に葬られることになったのだ。
「敵対するのであれば、かつての友とて容赦はせぬ!」
『ははっ、友だぁ? 随分と面白い冗談が言えるなぁ、金童子よ』
再び接触、両者の機体が激しく弾け飛ぶ。この後の事を一切考えない荒々し戦いぶりだ。
「熊童子ですって? あいつ、プルルの中にいたってこと?」
「みたいだね。それよりも……これ」
リンダは手の平に浮かぶ桃色の輝きに困惑していた。ユウユウも同様に桃色の輝きを手の平に浮かべた。
「「桃力よね」」
そう、二人の鬼は歪みに歪みまくった挙句、桃使いに至っていたのだ。歪み過ぎである。




