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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
729/800

729食目 天空神の影

 アポロンを無事に退治したモモガーディアンズたちは再び月中枢へと帰還、お互いの無事を喜び合った。

 若干名、重傷者はいたものの、即座にエルティナによって治療されることになる。彼女は負傷者の存在を認めない、生粋のヒーラーなのだ。


「怪我人はいねがぁ!?」

「ナマハゲかよ」


 しかし、エルティナの被っているお面はひょっとこであった。ナマハゲ特有の怖さは微塵も感じられない。そもそもがエルティナと言う時点で怖さは皆無であるのだが。


「ひょっとこ、こえぇ!」

「おまえは、アレのどこに恐怖を感じたんだ?」


 ただ一人、珍獣にビクビクしているのはトチだ。彼女はナマハゲに脅威を感じているのではなく、ひょっとこの表情が怖いらしい。まったくもって、人それぞれである。


「おかえり、ヒーちゃん」

「……ただいま、エル」


 負傷者の治療を終えたところで、ようやく白と黒は抱擁を交わす。だが、そのタイミングで邪魔者が二人の間に割って入ったではないか。


「このタイミングを狙っていたんだ」

「だにぃ……!?」


 二人の間に突入したのは先の戦いで活躍したエドワードだ。彼は彼女たちの豊かな乳房に挟まれてご満悦の様子を見せた。邪悪、極めて邪悪。


「最近のエドは自重というものが行方不明なんだぜ」

「う~ん、割と最初からなかったよ?」

「……ふきゅん」


 本人にそう言われてしまえば、続く言葉が見つからない。仕方ないので珍獣は鳴いて、その場をしのいだ。


「ご苦労様でした、勇敢なる戦士たちよ」


 無事を確認し終えたモモガーディアンズたちの前に、平静を装うツクヨミが姿を現す。緊迫した中で見る彼女と、落ち着いた状況で見る彼女の印象はまた違った。目が覚めるような美人、とは彼女の事を言うのであろう。

 尚、珍獣は眠たくなる美人である。原因は、その眠たそうな眼であろうか。


「そして、よく無事に帰りました、ヒュリティア」

「……はい」


 ツクヨミはヒュリティアの下に歩み寄り抱擁を交わした。普通であれば、神はこのような行為はおこなわないのだが、集った者たちが者たちなので気にしない方向に持って行ったようである。


 ヒュリティアとの抱擁を終えたツクヨミは、改めてモモガーディアンズたちに向き直った。透き通る声は広い部屋の隅にまで行きとどくかのようだ。


「まずは礼を言わせていただきます。あなた方のお陰で、アポロンは無事に退治する事ができました。ですが……」


 ツクヨミは礼と共に、モモガーディアンズたちに対して爆弾を投下する。物理的な爆弾とは違い精神的なものだ。


「アポロンを失ったことにより、世界は節理の均衡を失いました。先ほども終末を知らせるラッパの音を確認しております」

「つまり……どういうことなんだってばよ?」


 エルティナが拳を握り締め、妙な迫力を醸し出すために集中線を発動。しかし、それによって緊迫感は損なわれた。余計な事をしたばかりにだ。


「え~っと、つまり、最終戦争が起っちゃいます」

「そ~なのか~」


 エルティナのせいで、やはり盛り上がるべき場所が盛り上がらず、ぐだぐだな発表となってしまった。平坦なのはアルアの体形だけでいいはずだ。


「いやいや、普通に聞き流しちゃったけど、凄く大変なことじゃないか!」


 ようやく常識者が重い腰を上げる。桃使いのプルルだ。彼女は事の重大性をモモガーディアンズたちに説明、ようやく事態を理解した戦士たちはどよめきの声を上げた。遅すぎる。


「てことは何か? 女神マイアスとの決戦前に戦争が起こるってことなのか?」


 ライオットがバリバリと頭を掻いてツクヨミに問うた。彼女は答えた。


「いえ、彼らも準備があると思いますので、いきなり戦争状態には突入しないでしょう。時期的には女神マイアスとの決戦に合わせてくる確率が高いですし、それに……」


 ここでツクヨミは、チラリとブルトンの方を見やった。彼は頷き前へと進み出てモモガーディアンズたちに向き直る。そんな彼をグリシーヌは不安そうに見つめたが、ブルトンは大丈夫だ、という視線を彼女へと送った。


「ここからは俺が話そう」


 突然、出てきたブルトンに、何事か、と彼らはどよめいた。だが、内数名は彼が先ほどの力の説明を含めての告白をするのだろうと推測。それは正しかった。


「……まずは皆に謝らせてほしい。俺は皆の情報をとある存在に流していた」

「ふきゅん、それはどういうことなんですかねぇ?」


 ブルトンの告白にエルティナの目がギラリと鋭くなる。やはり、怖くもなんともない。鋭くして、ようやく寝ぼけていた眼差しが直った、程度であるからだ。


「俺は……ブルトン・ガイウスは、天空神ゼウスの分霊だ」


 彼の言葉に反応した者はその言葉の重大性を理解している者だ。首を傾げている者はそれを理解していない者たちとなる。


 地球出身の転生者、及び天空神ゼウスの知識を持っている者たちは、目を見開いて驚愕した。

 だから、エルティナはよく分かっていなくとも首を傾げるべきではない。何をやっているんだ、この珍獣は。


「俺は本体であるゼウスに様々な情報を送るべく、何度も生と死を繰り返してきた。そして、何千、何万となるか分からない転生の末に、モモガーディアンズと出会った」


 ブルトンは語る、天空神ゼウスの真の目的を。それは神々の栄光を取り戻すものではなく、一人の男としての切実なる願い。失われた妻を取り戻す、そのためだけに全てを欺き、昼行燈を演じ続けてきたのだという。

 神々の時代が失われたのは時代の流れというものがあったが、ゼウスが意図的に起こしたものでもあった。


「彼は俺が成長を果たすごとに、その力の一部を吸収し蓄えてきた。神は成長する事ができないからだ。だが、小さな力であっても、万の桁を越えればただ事ではない力となろう。神々は力を失って久しい、だが現在の天空神ゼウスの力は全盛期を上回る」


 それは、妻を取り戻し己の復権を狙っての壮大な計画であった。その計画の要となっていたのがブルトンである。


 天空神ゼウスは早くから桃力の重要性を認識していた。そして、それが普通には手に入れる事ができないことも。だが、彼は考えた。第三者を経由して手に入れることはできないかと。

 それを直ちに実行、そして生まれたのが自分の魂を分けて作り出した分霊ブルトンだ。


 ブルトンは幼い頃からモモガーディアンズとして行動し、桃使いエルティナの桃力の庇護の下、鬼たちと激しい戦いを繰り広げてきた。

 桃力はブルトンを護るべく体内に浸透し、彼の鋼の精神力に呼応し、様々な恩恵をもたらす。その桃力をゼウスは狙っていたのだ。


「もう一人の俺、ゼウスは桃力を保持している。ある意味で彼は桃力が望むであろう心の在り方を備えている。だが、神と人は根本的に違う。必ず、破城する時が来るだろう」


 ブルトンは天空神ゼウスを止めたいと望んでいた。天空神ゼウスにとって、溜め込んだ桃力は切り札となろう。小出しに使うとは思えない。

 女神マイアスとの決戦、その最大の好機に全てを使用するはず。その時、判決は下されるだろう。有罪と断じられれば鬼へと堕ち、そのまま女神マイアスの軍門に下ることとなる。最悪の展開になる事は間違いなかった。


 当然、天空神ゼウス本人もその事態を想定している。それでも、掴みたい未来が、理由があった。


「その時はエルティナ……遠慮なく俺に桃力を叩き込め。俺とゼウスは繋がっているからな」

「それは、鬼に堕ちた【自分】を退治しろ、と言っているのと同じだぞ。分かってるのか?」


 ブルトンは静かに頷いた。天空神ゼウスとブルトンは繋がっている、つまり本体が鬼に堕ちれば必然的にブルトンも鬼に堕ちる事になる。

 ブルトンは保険だ、天空神ゼウスにとって必要不可欠の保険。それは、桃使いが傍にいることによって完璧となる。

 鬼に堕ちたブルトンに桃力が注がれ、退治されれば繋がっている本体にも桃力が行き渡る。即ち神としての愚行を犯す前に今世から消える事ができるのだ。


 そして、次回にこそ目的を達成せんと野望を抱く。彼はこれをずっと繰り返しているのだ。終わることがない輪廻の輪のように。


「俺は天空神の影。それ以上でも以下でもない。本体が影になれば、影は影でなくなる」

「おいぃ、本体が影になったら、影が光になればいいだるるぉ?」

「……おまえらしい発想だな」


 ブルトンはエルティナの発想に苦笑した。珍獣は諦めが悪いことでも有名だ。

 何がなんでも、なんとかしようとする。その諦めの悪さは時に、【奇跡】という名の無茶ぶりを発揮した。彼はそれを何度も目の当たりにし、そして体験してきている。


「(……ゼウス、もう一人の俺よ。おまえは本当は何を望んでいるのだ?)」


 時折、ブルトンは本体から流れ込んで来る感情を感じ取っていた。それは野望めいたものでも、恋慕の情でもなかった。それは疲れ、何もかもが疲れた、という悲哀。


「(おまえが望むのが【それ】であるなら……俺にも考えがある)」


 ここに影たるゼウスにも野望が芽生えた。エルティナの無茶ぶりによる、ちっぽけな奇跡は即ち【種】。芽吹くには暫しの時間を要し、成長させるには多大な労を必要とする。


「天空神ゼウスは超機動要塞【ヴァルハラ】を地球から発進させた。北欧神話の主神オーディンが先頭に立って作り上げた神の船だ。そこには数多の戦士と神々が乗り込んでいる」


 ブルトンは語る、決戦の地は惑星カーンテヒルであると。そして、それを肯定すべくトウヤが重い口を開いた。

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