725食目 月の支配者
「ところで、ヒーちゃんや」
「……何かしら、エル」
「ここは、どこなんですかねぇ?」
エルティナの問いはモモガーディアンズたち全員の質問でもあった。若干名、興味を示さない者もいるが。トチなどは、その代表格といえようか。
「ふはは、手も足も出まい」
「いもっ」
完全に現状を忘れ、キャタピノンたちと戯れる彼女を完全に視界から除外しつつ、エルティナはヒュリティアにすり寄った。そして、彼女の頬に自分の頬を合わせ摩擦。
エルティナ必殺の【お願いほっぺちゃん】である。ヒュリティアはこのお願い方法に弱い。珍獣のもちもちのほっぺたの感触が彼女に襲い掛かる。
だが、この場所は機密の塊であった。その入り口部分ではあるものの、気軽に教えてはならないのだ。そのように難儀していたヒュリティアに手を差し伸べたのは、他ならぬ月の支配者ツクヨミだ。
カーンテヒルの月の支配者とは言うものの、本体はやはり地球の月にあった。ここにいるツクヨミはその分身体である。
「ここは、月の中心位当たる場所、その入り口です。初めまして、の方がいいのでしょうか? 全てを喰らう者よ」
「直接会うのは初めてだから、初めまして、でいいんだぜ。ツクヨミ様」
エルティナは間接的に助けられてきたツクヨミに対し頭を下げた。彼女の助力無くして今のエルティナはなかったと言える。影の功労者は間違いなく彼女であるのだ。
「さて、時間はあまりありません。鬼と化したアポロンが月の大地を喰らいながら、ここを目指しております」
「んじゃ、迎え撃ってやるとするんだぜ」
血気に逸るエルティナたちをツクヨミは引き留めた。彼女には何やら策があるらしい。
「まず、この月がなんなのか、あなた方に説明しましょう」
「桃力を溜め込む装置じゃないのか?」
エルティナの指摘に口角を上げる。一定の満足を示した後に、不足分の説明を続けた。
「簡単に言ってしまうと、この月は対異星人用に開発された決戦兵器です。正式名称【MLW・103・圧縮型光線砲・ルナキャノン】と言います」
「よく噛まずに言えたな、ツクヨミ様」
「それほどでもありません」
「謙虚だな~憧れちゃうな~」
少し頬を赤らめ恥じらうツクヨミに、モモガーディアンズたちは胸をキュンとさせた。どうやら、彼女のクールビューティーぶりは演出しているだけのようである。
「こほん、私はこの兵器を来たる決戦用に改良していたのです。使用エネルギーを桃力に変更し、鬼に対してのみ効果を発揮できるようにしました」
「つまり、もう異星人なんて来ないから、こいつを惑星カーンテヒルにぶっぱできるようにしたってことなのかぁ」
「そんなところですね。そのために桃力を溜め込んでいたのですが、その一部を奪われた形となりました」
ツクヨミはアポロン襲撃に備え、月の神桃の大樹に溜め込んだ桃力の大半をルナキャノンへと移した。
しかし、その作業が終わるか終わらないかのタイミングでアポロンは月へと転移、そのままの勢いで月の神桃の大樹から桃力の一部を奪い取ってしまう。
幸運だったのは、桃力の一部にもかかわらずアポロンが満足してしまったからだ。
不幸だったことは、それだけでも十分過ぎるほどのエネルギー量であったこと。アポロンが驚異的な力を得るには十分過ぎた。
「ふきゅん、その不足分を俺が補えってことか?」
「早い話がそうなります。モモガーディアンズたちはアポロンをルナキャノンの射線軸までおびき出してください。桃力の閃光で赤黒い蛇たちを一掃してしまいますから」
ツクヨミの提案に、モモガーディアンズたちは難色を示した。作戦自体に不満はない。
だが、アポロンをルナキャノンの射線軸にまで誘導するとなると、作戦行動が可能な者が限られてくるからだ。
「ツクヨミ様、それでは作戦可能な者が少な過ぎて達成が困難になってしまいます。それに、エネルギー補充と同時進行ですとエルティナの力も頼れません。危険過ぎます」
フォクベルトの指摘にツクヨミは満足気に頷く。それは、我に策有り、を体現していた。
ツクヨミが繊細な陶芸品のような白い手を虚空に差し出すと金切り音を一瞬放ち空間が割けた。そこからマジックカードの束がゆっくりと出てきたではないか。
「これはプロメテウスが、あなた方のために開発したGDバックパックです。装着すれば宇宙空間での活動が可能となります」
「え? ぷろ……?」
「あぁ、あなた方には【ドクター・モモ】と言った方がよかったですね」
「「「「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」
まさかのカミングアウトに、モモガーディアンズたちは一瞬の間を置いて絶叫を上げた。
彼らもドクター・モモは何かおかしい、とは感じていたようだ。しかし、まさか神であったとは思わなかったようで、あんな気さくな神がいてたまるか、とすら思っている。
事実、ドクター・モモはプロメテウスで間違いない。それも本体である。
というのも、プロメテウスは三万年もの拷問の最中、自身を啄む大鷲を、その体内から支配し肉体を乗っ取ったのである。
その後は自らの肉体を啄みつつ、大鷲の体内にて人間サイズの新しい肉体を構築。完成と同時に体外へと排出し、人間社会へと紛れ込んだ。
そして、本体はそのまま天界で活動させ、天空神の目を誤魔化し続けたのである。
やがて、新たな肉体は桃使いとして覚醒し、現役引退後は桃アカデミーの技術顧問として活動していた。全ては来たる日のためにだ。
「彼はいつか、この日が来ることを予見していました。何万、何億もの転生を繰り返していますからね」
「それはツクヨミ様もだろ?」
彼女はエルティナの問いに、微笑みでもって返答とした。そして、GDBPを装着するように促す。
ガンズロックなどはGDが苦手であることを考慮してか、服や鎧の上にブースターやスラスターが装着される形となっていた。見た目は、それらが単品で張り付いているような形となる。
つまり、裸で装着すると見た目が大変にシュールになってしまうのだ。
「ほう、これならむず痒くなくていいじゃねぇか!」
「練習したいところだけど……ぶっつけ本番をするしかなさそうだな」
ガンズロックはスラスターを吹かしながらふよふよと宙に浮いて感触を確かめている。
リックはスラスターの配置個所を確認しつつ、ドリルランスを構え、GDBPのイメージトレーニングをおこなっていた。
「ツクヨミ様、非戦闘員は、ここに残しても構わないよな?」
「勿論です。今回の作戦はかなりの危険を伴いますからね。精鋭部隊で臨んでください」
彼らは妊婦のララァ、幼女リルフを残し出撃と相成った。この作戦の肝はアルテミスの力を宿すヒュリティアをいかにして守り、アポロンをルナキャノンの射線軸に誘導するかがカギとなる。
「さぁ、裏側からゲートを開きます。準備はいいですね?」
「いいも何もないですよ。やるしかないんですから」
気迫に満ちたエドワードの表情にツクヨミは満足を示す。最後に彼女はヒュリティアに対して告げた。
「必ず生きて帰ってきなさい。あなたは死ぬわけにはいかないのですからね」
「……心得ています」
その様子は主と家臣のようにも見えた。しかし、エルティナは感じた。まるで二人は親子のようであると。
「(ふきゅん……気のせいのような気もしないことにも無きにもアラジン)」
考え過ぎたエルティナの脳内ではバグが発生し、アラビアンナイトの衣装を身に纏ったヒュリティアとツクヨミが、キャタピノンのバックダンサーに囲まれて阿波踊りを披露する、という混沌映像が流れる。そして、珍獣は考えることをやめた。
「それじゃあ、行ってくるよ。エル、エネルギー補充の方は任せるからね」
「ふきゅん、任せろぉ。エド、ヒーちゃんを頼むぞ」
「任された。行こうか、ヒュリティア」
「……えぇ、ツクヨミ様、行ってまいります」
モモガーディアンズに護られながらヒュリティアは月の中心部から外へと向けて出撃を開始。その力の流れに反応したアポロンが進行方向を変更する。月での戦いは佳境に差し掛かろうとしていた。
果たして、勝利を掴むのは、いずれの者たちであろうか。




