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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
722/800

722食目 Aの娘

 逃げるエルティナたちを捕食せん、と雨のごとく天から降ってくる赤黒い蛇たち。

 それを目の当たりにしたブランナが蝙蝠の羽を背から生やし、赤黒く染まる空へと舞い上がる。


「ブランナっ!」

「エル様、お任せをっ! それっ!」


 ブランナは手と手の間に赤黒く発光する球体を生み出し、明後日の方向へと放った。それを幾度か繰り返す。

 すると、天より降り注いでいた赤い雨たちが、吸い寄せられるかのように放たれた球体へと向かってゆくではないか。


「やっぱりそうですわ。あの赤黒い蛇たちはエル様の味を覚えている」

「俺の左肩を喰らった際にか」

「はい、ですので、食後のデザートとして頂いたエル様の血を少量混ぜた光弾を、デコイとして撒き散らします。その隙にエル様は皆さまの下へ!」

「任せた、ブランナ! ヤドカリ君っ!」


 ブランナは矢鱈滅多らと光弾を撒き散らし始めた。それでも、光弾を無視してエルティナを目指す蛇たちはいる。


「ええい、しつこい! 来たれ、全てを喰らう者・炎の枝! チゲ、頼むっ!」


 エルティナの炎の紋章が刻まれた右腕が巨大な炎の腕と化し、降り注ぐ赤黒い蛇たちを薙ぎ払った。その際に起る風は熱風と化し、赤黒く染め上げる天を焼き焦がす。

 そして、彼女はそのまま巨大な炎の手を使用してハンドサインを待機組に送った。






「ええっと……超危険、皆逃げろ……マジか」


 待機組のダナンが、エルティナのハンドサインをいち早く解読し、待機メンバーに退避通告をする。

 それまで余裕があった待機組の雰囲気が一変、緊迫の様相を呈してきた。


 プリエナを護るルバールシークレットサービスの動きは相変わらず俊敏だ。すぐさま状況を確認し、プリエナを避難させる準備を整える。


「ダナン! に、逃げるったって、どううするさね!? どこに行けばいいさね!?」

「落ち着け、アカネ! なんだっていいから、とにかく逃げんだよっ! モルティーナ!」

「おあ~、分かってるっすよ~」


 ダナンはモルティーナに予てから頼んでおいた獣化を要請、彼女はたちまちの内に山のようなモグラへと変化を果たす。


「ルリティティスさん! リルフちゃんと乗って! ララァ、グリシーヌもだ!」


 非戦闘員をモルティーナの背に乗せた後に、ダナンも魔導ピストルを抜いて彼女の背に乗る。続いてスラックにも背に乗る事を要請した。


「スラックも頼む! 魔導スナイパーライフルの腕前、期待してもいいよな!?」

「おう、任された!」

「アルアは……大丈夫そうだな」


 そこには蠅とも獣ともつかない異形の存在が背中に張り付いている、白き少女の姿があった。手には黄金の蜂蜜のような物がが満たされている瓶を持っている。


「あはは! ばいあくっへ! あははは! ひっく」

「それって……あぁ、バイアクヘーね。いや、それよりも、アルアって酒弱いのか」

「あははん、いあいあ! にゃ~! あははは! ひっく」


 ダナンは神話生物を目の当たりにしても、まったく精神が病まない自分に嫌気がさした。

 だが、彼は知っているのだ。これより、SAN値どころか体すらもゴリゴリ削ってゆくであろう存在が到来することを。エルティナの【超危険逃げろ】とは即ち……。


「来たぞ! 案の定、全てを喰らう者だ! 皆、逃げろぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「バカじゃねぇの!? なんだよ、あの数はっ!」


 ダナンはこちらへ向かってくるヤドカリ君を確認。その上に載っているエルティナたちの無事を認識すると、直ちに避難を指示した。

 ロフトは天を埋め尽くすような数の赤黒い蛇に目を疑い、また呆れ返りもした。最早、彼らがどうこうできるような数でも状況でもない。今はとにかく逃げることが優先されるのだ。


「どうして、毎度毎度こうなのかねぇ!?」

「んなこと知るかよ! とにかく、逃げながら迎撃しかねぇだろ!」


 ダナンとスラック、ララァは空中を泳ぐ巨大モグラ、モルティーナの背中で、天より降り注ぐ赤黒い蛇を魔導銃で迎撃する。地上では魔法を使える者たちが攻撃魔法を行使して迎撃を試みるも、やはりその数は脅威であり、殆ど効果を発揮することはなかった。


「ひえっ、気持ち悪過ぎますっ!」


 GDモモチャージャーを身に纏うメルシェは機体を後退させながらファイアボルトの雨を地上から天へと降らせる。しかし、その殆どは赤黒い蛇に喰われ、効果を発揮することも無く消失していった。


「り、理不尽すぎますぅぅぅぅぅぅっ!」

「メルシェっ! 前に出過ぎるなっ!」


 迂闊にも前へ出過ぎたメルシェへ赤黒い蛇たちが殺到する。そんな彼女を抱きかかえ跳び退るフォルテ。その際に体の数か所に接触されてしまう。


「っ! ちっ、喰われたか」


 全てを喰らう者に触れた者は、その触れられた部分から捕食されることになる。つまり、掠っただけでもダメージを負ってしまうのだ。

 フォルテの腕や足から鮮血が流れ出す。しかし、傷は浅い。


「フォルテ!?」

「問題ない、かすり傷だ」


 フォルテの言うように彼の動きに乱れはなかった。動揺するメルシェをモルティーナに送り届け、自身は赤黒い蛇たちの迎撃に戻る。


「フォルテ、無茶はするな」

「……無茶じゃないさ」


 軽傷ではあるが、それを認めたシーマは走りながら治癒魔法でフォルテの怪我を治療した。

 エルティナのように瞬時に癒せないもどかしさに、彼女は歯噛みする。


 そんな彼女らの頭上をびゅんびゅんと飛び交う白い影。先ほどから迎撃もすることなく、ただ忙しなく飛び回るだけのアルアが、その動きをピタリと止める。


「あはは! くっくあちち! る~るるる! あははは! ひっく」


 奇怪な生物を背中に張り付けている白き少女は、その手の中に干乾びた人形のような物を抱きかかえていた。それを目の当たりにしたダナンは、今度こそSAN値を削られることになる。


「バカ野郎っ! なんてもんを呼び出してんだ!」


 ダナンはとにかく皆に全力で走る事を指示。その血相にモモガーディアンズメンバーはただ事ではないことを察し、いよいよ迎撃を中止し全力で逃走を始める。


 それから数秒後、白き少女の姿が掻き消えた。そして、天からは赤黒い蛇の代わりに白い灰と、灰色の光が降り注ぐ。そして、灰色の光が降り注いだ場所には、アルアが抱えていた干乾びた人形のような存在が無数に出現したではないか。


「(冗談じゃねぇぞ。あんなものを、ぽこじゃか生み出すとか、最近のアルアはどうしちまったんだ!?)」


 アルアの背に張り付く蠅のような生物の名はバイアクヘー。邪神ハスターを主とする宇宙に適応した謎の生物だ。

 地上では時速七十キロメートでの飛行をおこなうが、宇宙空間では光速の十分の一での速度で移動が可能となる。


「ははは! あははは! ひっく」


 今まさに、アルアは光速の十分の一での速度で移動をしているのだ。そして、その手に抱きしめている木乃伊のような存在の名は、クァチル・ウタウス。

 時を操る存在とされ、触れたものの時間を操作する事ができる。アルアはこの目も鼻もない奇怪な木乃伊に赤黒い蛇を触らせて回っているのだ。


 だが、現在の彼女は黄金の蜂蜜種で酔っぱらっている。そのようなこともあり、彼女は必要以上のクァチル・ウタウス、その劣化コピーを大量に作り出してしまっていた。大惨事であることは言うまでもない。


 白い大地に白い灰が降る。その様子を眺めていたのはモモガーディアンズたちだけではない。ここには、もう一つの勢力が存在しているのだ。それは、獅子身中の虫。

 彼らに最も近く存在していながら、その危険性を認識されず、着実に滅びを運んできた者だ。



「(ふむ……なかなかに良い仕上がりですね。これならば、器として十分でしょう)」


 アルアの中に潜む【千の貌を持つ者】は、予想以上の仕上がりを見せている白き少女に満足を感じ、端正な顔を歪ませる。その腐りきった眼は殺す相手にしか見せない。限界以上に釣り上がる口角は見る者の精神を侵すだろう。


 くつくつと笑う彼は、アルアの体内にて、彼の主のための器を長い時間を掛けて調整していた。そして、それは間もなく完成しようとしていたのだ。


「(精神汚染も一定の数値を保ったまま。これならば、アザトース様にも十分適応できる)」


 彼の計画にはアルアの元の精神が必要不可欠であった。それは痴呆となった主に理性を取り戻させる要素の一つだからだ。

 アルアは彼の予想を遥かに超える精神力を有していた。いまだに壊れない精神に敬意すら覚える。そして、感謝すらした。


「(ふふ、主の肉を与えられた少女が、ここまでに至ろうとは。二百六十三億と千五十七万回の試行錯誤をおこなった甲斐がありました)」


 べろりと舌なめずりをして、彼は己の行為を恥じた。なんとはしたないことか、と。


「(いけませんねぇ……ここから先はもっと慎重にならなければならないのに。旧神に見つかったら元も子もありませんからね)」


 でも、と彼は笑った。ケラケラと、ゲラゲラと。やがて、人では聞き取れないようなおぞましい笑い声へと変わってゆく。


「(だからこその、全てを喰らう者っ! だからこその【彼女の友人】っ! アルア様を消そうとしても、その行為は全てを喰らう者たるエルティナ様の逆鱗に触れるだけ!)」


 彼は顔に右手を、腹に左手を当てて身をのけぞらせる。痙攣しているのは笑いを堪えようとしているからだ。しかし、それは叶わないことであった。

 こんなに楽しい事はないのだ、こんなに愉快な事はないのだ。主の思考を奪った旧神が手も足も出ないような化け物を、こちら側に引き込めたのだから。


「エルティナ様は聡明なお方だ。アルア様がアザトース様の器と知っていながらも、友として扱われている。それは、アザトース様を受け入れるという事と同義」


 彼は知っていた。全てを喰らう者とアザトースが、ほぼ同一の存在であることに。違いは発生した次元ばしょが違うだけ。

 そして、アザトースは混沌を良しとし、今回の全てを喰らう者はその混沌をも受け入れる度量を備えていた。


 全てが、彼に、アザトースに、都合がいいように進んでいる。彼らを止めたい、と願う者にとっては最悪の展開であろう。

 それが、彼にとって、【ナイアルラトホテップ】にとって愉快で堪らない。


「ざまぁみろぉ! 旧神っ! もう誰にも止められない! アザトース様は、我らが神は今こそ復活を迎える! ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 狂ったように笑う。その笑いを聞いたものは皆狂うであろう笑い声に、狂う、狂う、くるう。全ては狂気の赴くままに。歯車も狂ってゆく。


「さぁ、後は時が満ちるのを待つだけ。それまでは、私もゆっくりさせていただきましょうか」


 アルアの視界を介して、彼は滅びの饗宴を堪能する。全てが白く染まりゆく世界に、甘い吐息を漏らしながら。

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