721食目 赤黒い蛇
エルティナは嫌な予感を感じ、輝夜を振り下ろし切る前に横っ飛び。直後にアポロンの腹を割いて何かが飛び出してきた。それは赤黒い蛇だ。
赤黒い蛇はエルティナの左肩を貫通し、肉を喰らい骨を噛み砕いた。そして、そのまま腕に巻き付き、彼女を侵食してゆく。
「闇の枝っ!」
咄嗟にエルティナは全てを喰らう者・闇の枝を召喚。己の左肩ごと赤黒い蛇を喰らわせる。吹き出す鮮血、苦悶に歪むエルティナ。しかし、悲鳴は一切上げない。
ふらつくエルティナを、エドワードが素早く抱き留め、ライオットが彼らのカバーに入る。
「油断したっ!」
「エルっ、こいつらはっ!」
次々と湧き出してくる赤黒い蛇。その正体は全てを喰らう者の劣化コピーだ。ありとあらゆる点で、オリジナルに劣る。
だが、その依代が曲がりなくとも神……いや、元神となれば能力は桁外れとなった。
「うおっ、エル! エド! こいつ、ヤバいぞ!?」
「ライ、迂闊に手を出すなっ! 喰われるぞ!」
かつて、アラン・ズラクティが使用した赤黒い大蛇とは桁外れの力を擁する存在に、モモガーディアンズたちは、その表情に緊迫感を持った。
彼らは、ただちに動けるように身構えるも、若干動きが緩慢だ。
「エルっ!」
「大丈夫だっ! それよりも、皆、動けるかっ!」
返事が返ってくる前に赤黒い蛇が動いた。アポロンは膝を突き俯いている。どうやら意識が無いようで、赤黒い蛇はその本能のみで行動しているらしい。それは即ち、狂おしいほどの飢え。
度し難い飢えを満たさんがための捕食行動。そして、エサは目の前に沢山ある。モモガーディアンズという名のエサたちだ。
だが、その行動に敏感に反応する者あり。白エルフの少女エルティナだ。
「おう! 久しぶりだなぁ! 俺に野生の戦いを仕掛けてくるヤツなんざよ!」
エルティナは即座に治癒魔法〈ヒール〉を行使して左肩から先を再生、全てを喰らう者・闇の枝を前面に配置する。
普段は見せない禍々しい牙を口内にびっしりと生やし、闇の枝は大口を開け放った。
「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!」
「シヤァァァァァァァァァァァァァァァァっ!」
オリジナルとも言える全てを喰らう者・闇の枝に対し、劣化コピーたる赤黒い蛇は臆しもせず威嚇行動に出る。彼らに恐怖という感情は存在しない。それに勝る飢餓感があるゆえに。
アポロンの腹から次々と湧き出る赤黒い蛇は目に映るものを見境なく口にした。それは、神殿すら対象に含まれるのだ。
蝕まれゆく神殿。がりがりと喰われてゆく音は、神殿崩壊までのカウントダウンか。
「お、おい……エル。こりゃあ、拙くないかっ!」
「ふきゅん、そう問われれば、拙いです、としか言えねぇ」
ライオットが手に輝ける闘気を纏わせて向かってくる赤黒い蛇をいなした。がりがりと削れてゆく闘気であるが、削れた先から闘気を発生させて肉体への直撃を避けている。
彼らは幾度ともなく全てを喰らう者との戦いを経てきているので、ある程度、全てを喰らう者の対策が構築されていた。それが、【生贄作戦】である。
これは、全てを喰らう者に自分の代わりとなるものを食わせ、その隙に攻撃を回避する、というものである。
代償になるものは問わない。何故なら、彼らに喰らえないものはないからだ。
魔力でもいいし、闘気でもいい。継続して放出できるのであれば、全てを喰らう者を受け止めることもできるだろう。かなり、リスキーではあるが。
「どうしようか、エル。ここで仕留めておくかい?」
無論、例外はある。エドワードの手にする始祖竜の剣がそれだ。剣は容易に赤黒い蛇を切り払い、容赦なく血肉を喰らい尽してゆく。
この剣は元々、全てを喰らう者・カーンテヒルの牙であり、それは超高速再生する【全てを喰らう者を喰らう牙】なのである。それゆえに、全てを喰らう者・カオスとの戦いは成立したのだ。
劣化コピー程度が、どうこうできる代物ではない。
だが、劣化コピーは数が多く、今のエドワードでは相性が悪かった。彼もそれを理解しているようで、本体であるアポロンに切り込めずにいる。
「そうしたいところだけど……アイツ、節操がねぇな」
アポロンの腹からいずる赤黒い蛇は親たる彼をも蹂躙し、赤黒い塊へと変貌させてしまっている。最早、彼は人の原形すら保っていないだろう。
愚かな道化の末路に、エルティナはひっそりと哀れみの眼差しを送る。
「うわわっ! おい、食いしん坊っ! 外の連中がヤバいんじゃねぇか!?」
「けけけ、落ち着け、マフティ。連中には俺が〈テレパス〉で連絡しておいた」
マフティとゴードンは、GDのバーニアを駆使しながら空中で赤黒い蛇を回避し続けていた。しかし、重装甲のGDであるブルトンはそうもいかない。分厚い装甲を削られながら、なんとか回避しているような状態だ。
「……やはり、相性はよくないな」
「ブルトンは下がりなさいな。邪魔よ」
「お言葉に甘えさせていただこう」
「後で聞きたいことが沢山あるんだから、死ぬんじゃないわよ」
「……善処しよう」
ユウユウの辛らつな言葉に、ブルトンは表情一つ変えることなく従う。この状況下でプライドも何もないのだ。
無理を通せば、己だけでなく仲間さえも命を落とすことになる。彼は、それを誰よりも理解していた。
アポロンの腹から飛び出して来る赤黒い蛇たち。その現象は一向に泊まる様子を見せない。
そんな折に、ひときわ大きな石片がエルティナの頭上に落下してきた。それをブランナが大鎌を用いて両断し、主への直撃を防ぐ。神殿崩壊まで、もう一刻の猶予もないらしい。
「エル様っ! このままでは神殿が倒壊しますわっ!」
「マジか。そっちの方が一大事だな。皆、逃げろ~!」
「「「「わぁい!」」」」
ブランナの報告により、神殿が倒壊しつつあることを知ったエルティナたちは、大急ぎで撤退を開始した。当然、赤黒い蛇はみすみすエサを逃しはしない。
無数の赤黒い蛇が、逃げる獲物を捕らえん、と大挙して伸びてきた。それは、まるで一匹の生物のようだ。
「来たれっ! 全てを喰らう者・雷の枝! ヴォルガー・ザイン!」
「我、主君に従いて、ここに見参っ!」
迸る雷光と共に、紫電を身に纏う龍が姿を現した。周囲に撒き散らす雷が赤黒い蛇を焼き尽くす。それは即ち、ヴォルガー・ザインの捕食行為に相違ない。
だが、数が多過ぎて全てとまでいかない所が歯痒い。それはザイン本人も感じているようだ。
「ザイン! 殿を頼むっ!」
「委細承知! 御屋形様は早く脱出をばっ!」
ヴォルガー・ザインは、迫り来る無数の赤黒い蛇の更に向こう側に、通路を埋め尽くすほどの蛇を認めた。一刻の猶予もない、そう認識した雷の龍は長大な身体をくねらせながら、赤黒い蛇を喰らい尽さんと襲い掛かる。
「オォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
龍の咆哮と共に雷が撒き散らされ、蜘蛛の子が散らばるかのように赤黒い蛇たちは千切れ、あるいは黒焦げになってゆく。それでも雷の龍を掻い潜りエルティナたちに向かってゆく固体があった。
流石のヴォルガー・ザインとて、この膨大な数の蛇を全て相手取るのは不可能に近い。
「ええぃ! 面倒なっ!」
雷撃を走らせる。辛うじて、すり抜けていった赤黒い蛇に命中、突破を阻止する。
しかし、一度やり口を覚えてしまえば、その情報は他の赤黒い蛇にも伝わった。この劣化コピーは、個にして集、集にして個なのだ。
「ま、拙い!」
ヴォルガー・ザインは咄嗟に龍の形状から少女へと変化した。その姿に赤黒い蛇たちは即座に反応。すり抜けていった数匹の赤黒い大蛇たちも慌てて引き返してくる。
「ほれほれ! 拙者は美味しいぞ! ついてまいれ~!」
ザインは大きな尻を振りながら神殿の奥へと向かってゆく。そこから湧き出る膨大な赤黒い塊に眉を顰めた。
「こりゃあ、出口までもたねぇな。闇の枝っ! ふきゅおん、だ!」
「ふっきゅお~ん!」
エルティナは出口まで神殿が持たない、と判断。闇の枝に神殿の壁を食わせ、強引に出口を生成する。その時、神殿の天井が崩れ、彼女らを押し潰さんと降ってきた。
「来たれ! 全てを喰らう者・土の枝!」
エルティナの足下から逞しい木の根が生え出し、彼女らを包み込むドームを形成。天井の直撃を防いだ。衝撃で床に無数の亀裂が入るものの、なんとかこれを耐え凌ぐ。
「ふきゅん、たまらんなぁ」
全てを喰らう者の連続行使で、流石のエルティナも神気を大幅に消耗していた。額から流れる大粒の汗がその証だ。
そんなエルティナに声を掛ける者あり。土の枝を司る者、巨熊グレオノームである。
『エルティナよ、ザインが、そろそろ持たんようだ』
トウヤの届かない部分を補佐するのが彼の役割であり、また彼の望むところであった。そんな彼は、主に枝たちの動向を見守り、エルティナに逐一報告する役割を担っている。
『分かったよ、グレオノーム様。ザイン、潮時だ、戻れ!』
『承知いたしました!』
巨熊グレオノームの報告を受け、エルティナはザインを粒子化し高速回収。そのタイミングで赤黒い大蛇が彼女らに殺到してきた。ザインにも目もくれず、エルティナを追いかけてきた固体だ。
「こっちにくんなっ!〈獅子咆哮破〉っ!」
ライオットが輝ける獅子を放ち、迫り来る赤黒い蛇を蹂躙した。しかし、その輝ける獅子を貫き、迫る獰猛な蛇たち。
その姿を確認したユウユウは、咄嗟に鬼力の特性【重】を発動。赤黒い蛇たちの重力を操作し地面にめり込ませた。
「時間稼ぎにしかならないわ。急いでここから離れてちょうだい」
「サンキュー、ユウユウ閣下!」
まずはエドワードが先行して神殿の外に出る。そして、始祖竜の剣を構えた。
「やっぱり、待ち構えていたね」
神殿の外には無数の赤黒い蛇が鎌首をもたげて待ち構えていたのだ。彼はそれらを始祖竜の剣で一閃する。そのタイミングでモモガーディアンズメンバーが外に飛び出してきた。
「エル! こっちはもういいよ!」
「おう! 分かった! 来たれ! 全てを喰らう者・風の枝! とんぺー、頼む!」
「おんっ!」
全てを喰らう者・風の枝を司る白き狼が、風と共にエルティナの元に馳せ参じた。
そして、神殿に向けて咆えると、度し難いほどのつむじ風が発生する。それはやがて竜巻へと成長し、神殿の一切を巻き上げて喰らい尽してしまった。勿論、赤黒い蛇共々だ。
「やったか!?」
「あれで仕留めれるわけがないんだよなぁ……ヤドカリ君っ!」
マフティのフラグにエルティナは即座に対応。ソウルガーディアン・ヤドカリ君を召喚し、神殿突入メンバーを乗せ、その場から急いで離れた。
すると、地中からおびただしい数の赤黒い蛇たちが、間欠泉でも吹き出すかのように飛び出してきたではないか。
「ですよね~」
「エル、あれは思っていたよりも厄介だね」
「あぁ、アランの時は大蛇で数もそれほどじゃなかったけど。こっちは、小さい上に数が尋常じゃない。やっぱり、発生源であるアポロン本体を退治しなきゃ、延々と戦わされるハメになるぞ」
エルティナはとにかく待機メンバーとの合流を急ぐため、ヤドカリ君にがんばれとエールを送るのであった。




