717食目 襲撃者
目を疑うような光景であった。そこは、広場というか公園のような場所で、キャタピノンたちがくつろげるように設計された物であることが窺える。よく見れば、滑り台や揺り籠のような物の一部が見受けられた。
しかし、そのことごとくが無残にも破壊され、おびただしい芋虫の亡骸が冷たい大地に横たわっている。
かつては楽園であったであろう名残が、そこかしこに点在しているせいで、惨たらしさは倍増。俺の怒りのボルテージも【ゆでたまご理論】で天井知らずだ。
「誰だぁ!? こんな光景を作り出したヤツはぁ!」
思わずキャタピノンの亡骸を抱えて踏み込みたくなるが、犯人が分からなくては踏み込めない踏み込みにくい。だから俺の怒りは更に蓄積されて爆発寸前になるだろうな。
「ひ、酷い……なんで、こんなことになっているの?」
リンダが命尽きてしまったキャタピノンの亡骸をすくい上げる。やはり、その亡骸はさらさらと崩れゆき、白い岩肌ばかりの寂しい大地へと還ってゆく。
彼女は僅かに手に残るキャタピノンの名残を、ギュッと握りしめた。その顔には怒り、そして憎悪が宿る。
「許せない……許さない!」
リンダは農家の娘として育っている分、俺たちよりも遥かにキャタピノンたちとの付き合いは長い。
農家にとってキャタピノンは畑の雑草を食べてくれる益虫であり、言い換えれば仕事仲間でもある。そして、お利口さんなキャタピノンたちは、彼らに愛され可愛がられてきた。
リンダも幼い頃から彼らに接してきているからこそ、このような理不尽な命の奪われ方が許せないのだろう。
「エル様、これは、ただ事ではありませんわ」
「分かってるさ、ブランナ。ほぼ無害なはずのキャタピノンをわざわざ虐殺したのは、見せしめのためだろうな」
「見せしめ、ですか?」
「あぁ、たぶんな。きっと、白状しないと~ってやつだ」
俺はこの惨たらしい光景を目に焼き付けた。彼らの悲しみ、無念を晴らすために、俺は存在するのだ。
必ずや、悪逆非道の限りを尽くす輩はお灸をすえてくれる。
だから、どうか安らかに……。
「ふきゅん? あれは……」
とある場所に、こんもりと芋虫の死骸が積み重なっている場所があった。それは、まるで何かを護ろうとして意図的に集まったかのようにも見える。
もしかしたら違うかもしれないが、直感が俺に訴えかけた。あそこに向かえと。
俺は彼らの亡骸に触れる。やはり、儚く砂へと崩れ、大地へと還ってゆく。すると、彼らの下からは黒い花のアクセサリーが顔を覗かせた。
俺はこれを知っている。知らないはずがない。
「これは、ヒーちゃんの!?」
間違いない、彼女が肌身離さず身に着けていた、あの黒い花だ。何故、ここに、これが落ちているんだ。ヒュリティアは、これを残してどこへ行ったんだ。
「エル、それって……」
「あぁ、ヒーちゃんの花飾りだ。嫌な予感が、ぷぃんぷぃんしてきやがった」
みしり、と空気が軋んだ気がした。それは気のせいでなく、ライオットが戦闘態勢へと移行したことによる彼らの悲鳴だ。
少し遅れて俺も身構える。ヤツらは、どうやら俺たちが来るのを待ち構えていたようだ。
『エルティナ、おまえの嫌な予感は本当に的中する』
『あぁ、うんざりだな。トウヤ、ありゃあ、ひょっとすると?』
『ひょっとするも何も推測どおりだ。造反した地球の神々の僕だな』
『わざわざ向こうから来るとか優しいな~気が利くな~。でも謙虚でもないし憧れもしねぇ。くそったれどもめ』
そいつらは、冷たい存在だった。感情も何もないのだろう。当然だ。ヤツらは血も涙もない機械。プログラムどおりに動く意志無き存在。少しはムセルを見習ってどうぞ。
「皆、気を付けろ。小型の魔導騎兵だ。どうやら、本格的に量産を始めているようだな」
「話に聞いていたよりも随分と小さいんだな。俺たちとサイズが変わらないんだぜ」
トウヤが皆に警戒を呼びかけた。黄金の装甲に包まれた戦闘ロボットたちの集団が、銃を構えて一糸乱れることなく、こちらへ向かってきているのだ。
どうにも、こいつらの主は自己アピールが激しいらしい。黄金の機体に太陽の紋章を刻むとか、正体バラしているようなものじゃないですかやだ~。
「おい、エル。枝で一網打尽はするなよ」
「あぁ、皆も発散させとかないと、抑えが効かなくなりそうだしな」
「そういうこった。プルル、行けるか?」
ライオットはプルルに問うた。彼女は新型のGDスーツを身に纏い準備は万端となっている。
「大丈夫だよ。GDデュランダが修理中なのは痛いけど……まぁ、魔導ライフルがあれば、なんとかなるさ」
地球での戦いで彼女のGDは大破していた。したがって、現在はドクター・モモの手によって大改修がおこなわれている最中である。
プルルが、そのポテンシャルを最大限に発揮できるのが、GD装着時であるので、今回はサポートに徹するもようである。
彼女の不足分は夫であるライオットに期待しよう。補って有り余るだろうけど。
「きゅおん! 撃ってきたぞっ!」
「問答無用だな、おいぃ。だったら、こっちも、遠慮しなくていいってもんだぁ」
向こうの銃から光線が放たれてきた。着弾した物が爆発したところを見ると、光属性の魔法に炎属性の魔法をミックスしたものであろう。こちらが使用する魔導ライフルと同等の威力があると見た。つまり、結構厄介。
でも、そんなんじゃ甘いよ?
俺には、そいつは無効だし、即死以外は瞬時に治癒魔法で回復だ。懸念材料は非戦闘員への被弾。これに尽きる。
「ふっきゅぅぅぅぅぅん! モモガーディアンズ! 出撃っ! 皆でボコってどうぞ!」
「「「「わぁい!」」」」
というわけで、いつものノリで戦闘開始。最初に飛び出したのは意外な事に、ライオットではなくリンダだ。
「ぶっ壊れろぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どうやら、相方のユウユウにぶん投げてもらったらしい。えげつない速度で金ピカ戦闘ロボの中心に突入、運の悪い一機が挽肉……もといスクラップになる。
無論、連中は感情の無い機械なので動揺などするはずもなく、手の甲から魔導剣の刃を形成してリンダに切りつけてきた。当然、無効です。はい。
彼女は鬼であるので、桃力以外は通用しません。もっと勉強してどうぞ。
「いけいけっ! 早くしねぇと、リンダに全部持っていかれるぞ!」
「まてまて、俺たちの分も残しておいてくれ!」
モモガーディアンズメンバーが、百機近い戦闘ロボットの集団へと殺到した。うちの半分くらいが非戦闘員の護衛に回るので、実質は二十対百だ。
そんな中で、矢鱈と目に付くのが金ピカの中に混ざる紅白の鶏。
「くわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どすっ。
もう、鶏にしか見えない自称鷲の鳥人オフォールのくちばしが、金ピカ戦闘ロボの頭部を貫く。続く蹴りで胴体を粉砕、完膚なきまでに破壊し尽くした。
しかも、体のサイズが少し大きめの鶏程度なので、向こうの攻撃は当たり難い。したがって、オフォールは一方的に攻撃を仕掛け続ける事ができるという。
しかも、その脚力でもって残像を残しながら高速移動し、戦場に無数の鶏が出現している、というシュールさを演出してくれた。シリアスな展開が壊れまっせ。
「マジでぱねぇな、あの鶏」
「ダナン、間違っても本人の目の前で言うなよ? ミンチ確定だぞぉ」
「震えてきやがった」
ダナンは魔導ピストルで、モモガーディアンズを援護射撃しながら軽口を叩く。かなりの命中精度を誇っており、意外にも戦力として数える事ができた。
ララァの銃の腕前も相当なものであり、彼の隣に立ち反動の少ない魔導ライフルで援護射撃を繰り返している。
俺は、そんな彼らの護衛役。相手が鬼ではないので、俺の出番はあんまりない。しょぼん。
「百機程度じゃ、話にならんな」
「いやいや、俺たちの感覚がおかしいだけだから。世間一般的に、あのレベルの兵器が集団でおいでなすったらお手上げなんだぞ?」
ダナンはいまだ正常な思考を残しているらしい。言われてみて、そういえばそうだな、と認識できる当たり、俺も末期なようだ。
「そんなこんな言っている間に、もう戦いは終わりそうだな」
「あぁ、本当だ。うちの連中ってどうなってんのかね?」
「それが分かりゃ苦労はしないんだぜ」
「それもそっか」
ダナンが放った魔導ピストルの弾丸が偶然にも、最後まで残っていた金ピカ戦闘ロボの動力源に命中。最後の金ピカ戦闘ロボは機能を停止した。
締まりのない最後に、前線で戦っていたモモガーディアンズメンバーの不満が籠る視線が、きょとんとするダナンに集まる。
「え? 俺が悪いのか?」
「空気を読め、ダナン。あそこは、愛と怒りと悲しみを込めた一撃でしめるパターンだろ」
「え、あ、はい、すみません」
謎? の襲撃者を退けた俺たちは、休む暇もなく先を急ぐ。
連中の目的は分からないが、いつまでもここに留まっているのは得策ではない。
「ん? おい、向こうに大きな木があるぞ!」
クラークの肩に落ち着いていたオフォールがそんな声を上げたのは、襲撃から三十分ほど、気になる方角へと歩いた後であった。




