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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
716/800

716食目 月

「おいぃ……ここは、どこなんですかねぇ?」

「そんなのは、こっちが聞きたいよ」


 そこは、あまりにも殺風景な場所であった。見渡す限り白い岩肌の大地が広がる辺鄙な場所。一切の生命が見受けられない異様な世界が広がっている。

 そして、この不安定な感覚。まるで水の中にでも居るかのようだが、水は確認できず。


「お、おい! あれを見ろよ!」


 ダナンが指を指す方角には信じ難いものが浮かんでいた。真っ暗な空間に青く輝く球体が浮かんでいたのだ。それを見た瞬間、俺たちは確信にも似た何かを感じ取る。


「まさか……カーンテヒルか?」


 フォクベルトはずれた眼鏡の位置を修正しながら、そう呟いた。それこそが答えであろう。誰一人として声を発する者はいなかった。そして、この状況が最悪でないにしろ、極めて拙い状況であることを自覚する。

 気持ち良く酔わせてくれていたアルコールが、一瞬にして消滅してしまうかのような感覚に、モモガーディアンズメンバーは動揺を隠せなかった。


 実は犯人は俺。こんなわけワカメな状況で酔っぱらっている、だなんて自殺行為だから、酔いは強制解除じゃい。反論は許さなえ。


「取り敢えずは状況を纏めよう。ここはどこだか分かる人」


 エドワードの機敏な対応に頼もしさを感じる。まぁ、俺はここがどこで、何故いきなり転送されたかも、おおよそ理解していた。

 よって、シュタッと挙手をする。


「ふきゅん!」

「エル、その表情はおおよそ状況を把握したって顔だね」

「まぁな。皆、落ち着いて慌てるんだぁ」

「どっちだよ!?」


 ダナンのツッコミを華麗にスルーした俺は、この状況を簡潔に説明した。


「ここ、月。俺たち、遭難」

「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 にわかにモモガーディアンズメンバーが慌ただしくなってきた。勿論、想定内だ。


「空気はどこだぁっ!?」

「ダナン、わちきの酸素を吸ってもいいさね!」


「ひほっ! お姉様! 酸素の供給をっ!」

「ランフェイ、なんで空気を供給するのに服を脱がすんだっ! というか普通に呼吸できてるから!」

「おぉ。ルーフェイ、意外に大きいな。もげろ」

「シーマ! 感心してないで助けてくれっ! って、もげろ!?」


 あぁ、もう滅茶苦茶だよ。どさくさに紛れて乳繰り合おうとする、たわけも出現している。

 今はそんなことしている場合じゃないのは確定的明らかだから。


「まぁ、落ち着きたまえ」

「落ち着いた、凄く落ち着いた」


 適応力が高いうちの連中は、あっさりと平静を取り戻した。これはこれで、ちょっと寂しいものがある。


 まぁ、今はそんな事は言ってられないのだが。


「恐らくは、月にいるであろうヒーちゃんに何かがあった、と考えるべきだな」

「ヒュリティアが? 食いしん坊はずっと、彼女は月にいるって言ってたけど、本当だったってことかい?」


 プルルは眉を顰めて事の真相を俺に問うてきた。しかし、俺も確信に至る情報は持っていない。そこに助け舟を出してきたのはアカネだ。


「現に、わちきらが月にいるんだから、疑う余地が無いんじゃないさね?」

「アカネ、問題は本当にヒュリティアが俺たちを呼び寄せたかどうかだぜ」


 アカネの言葉の穴をロフトが指摘する。確かに彼の言うとおりであり、俺たちを強制転送させた者がヒュリティアである確証はどこにもない。


「んなぁこたぁ、どぉでもいい。ここに、ヒーの字がいるんならよぉ、首根っこぉ捕まえてでも連れて帰んぞぉ!」


 ガンズロックは分かり易くていい。ああだ、こうだ言う前に結論をズバッと提示してくれる。なんてことはない、俺たちがやることなんて、それだけなのだ。


「ふきゅん、そうだったな。取り敢えずはヒーちゃんを迎えに行ってから考えよう」


 というわけで、点呼を開始。ここにいる者達を確認する。その結果、全員の存在を確認した。これはある意味でよろしくない。


「リルフちゃんも転送されたか……ルリさん、任せても大丈夫だよな?」

「当然だ、私たちの大切な娘だぞ」

「それを聞いて安心した。皆、バカンス気分はここまでだ。各自、いつでも戦える準備をしてくれい」


 皆は水着から戦闘用の衣服に着替え始める。だが、そんな中にあって、数名ほど水着姿のままの人物がいた。

 ログハウスに衣服を置いてきてしまったため、着替える事ができなかった悲しい者たちである。


「ま、まぁ、元気出せ」

「迂闊だったんだな、だな」


 非戦闘員のグリシーヌはともかく、ルドルフさんとユウユウが水着姿のままは、よろしくないだろう。激しく動き回ったらポロリもあるで。


 また、アルアだが……ま、彼女の場合は直接戦わないので無問題。ショゴスがなんとかしてくれるだろう。


 あとはララァだ。正直、彼女が一番状況的に良くない。妊婦が安全が確保されていない場所にいる、というこの状況。なんとか無事に事が終わってくれることを願うばかりだ。


「やっぱり、ルバールさんたちもいたんだ」

「はい、我らはプリエナ様の影。いつでも、あなた様のお傍に」


 水着姿からいつもの黒スーツに着替えたエージェントたちはプリエナを護るように陣形を展開した。

 その歪み無い行動の速さに驚愕する。全員がお揃いのサングラスがルバールシークレットサービスの証であるとかなんとか。

 傭兵団だった頃の彼らはもうない。今ではプロの護衛集団だ。妙なことをしたら消されるぞ。


「それでエルティナ王妃、ヒュリティアの居場所は把握できているのか?」

「それが、薄っすらとしか感じ取れないんだ」

「むぅ……それは考えたくはないが、彼女に何かがあったと考えるべきか?」


 シーマが端正な眉を歪めた。腰のレイピアがきらりと輝く。凛々しい騎士様然としているが、彼女も水着だ。壊れるなぁ、防御力。そして、胸部装甲も不安が残る。


 ま、こいつは壊れないんだけどな! ははっ!


「考えても仕方があるまい。わらわたちは征くしかないのじゃからのう」

「咲爛様のおっしゃるとおりです。先へとまいりましょう」


 そして、咲爛と景虎も海女服だという。


 油断し過ぎだるるぉ!? キリッとした表情で言ってもダメだからな!?


「ふきゅん、まぁ、取り敢えず進むか。なんとなくだが、行くべき場所は把握している」


 というわけで進軍開始。護るべき者たちを中央に集め、あらゆる方角から対応できるように菱形の陣形を組む。中心に据えるのはプリエナ、ララァ、ルリさんとリルフちゃんだ。

 その周囲をルバールシークレットサービスが囲み、更に彼らを俺たちが囲うという鉄壁の布陣となる。


「「おいでませっ! 桃先輩っ!」」


 俺とプルルは桃先輩の果実を召喚し、身魂融合を果たす。いつ何が起こるか分からない今、彼らの卓越した情報収集能力が必要不可欠となるからだ。


『状況は把握した。ここはカーンテヒルの衛星で間違いない』

『やっぱそうか。でも、なんで唐突に』


 トウヤの言葉で、ここが惑星カーンテヒルの衛星である月だ、という事が確定した。

 だからこそ、疑問を感じる。タイミングが唐突過ぎるからだ。何かを焦っているようにも感じられる。


『ふむ、もしかしたら地球の神々が関係しているかもしれないな』

『ふきゅん? 地球の?』

『あぁ、実は地球の神々の一部が造反を起こしてな。女神マイアスに付いたというのだ』

『穏やかな話じゃないんだぜ』

『すぐに知れ渡るとは思うが、この事は一応のところ他言無用でな』

『分かってるんだぜ』


 少しばかり話が大きくなりそうだ、と感じた。俺の悪い方の予感は超高確率で的中する。

 したがって、そのように備える必要があった。それに、ここの空間の質は何か異様だ。


「エル様。なんだか、気持ちが悪いですわ」

「俺もそう思うよ、クー様。なんだか、身体中を舐め回されているような感覚だ」


 クリューテルが二の腕を擦り不快感を露わにする。他の連中も同様のようで顔を顰めながら歩き続けていた。

 そんな中、トチが何かを発見し、それに向かって走って行ったではないか。勝手な行動は死につながるって、それ一番言われてっから。


「……あ、死んでる」

「勝手に行動するな……トチ?」


 彼女が手で持ち上げているのは芋虫の亡骸であった。俺はその芋虫を知っている。


「いもいも坊や……」

『いも……』


 それは、キャタピノンであった。もう動かなくなって久しいのか、トチの手の中でさらさらと崩れ去り、砂となって彼女の手から零れ落ちてゆく。

 俺の左肩に姿を現した、いもいも坊やは、同胞の死に悲しみを隠すことができなかった。


 月は彼らの故郷であり、安心のできる場所であったはず。なのに、こんな寂しい場所で独り命を終えているのはおかしい。


「きゅおんっ!? お、おいっ! あれを見ろっ!」


 キュウトが慌ただしい声を上げる。その声からただ事ではない事を察し駆け寄ると、そこには地獄の光景が広がっていた。


「な、なんてことを……!」


 そこには打ち捨てられた、おびただしいキャタピノンの亡骸あったのだ。

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