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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
715/800

715食目 運命は唐突

「しかし、全然行動してこないな、虎熊のヤツ」

「そうだねぇ……というか、皆お酒入っちゃってるけど、大丈夫なのかい?」

「いざという時は〈クリアランス〉でアルコールを強制除去だぁ」

「あぁ、アルコールも毒に含まれるんだったね」


 納得顔のプルルは、くぴくぴとカルアミルクを飲み進めている。彼女にとってもアルコールの処理はお手の物。自分の手元に、自分を含むモモガーディアンズメンバーのアルコールを集めてしまえばいいのだから。

 しかも俺とは違い、集めたアルコールは武器になる。対象に投げ付けて命中すれば、そいつはたちまちの内にべろんべろんになってしまうことであろう。

 恐るべし、桃力特性【集】。まさに反則レベルだ。


「おぉい、エルティナ。主様から連絡が来たぞ」

「ふきゅん、遂に来たか。トチ、内容は?」

「ルフちゃん写真集に期待、だそうだ」

「……それだけか?」

「それだけだ」

「……」


 それは長い沈黙であった。どれだけの時間であっただろうか。一時間とも一日とも取れるような時間であったように感じたが、実際は一分程度であろう。


「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「まぁ、そうなるな」


 俺の絶叫がフィリミシア東海岸に響き渡った。どうやら、俺たちの行動はトチの目を通して向こうにも伝わっていたらしく、十分に暇潰しになったとのこと。


 あんにゃろうめ。


「ふきゅん、すっげぇ疲れた。溜まっていた物が、どば~っと押し寄せてきた感じだ」

「そんな感じだねぇ。取り越し苦労にもほどがあるよ」


 まさかの事態に俺とプルルは盛大なため息をついて酒を煽る。


 ふぁっきゅん、馬鹿にしやがって。自棄酒じゃ、自棄酒じゃあ!


 俺は、かっぱかっぱ、とバーボンをストレートでがぶ飲みする。喉を焼く琥珀色の液体の芳醇な香りが堪らない。

 つまみは作りたてのソルトピーナッツだ。こいつはエドワードも大好きな酒のつまみである。食べ出すと止まらないぞぉ。


「んあ、どうしたんだ?」

「おう、ライ。虎熊強襲はキャンセルとなった」

「そっか、食後の運動が無くなっちまったな」


 ライオットは相も変わらず何も考えていなかったもよう。虎熊童子の襲撃もあった可能性もあるのに腹ごなし程度の認識であったようだ。

 頼もしくはあるのだが、頼もし過ぎて逆に不安になる。それが、ライオットクオリティ。


「あら、エル様。虎熊童子は来ないんですの?」

「おう、来ないな」


 自棄酒をする俺の下へ、赤ワインが入ったグラスを手にしたブランナがやって来た。

 お日様の下で活動できるようになったとはいえ、日も暮れ闇の世界になった今、気分が高揚している様子である。酒の影響も多分にありそうだが。


「でしたら、折角ですので、うんと楽しんではいかがでしょうか」

「勿論、そのつもりなんだぜ。どりゃ、ブランナが好きなトマトパスタでも作ってしんぜよう」

「まぁ、とても嬉しいですわ。ありがとうございます、エル様」


 ブランナが俺の従者になって、もう十年以上は経つ。裏方の仕事ばかりを受け持ってもらっているが、彼女は文句ひとつ言わないで従ってくれていた。

 こんなことくらいしかできないが、精いっぱいの感謝を込めて作ろうではないか。


「では、拙者の蕎麦も茹でてくだされ」

「最近のザインは遠慮というものが無くなったな」

「蕎麦ゆえ致し方なし」

「傍にいるだけにってか? おまえはビキニの刑だぁ」

「御屋形様っ、お許しをっ!」


 だが断る。ザインちゃんも、俺とほぼ同様のこっぱずかしいビキニ姿に変身だぁ。


「よよよ……拙者、自分の男の姿を忘れてしもうたでござるよ」

「ふっきゅんきゅんきゅん……よぉく似合うぞぉ」


 控えめなお胸と大きな尻の対比がエロティカルヒット。恥じらう姿が可愛らしい。

 やはり、というかなんというか、ルリティティスさんの目がギュピーンと輝いた。


 危うし、ザインちゃん。彼女の未来はどっちだ。


 俺は暗黒微笑を浮かべながら、パスタと蕎麦を同時進行で茹でる。トマトソースは別途作り置きがあるので〈フリースペース〉から取り出すだけでOKだ。


 お蕎麦も蕎麦つゆを一から作って置いてある。最近、ザインがしきりに蕎麦をねだるのは、この蕎麦つゆが完成したからに他ならない。

 イズルヒから鰹節を取り寄せて、四十八時間掛けて作り上げた自信作だ。こいつを作るのには本当に苦労した。


「パスタは茹でて湯切りすれば、すぐに完成だから楽だな」


 塩を適量入れて茹でたパスタを引き上げて湯きりする。勿論、アルデンテだ。

 皿に盛りつけたパスタの上にトマトソースを掛けて、最後にクラッシュしたクルミをパラパラと振りかけて完成。これで芳ばしさがプラスされたはずだ。


「ほぉれ、ブランナ。できたぞぉ」

「まぁ、美味しそうですわぁ。いただきます」


 言葉使いこそ、お上品であるブランナだが、彼女の勢いはご飯を「待て」されている子犬とほぼ同様だ。尻尾があれば、ぶんぶんと振りまくっていたに違いない。

 むしゃむしゃ、と一心不乱に食べ進めるブランナを見ていると、俺も作った甲斐があるものだと嬉しくなる。

 とはいえ、のんびりと彼女を眺めているわけにもいかない。もう一人の従者が、構ってもらえなくて、しょんぼりしている子犬のような目をしているのだから。


「もう、ザインちゃんは我が儘だなぁ」

「け、決してそのような事は……」


 と言った彼女であったが自覚症状はあるらしく、顔を真っ赤にさせて困惑した様子を窺わせた。可愛い。


 蕎麦もパスタ同様に簡単だ。茹で上げた蕎麦を冷水で洗い引き締める。そして笊に盛りつければ完成。


「あぁ、そうだ。折角、油を使っていることだし、野菜天ぷらも揚げようか」

「まことにござりますかっ!? 益々、蕎麦が進むでござりますっ!」


 ザインは子龍時の癖なのか、人型でも尻尾を振っているつもりのようだ。大きな尻をふりふりと左右に振っている。振られているのは彼女の尻だけではない、変態トリオの首もまた振られていた。


 というか、アカネ。近い近い。また顔を尻に突っ込む気か。


 鶏のから揚げを揚げていた中華鍋の油を綺麗にする。その方法とは白米を投入することだ。そうすると油の汚れを吸収してくれるのである。

 そして、役目を終えた白米は待機している闇の枝に進呈。決して無駄にはならない鉄板コンボに感動すら覚える。


 食べ物を粗末にする、ダメ、絶対。珍獣との約束だ。


「ふきゅん、やはり天ぷらの揚がる音は良い。人類が生み出した至高の一つだよ」


 しゃぁぁぁぁぁっ、という音が俺の心を落ち着かせつつ高揚させる、というわけの分からない状態にした。


 でも、そんなの関係ねぇ、なんだっていいんだ。俺が、俺たちがっ、天ぷらだっ!


「というわけで、天ぷらセットでござ~い」

「わぁい」


 お蕎麦の永遠のパートナー野菜天ぷらの完成に、ザインちゃんは小躍りをした。

 ついでに変態トリオも変態チックな踊りを披露。流石に見苦しいので、闇の枝に咥えさせて海に放り投げた。


「「「このままではおわらんぞぉぉぉぉぉぉぉぉ……」」」


 ……ぼちゃん。


 頼むから終わってくれ。


「さぁさぁ、天ぷらは酒のおつまみにもいいぞぉ。ツユも良いが、お勧めは塩だ。揚げたてなら尚更にな」


 というわけで、天ぷらに神級食材である天空御塩を添える。


 ありがとう、桃師匠。このお塩、使用頻度がめっちゃ高いです。ありがたや、ありがたや。


「うん、サクサクした歯応えが堪らないねぇ」

「うめぇ、野菜もこうしたら美味いな」

「ふきゅん、ライも天ぷらなら野菜がいけるのか」


 超肉食獣のライオットも、揚げたての天ぷらがお気に召したらしい。尚、エドワードとウォルガング御祖父ちゃんも天ぷらが大好物である。

 と噂をすればなんとやら、音も無くエドワードが俺の隣に降臨。既に夫の分の天ぷらを取り分けてスタンばっていた俺に隙は無かった。


「これは美味しそうだ」

「お酒は辛口の大吟醸【ひょっとこ三太夫】でいいか?」

「勿論、天ぷらには清酒に限る。さっぱりと油を洗い流してくれるからね」


 エドワードはこう見えて、相当な飲兵衛である。しかも、べらぼうに強い。

 まぁ、俺の場合は、酔わない上に底無しなので比べてはいけないのだが。


「おぉう、天ぷらやってんなぁ!?」

「おっ、来たな、ガンちゃん」


 天ぷらの揚がる音を聞きつけて飲兵衛軍団がやって来た。当然、宴は盛り上がりに盛り上がり、危険な領域へと突入する。


 更には宿敵の紫の悪魔を生贄に捧げ、ウニの握りを制作。これがまた清酒に合う。たまりませんなぁ。


「ふきゅぅん、おいちぃ」

「やはり皆で食べる食事は美味しいね」

「当然だぁ、このワイワイする楽しさが最高の調味料なんだから」


 だが、皆とこうしてワイワイできるのも果たして……と考えたところで首を振る。


 果たしてではない、いつまでも、を実現しなくてはならないのだ。それには、俺は彼女に会う必要がある。もう、機は熟しているはずだ。


 空を見上げる。そこには満月の姿。彼女が、この地を離れて十年以上。


「ヒーちゃん……」


 彼女の事を忘れた事などない。あの日、ヒュリティアは己を犠牲にしてラングステン王国を、そして俺たちを救った。

 だが、彼女だけは救われていないのだ。そんなの許されざるよ。


 しかし、俺はいまだ月へと至る手段を見つけていなかった。逸る気持ちを、いつもエドワードに窘められる日々を送っている。


「ふきゅん? なんの光っ!?」


 だが、運命というものは、いつだって唐突だ。宴が終わりを見せ始めた頃、月が怪しい輝きを放ち始めた時には既に遅かった。

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