714食目 紫色の悪魔再び
昼飯も食べて腹が落ち着いたところで、エドワードが海で遊ぼう、と俺を誘ってきた。
断る理由もないし、既に皆はヒャッハーよろしく海に突撃している。浜辺に残っているのは、クラークとウルジェ、食い過ぎて白目痙攣状態となっているトチくらいなものだ。
「ふきゅん、海に来たんだし、少しくらいは遊んでも罰は当たらないか」
「うんうん、僕らは働き過ぎだから許してもらえるよ。だから、はい」
そう言って、エドワードが手渡してきた物は、水着という名の紐であった。
「紐を着れというんですかやだ~」
「なんで全裸はよくて、水着がダメなんだい?」
「全裸は正義、半裸は邪悪」
「わけが分からないよ」
とはいえ、期待の眼差しを向ける旦那のお願いを無下に断る事はできないできにくい。だから俺は紐を身に纏うだろうな。
うっは、すっげぇ食い込む。大丈夫かこれ。
「全裸よりも遥かに恥ずかしいんだが?」
「うん、最高だよ、エル。三ヶ月掛けて吟味した甲斐があるというものだよ」
これは計画的な犯行だった……? 結婚する前から吟味とかマジ半ぱねぇっすよぉ。
俺がエドワードに着させられた水着もとい紐は、メタリックシルバーのビキニだ。
はっきり言って、これを着るなら全裸でいいと思う。壊れるなぁ、貞操概念。
「ま、いいか。他の連中も大差ないし。そもそもが気にしていないという」
「そこが恐ろしいところだよね」
そんなわけで、夫に手を引かれて海にIN。昼過ぎとあって非常に丁度良い海温である。
だが、この時間帯になるとクラゲが海岸近くでまったりしているのが難点であるが、モモガーディアンズの面子なら、クラゲに刺されたところでケロリとしているであろう。よって無問題。
「クラゲどもぉ、ちょっと通るぞぉ」
「くら~げ」
最近はどうも妙なヤツに遭遇する。鳴き声を上げるクラゲとか聞いたことがないんですが? それとも、俺のお耳がおかしくなった可能性が微レ存?
俺のお願いに対応して、ささっと道を作ってくれるクラゲたち、マジ紳士淑女。性別があるかどうかは知らんが。
「んじゃ、シャボン玉で海中散歩と洒落込もうか」
「それはいいね、でも、大丈夫かい? 僕らはもう、だいぶ大きくなったけど」
「問題ないんだぜ。流石に全員だと骨が折れるけど、二人なら楽勝だ」
「流石はエル。それじゃあ、お願いするよ」
「任されたんだぜ」
シャボン玉は自分を中心として魔法障壁を展開。球体を作り内部を酸素で満たして海中に潜水する、という幼き日に編み出した魔法技だ。
昔は四苦八苦しながら発動していた魔法技であるが、今となっては余裕である。時の流れを感じる、というものだ。
そんなわけで、海の中にぶくぶく。重力魔法グラビティを駆使して、ゆっくりと海の中を移動する。
「まったく昔と変わらないなぁ」
「そうだね。あ、見てよ。水晶珊瑚だよ」
「おぉ、まだ生きてたか。相変わらず綺麗な連中だぁ」
海底には色取り取りの水晶で出来た珊瑚が、海面からの光を受けてキラキラと輝いていた。海の宝石、と呼ばれる希少な種だ。
だが、心無い者達に乱獲され、今ではここにしか生息していないとされている。ということは、ある意味で珍獣とも言えなくもない。
こいつらは俺の珍獣仲間だった……?
「あ、ヤドカリ君だ」
「こんなところにいたのかぁ」
海底にてヤドカリ君を発見。だが、よく見るとひと回りサイズが小さい。というか、ヤドカリ君は俺の魂の中で、すやすやとお休み中だ。午前中、元気に遊び回っていたからな。
「あの子は、ヤドカリ君に似てるけど別の子だな」
「そうなんだ。あ、言われてみれば貝殻の模様が違うね」
ヤドカリ君、即ちシーハウスは水晶珊瑚の死骸をもりもりと食べて、彼らの住処の清掃をお手伝いをしている。本来は、これがヤドカリ君たちのお仕事なのだ。
俺たちはシーハウスに手を振って、静かにその場を後にする。彼らも手を振って見送ってくれた。
その後は更に海底へと潜る。すっかり忘れていたが、ヤツにリベンジを仕掛けるのは今を置いてない。覚悟するがいい、紫色の悪魔よ。
「ターゲット確認、これより作戦を開始する」
「大きなウニが沢山いるね」
そう、ウニだ。俺を死の淵にまで追い詰めた凶悪な存在。こいつに勝利して忌まわしき過去を払拭しなくてはならない。そして、うに丼ゲットだぜ。
「ふっきゅんきゅんきゅん……昔の俺とは違うのだよ。まぁ、見てなって」
「ぶはぁっ! 死ぬかと思ったんだぜ」
「見事に惨敗だったね」
結果は圧倒的な惨敗に終わった。まさか、極限まで強化した魔法障壁を易々と貫いてくるとは、誰が予想できようか。この世界のウニは凶悪ってレベルじゃねぇ、まさに紫色の悪魔だ。マジで震えてきやがった。
もしかしたら、ガイリンクードの知り合いの悪魔かもしれない。気を付けておこう。
「くそう、またしてもウニゲットならずか」
「え? 普通に獲ってきたけど?」
「なん……だと……?」
エドワードの手の平には、うにうにと棘を動かすウニの姿が。こいつは魔法障壁を貫くのに人の肌を貫けないとか、あんまりでしょう? ウニきたない、流石ウニきたない。
「うごごご……魔法障壁とはいったい?」
「相性の問題もあるんじゃないのかな」
仕方ないので、素直にエドワードに頼んで獲ってきてもらう。不正などない、俺たちは夫婦なのだ、二人で一人。ふはは、勝ったな。
というか、あの水圧に平然と耐える、うちの旦那って……深くは考えまい。無駄だ、無駄。
「仕方がない、俺は浅い場所で迂闊な行動を取っている海産物を捕獲するか」
というわけで、ワカメやら昆布やら、動かないヤツや鈍臭いヤツなどを中心にゲットする。悲しくなんてないもん。ふきゅん。
海産物を獲得した俺たち夫婦は浜辺へと帰還する。海の中は十分に堪能したし、体を温める必要性が生じたからだ。
浜辺ではブルトンとグリシーヌが火の番をしていた。どうやら、暖かいスープも作ってくれていたもようである。
「温かいスープはいかがなんだな、だなっ」
「勿論、いただくんだぜ」
マグカップにとぽとぽと、とろみの付いた琥珀色の液体が流し込まれる。それを口元に寄せて、ふぅふぅ、と息を吹きかけ冷やしてから口に含んだ。
どうやら、コンソメスープにとろみを付けた物であるようだ。少しピリ辛なのは唐辛子を加えているからであろう。これなら、身体も温まるし小腹にも丁度良い。
「ふきゅん、美味しいんだぜ」
「ありがとなんだな、だなっ」
グリシーヌは嬉しそうに微笑んだ。そんな彼女の身に着けている水着はワンピースタイプかと思いきや、まさかのビキニタイプ。俺やルドルフさんほど過激ではないが、黄色のそれは彼女のムッチムチの肉体と合わさり最強に見える。つまりはエロい。
普段は控えめな彼女が思い切った行動に移ったのは、恐らくも何もユウユウ閣下が写真集を出版したからに違いない。恐るべし。
しかも、ブルトンもまんざらでもないという。表情こそ変えないが、チラチラとグリシーヌを窺っていて、なんだか可愛い。
「ふきゅん、なんだかんだ言って、地味に海産物が増えているな」
「皆、遊びついでに獲ってきているようだね」
砂浜に敷かれた茣蓙の上には、海産物たちの山が出来上がっていたではないか。そして、その山頂にて、またしてもヤツの姿を発見。
「ヴェ~」
「またフナムシか。誰だよ、捕獲してきているヤツは」
優雅に日光浴を楽しむ、フナムシの余裕はいったいなんなのか。もう、放置でいいや。
やがて日も傾き、夕日の優しい輝きが俺たちを赤く染める。そんな時間になっても虎熊童子の思惑は分からずじまいだ。カギを握るトチは、皆に混じってキャンプファイヤー設置の邪魔をしていた。
「ここを、トチのアジトとする」
「キャンプファイヤーの中に入るとか勇気あるな~」
「これから毎日、キャンプファイヤーの中にトチを入れようぜ」
「任されよう」
おいばかやめろ、そいつは絶対にキャンプファイヤーがなんなのか理解していないぞ。
「しかし、終ぞ虎熊の思惑は分からずじまいだったな」
「まだ、今日は終わっていないよ、食いしん坊。鬼たちの本領は夜からじゃないか。気を付けないといけないよ」
「ふきゅん、プルル、それは分かっているんだが……」
不安を抱きつつバーベキューの支度をする俺に、プルルが声を掛けてきた。どうやら、彼女も虎熊童子の同行が気に掛かっているもよう。
しかし、俺たちは受け身に回らなければならない、というジレンマを抱えている。ふぁっきゅん。
「まぁ、ああだ、こうだ、といっても仕方がないか。出たとこ勝負だな」
「結局はいつもどおりだねぇ」
「そうなるな」
巨大なキャンプファイヤーに火が点った。宴の始まりだ。
「ト、トチのアジトがっ!?」
そして、悲しみに暮れるトチの姿があったとかなかったとか。




