711食目 変わらない光景
というわけで、フィリミシア東海岸でございま~す。
虎熊童子の企みを暴くべく、俺はモモガーディアンズメンバーを引き連れてフィリミシア東海岸へと遠征。今回は何故かルーカス兄とルリさんが同行を申し出た。
嫌な予感が、ぷぃんぷぃんするも、彼らの迫力に断り切れずに動向を許可する。俺は悪くぬぇ。
「昔となんも変わっていないんだぜ」
「そうだね。変わったのは僕たちだけなのかもね」
エドワードの笑顔を見て、俺は彼の笑顔も昔と変わらない事に気が付く。ずっと昔から、こうして俺に微笑み続けてくれていたのだ、と理解すると顔が熱くなって思わず「ふきゅん」と鳴いてしまった。
「風が気持ち良いんだぜ」
「そうだね」
ゴミ一つ落ちていない穏やかな海岸は、幼き日の光景を蘇らせるには十分過ぎた。もう戻ることの叶わない輝かしい日々に想いを馳せる。
優しい風が、俺の長い髪を撫でながら通り過ぎていった。
ここは、俺にとっても因縁の地。初めて真・身魂融合をおこなった忘れ得ぬ場所。この地で終焉を迎え、俺の魂に宿る事になったヤドカリ君は、今……何を想っているのであろうか。
「何も考えてないんだろうなぁ」
俺の呟きは、海ではしゃぐヤドカリ君のバシャバシャという波飛沫に掻き消された。
まぁ、ヤドカリ君が楽しそうで何よりである。
「しかし、虎熊め、こんな場所に呼び出して何がしたいんだ」
「それを確かめるのが、おまえの役目だ」
「おまえがポンコツじゃなければ、こんな苦労はしないんですがねぇ?」
虎熊童子の作り出した、自称【優良人工生命体】トチは、自分の失態も臆せずに告げる。こいつの心臓には毛が生えまくっているに違いない。あるいは脳がツルツルな可能性であるかだ。俺は後者と予想する。
「お~い、エル。泳ごうぜ」
「ライ、おまえは俺たちが、ここに何をしに来たのか理解しているのかぁ?」
「バカンス」
「バカたれ」
おバカにゃんこは既に水着に着替えて臨戦態勢だ。とは言うものの、こいつの場合は自分自身が兵器なので、武装しなくても平気なのだが。
……今、上手い事言った。メモすとこ。
他の連中も気分は完全にバカンスだ。それも致し方ないが、やる事はやってから遊んでもらわなくてはならない。
俺は、それはそれ、これはこれ、と言える珍獣なのだ。
「取り敢えずは、周囲に異常がないかを確かめてからだぁ」
「ぶ~、ぶ~!」
「ぶ~ぶ~、じゃねぇ、ふぁっきゅんども。さっさとやらんと、マジで遊ぶ時間が無くなるぞぉ」
「しゃあねぇな。行くか~」
「だり~」
俺の脅迫に、エドワードを除くモモガーディアンズメンバーは、渋々ながら周囲の偵察任務に就いた。
というか、既に半数が水着って……目的はきちんと説明したはずなんですがねぇ?
「不真面目な連中だ、トチを見習うべき」
「おまえは存在自体が不真面目なんだが?」
「失敬な、トチは真面目に不真面目なんだ」
「あぁ、頭痛が痛い気がする」
「ははは、愉快な娘だね、トチは」
エドワードは他人ごとのように言っているが、その猛威が襲いかかってきた時に同じことが言えるかどうか見物である。こいつは誰に対しても容赦ねぇぞ。
俺の小さな脳みそがはち切れそうになるも、これをなんとか堪え、ガンズロックとリックを呼び止める。二人には別の用があるのだ。
「あ、ガンちゃんとリックは残って支度を手伝ってくれい」
「おう、お安いごよぉだぁ」
「支度というと、あれか?」
「おう、あれだ」
ガンズロックとリックは手先が器用なので、昼食を作るための土台を作っていただく。
俺の意図を汲んでくれている二人の行動は素早く、流れるように作業は進んでいった。
「よし、我々も支度をしよう。ルーカス、カメラの準備は?」
「問題ないですよ。いつでもベストショット、ゲットだぜ!」
そして、この二人である。ストッパー役を期待していたルドルフさんは娘二人の面倒を見ている。
雪希とリルフちゃんは海に大はしゃぎだ。特にリルフちゃんは海が初めてなので、若干暴走気味にはしゃいでいる。
「ぱっぱ、うみ!」
「うみ~!」
「あぁ、海だね」
「……というか、幼女二人が同行とか震えてきやがった」
完全に初耳である。どうやら、話が二転三転して完全にバカンスとして伝わっていたもよう。ルドルフさんも俺の話を聞いて非常に驚いていた。
「やってしまいましたね」
「ふきゅん、まぁ、ヤバくなったら、リルフちゃんを急いで逃がせばいいだろ。雪希は戦える幼女だし」
というわけで、ルドルフさんは警戒モードに入りつつ幼女二人の面倒を見る。可愛らしい水着に着替えた幼女たちは、きゃっきゃ、と笑顔を見せながら海へと突撃。それを同じく水着に着替えたルドルフさんが追いかける。鍛え上げられた肉体が眩しゅうございます。
まぁ、殆ど筋肉はないけどな。うん、スリムなビューティフル。
「きゃっ、きゃっ!」
「あまり沖に行ってはいけませんよ」
ルドルフさんの貴重なお父さんシーンに、俺はある種の感動を覚えた。なんという、微笑ましい光景か。感動した。だが無意味だ。
「ルドルフ、撮影の時間だ」
「あっはい」
そう、この嫁さんの仕打ちである。瞳からハイライトが消えたルドルフさんは、夢遊病者のようにふらふらと海から出てきて、もそもそと用意された衣装に着替え始める。
「ふ、不憫すぎる」
「おぉ、今回の水着も際どいね……というか、あれって水着?」
「紐じゃね?」
こうして、ルドルフさん……もとい、ルフちゃんの撮影は危険な領域へと突入してゆく。
だが、初っ端からそのポージングはどうかと思う。というか、妙に表情が活き活きしているのは気のせいか。いや、気のせいではないはずだ。完全にスイッチが入ってしまった、と考えるべきであろう。
「うふん、綺麗に撮ってね?」
「ルフちゃん、任せてくれ。今回も君の魅力を余すことなくゲットだ!」
「「別人格が形成されてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」」
これ、アカンやつや。誰かリルさんたちの暴走を止めてください。ルドルフさんが死んでしまいます。
俺が止めろって? ははっ、ご冗談を。巻き添えは勘弁だぜぇ。
「よし、見なかったことにしよう」
「無理があるけど、賢明な判断だよ」
「トチは気になるぞ」
「なら、一緒に写って来い。おまえは阿呆だが見た目だけはいいからな」
「ふむ、分かっているではないか。おぉい、トチも写せ~」
よし、これで面倒臭いヤツが消えた。この隙に、こちらの準備を進めてしまおう。
「お、随分と大きな鉄板だね?」
「海と言ったら、鉄板焼きだろ」
一畳ほどもある巨大な鉄板を〈フリースペース〉から取り出し、ガンズロックとリックがこさえてくれた土台へと載せる。重力魔法〈ライトグラビティ〉を付与すれば非力な俺だってこの通りだ。
「ふっきゅんしゅ! 位置は、こんなもんかな?」
こいつなら、ありとあらゆる調理が可能だ。外で食べる飯は格別だからな、様々なレパートリーに応えたい。
「んじゃ、薪を設置して……チゲ、よろしく」
巨大な炎の右腕が出現し、よく乾燥させた薪にタッチ。瞬く間に薪は燃え上がり、巨大な鉄板を温め始めた。
尚、チゲで直接鉄板に触れるのはNG。一瞬で鉄板がチョコレートのように溶けてしまうからだ。おぉ、こわいこわい。
「あとは火が消えないように様子を見ながら……」
「おぉ、いいぞっ! もっと密着して! そう、乳が変形するくらいに!」
「見える、私にも見えるぞっ! カメラの神よ、私を導いてくれ!」
「トチに任せろ! それそれ!」
「いやぁん、ルフ、壊れちゃうっ」
「火の様子が見れねぇ」
「あ、エル。僕は雪希とリルフの面倒を見ておくね」
そして、エドワードは爽やかに混沌の空間からエスケープ。俺はそれを白目痙攣状態で見送る。
今手が空いているのはエドワードしかいないため、海ではしゃぐ幼女たちの面倒は彼に頼らざるを得ないのだ。
完全に外堀を埋めてからの発言は計画的な犯行。しかし、俺には追求する手段がない。悔しいですっ。
もう、撮影という名の何かになってしまっている彼らを、なんとか意識の外にぽいっちょしつつ鉄板を温める。
次回のルフちゃん写真集は厚くなりそうだ。夏なだけに。
「おう、そのくらいで、いいんじゃねぇかぁ!?」
「ちと、ずれてんな! 五ミリ寄せてくれ!」
「おうよぉ! こんなもんでどうだぁ!?」
「オッケーだ! 一気に組み立てんぞ!」
「任せろぉ!」
そして、ガンズロックとリックは、いきなりクソデカいログハウスを作っているという。何が起こっているか分からねぇが、これは現実であり夢ではないことだけは理解できた。
いったい何泊するつもりなんだぁ?
もう、こいつらは完全にキャンプする気満々である。止められない流れになりつつあることを悟った俺は、メンバーが帰ってきたら海にて食材を確保することを決めるのであった。




