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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
709/800

709食目 暇を持て余した鬼の遊び

 ◆◆◆ 虎熊童子 ◆◆◆


「……暇だ」


 ドロバンス帝国の皇帝の間にて、俺は暇を持て余していた。最近はとんと面白い事が起きない。格好つけて決戦に時期を延長しなければよかった、と猛省している。

 鬼にとって【暇】とは毒であり、己を殺し得る凶器にもなる。そんな毒を満喫している阿呆がここにいた。


「虎熊っ! このコスチュームはどうだ!? おっ起っただろう!?」

「星熊、どう見ても痴女にしか見えん」

「ぶ~、ぶ~」


 星熊童子は何を思ったのか、顔をマスクで隠し手袋とロングブーツを履き、それ以外は何も纏わない、という頭の中を疑うような姿をしていた。

 名付けるのであれば【マスク・ド・痴女】といったところであろうか。


「金熊、こいつは、なんとかならんのか?」

「ひっひっひ、どうにかなっていたら、とっくにしておるわい」


 俺は深いため息を吐き、葡萄酒を喉に流し込んだ。そして、星熊を意識の外へと追いやり、手にした書状の内容を読む。

 差出人はマジェクト、内容は予想どおり女神マイアス……いや、我らが鬼の総大将憎怨から、こちらへ寝返えらないか、との誘いだ。


 下級の鬼が大きく出たものだ。だが、それ以下だった頃の事を思えば、大したものだと思う。この俺に対して啖呵を切り、堂々と袂を分けたのだから。

 そしてこの誘い。いったい何がヤツを大きく変えたのか……興味は尽きない。まぁ大方、あいつであろうが。


「ひっひっひ、坊やからかえ? 誘いに乗ってやってはどうじゃ?」

「ふっ……確かに、マイアスに従う義理は希薄。だが、それでは面白くない」

「ほう? では、わしらはどうするのじゃ」


 金熊童子は、にやにやと笑みを浮かべる。もう答えは分かっているであろうに。


「知れたこと。我らは我らの意志にて戦場に立つ。鬼の本分は恐怖と破壊ぞ。何者にも縛られず、自由に力を振るう。それが鬼であろうが」

「いかにも、いかにも。我らを縛るのは宿敵だけよ」


 金熊童子の皺だらけの顔に深き闇が降りてきた。ヤツもまた、掛け替えのない宿敵を得たのだろう。

 俺の宿敵も十分過ぎるほど熟したはずだ。その果実を喰らい尽くす日が待ち遠しい。


「ん? 憎怨様を裏切るのか?」

「裏切るわけではない。従わないだけだ」

「え? それって裏切り……あれ?」


 阿呆の星熊童子は頭を抱えて、うんうんと唸り始めた。いい加減、その珍妙な格好をどうにかしてほしい。女の裸体なのでまだ許せるが、これが男であったのならば即座に消し炭にしているところだ。


「うん、分からん!」

「要は好き勝手に暴れろ、とうことだ。御大将も、そのつもりでいるだろう」

「ほぇ? そうなのか? だったら、わらわも暴れればいいのかえ?」

「その考えでいい。鬼は考えるな、暴れろ、だ」

「お、おう、そうだな!」


 ……本当に分かっているのだろうか。脳みそも筋肉でできているであろう星熊童子は、色々な意味で心配だ。

 昔はヤツの立ち位置が俺であったのだが、白エルフを喰らい尽してからは、どうも阿呆な真似ができなくなった。恥ずかしい、というわけではないが、それに準ずる何かが俺を止めていることは確かだ。


「しかしまぁ、虎熊も変わったのう」

「む、そうか?」

「うむ、落ち着いたというか、なんというか……こう、どっしりとしたのう」

「ふむ……」


 逆を言えば昔が落ち着きがなさ過ぎた、という他にならない。だが、昔の方が今よりも遥かに楽しかったことは言うまでもない。この首を差し出しても惜しくはない敵がいたのだから。


 木花桃吉郎……彼がこの世を去ってから、俺が見る世界は色を失った。色を取り戻しつつあるのは、ヤツに匹敵する敵を見つけたからだ。だから、時間を与えた。

 強くなってもらうために、俺が満足できるように、最高の死合いができるように。


 その願いは、今、現実味を帯びようとしている。


「しかし、退屈というものは度し難い。暇潰しでもするか」

「お? 珍しいのう。おぬしが、そのような事を言うとは」

「俺とて戯れることもある。連中にも程よい刺激を与えなくてはな」


 手の平に鬼力を凝縮させる。すると、疑似生命体が産声を上げた。これは白エルフどもの技術の応用だ。食らった際に連中の技術は把握済み。この程度の事は造作もない。


「主様、なんなりとお申し付けください」

「うむ、貴様はエルティナに接触し連中を誘導せよ。そうだな、場所は……」


 俺は疑似生命体に名を与え、エルティナたちをとある場所に誘導するよう命じた。これから始まる、ささやかな退屈しのぎに付き合ってもらうためだ。


「何やら、面白い事を始めるようじゃの。わしも影を送り込むか」

「別に構わぬが……邪魔はするなよ?」

「ひっひっひ、わしのお目当ては、ピンクの綿菓子ちゃんじゃよ」


 やはり、金熊童子はカーンテヒルの新しき桃使いにご執心の様子だ。気持ちは解らないでもない。

影とはいえ、全力で相手をして敗れたのだ。憎々しくも、清々しくあるのだろう。


「この老いぼれ、久々に若い女子に恋をしておるわ。愛しゅうて敵わん。殺してしまいたいほどにのう」

「今は収穫の時ではないゆえ、ほどほどにな」

「無論じゃて。じゃが、剪定くらいはよかろう?」

「できるならな」

「ひっひっひ!」


 これから始まるであろう楽しい退屈しのぎに想いを馳せ、俺たちはほくそ笑む。


「お~い、今度はどうかえ? ほれほれ、セクシーダイナマイトっ」

「衣装はセクシーだが、そのデカい図体と筋肉をなんとかしろ。萎える」

「え~? わらわから筋肉を取ったら、何が残るというのじゃ」

「茨木を見習え、筋肉ゴリラ」

「酷いっ! あんまりじゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 バニースーツを着込んだ、筋肉モリモリのマッチョウーマンは泣きながら走り去っていった。

 俺と金熊童子はげっそりとした表情で盛大なため息を吐く。


「……完全に茨木の悪い影響を受けているな」

「言い出しっぺが、写真集の出来の良さに感化されて、木乃伊みいら取りが木乃伊になってしもうたのう」

「その茨木童子だが……こんなものを出していたぞ」

「ぬをっ!? おぬし、よくそれを手に入れれたのう! 並んでも買えんかったぞ!」

「並んだのか」

「うむ」


 時折、金熊童子は理解しがたい行動を取る。並ばないで、さっさと奪って逃げればいいものを。

 尚、俺はフィリミシアに潜伏する小鬼に買わせて郵送させた。確か名を、バリバ……。


「これでどうだっ!? デカい身体と筋肉は捨てたっ! もうないっ!」

「……決戦までに全部取り戻しておけよ」

「あっるぇ~?」


 星熊童子の阿呆は巨躯と筋肉を捨ててスリムチビになって帰ってきた。外見だけを変える術を使えばいいものを、物理的に筋肉を引き千切って戻ってきたのだ。

 まったくもって、ここまで阿呆だとは想定外である。


「そんなズタボロ血まみれの身体を見ても起たんわい、阿呆」

「しかも、乳も千切って何がしたいんだ、阿呆」

「うえ~ん!」






 後日、傷が癒えた星熊童子は、それなりに女らしく見えたのであった。

 そんな打倒茨木童子に燃える阿呆は、バシャバシャと自撮りに躍起になっている。


「……まさかと思うが、アレを販売するつもりなのか?」

「……スケベ本が厚くなるのう」


 全裸になって様々な卑猥なポーズを取り、次々とカメラに収めてゆく星熊童子。それでは写真集ではなく、既にスケベ本だ。本当に何も分かっていないヤツである。


「まぁ、面白いから好きにさせておくか」

「ひっひっひ、そうじゃな。筋肉が無くなって小さくなったせいか多少は見れるしの」

「……その代り、ペタン子になったがな」

「うむ、ペタン子じゃな」






 その後、フィリミシアにて販売された星熊童子の過激なスケベ本は、まさかの完売となった。



 ……ロリコンどもめ。



「ふはは! どうだ、茨木童子めっ!」


 星熊童子は気が付いていない。自分が恐ろしく恥を晒していることに。自分の恥部をまざまざと見せつけることが、どういうことに使用されているかに。


 というか、おまえ……元々は男だよな? もしかして、秘術で性別を変えていることも忘れているのか?


「そっとしておくか」

「うむ、それが良かろう」


 後日、自分がしでかした大惨事に気が付き、床をのたうち回る阿呆の姿を見る事ができたのは言うまでもない。


 これに懲りたら、大人しくしていろ、阿呆。

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